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丁度良い加減
お風呂は、シャワーで済ませるより、お湯に浸かるほうが好きだ。
大体、湯船の8割位までお湯を張る。時間にして20分弱。温度の設定は決まって41度。週末だけは、入浴剤を入れる。
体が汚れたまま、湯船に浸かるのはマナー違反だから、しっかり汚れを落とす。
綺麗になった体を、ゆっくりとつま先から浴槽に浸けていく。41度のお湯が心地よい。浸かれば浸かるほど、体積の増した湯船からお湯が溢れていく。今日の疲れが、お湯とともに流れていくみたいで気持ち良い。鼻歌を口ずさみながら、ふと考える。
「溢れていくお湯、もったいないな」
僕が浸かることで溢れてしまうお湯たちは、言ってしまえば最初から要らなかったお湯だ。それならば、最初から入れなければ良いじゃないか。水道代をドブに捨ててるようなもんだし。
いや、待てよ。でも、あの溢れていく様が”湯船に浸かった”感を演出してくれる。それに、溢れた後は僕の体積とお湯の体積がピッタリのところで止まるから、それはそれで良い気もする。水道代とは言っても、微々たるもんじゃないか。一日の疲れを癒やす瞬間くらい、小さなことを考えず、豪快にいきたい。
足りないよりも、少し余るくらいが丁度良い。
刺身醤油だって、ピッタリ使い終わることはない。おでんのカラシも大体少し余っている。蕎麦つゆもそうだ、でも蕎麦つゆは蕎麦湯で割って飲めるから例外か。他には、マックでもらうナゲット用のソースがある。大体、何種類かもらうけど必ず余る。そしてポテトにもソースをつけることになる。最初からポテトにソースをつける人は邪道だ。(個人的に)
話が逸れに逸れたが、言いたいことはこうだ。
お風呂のお湯は、溢れるくらいが丁度良い。