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イスタンブールHamam旅②ハマムとサウナは、まったく別物?

前回の記事では、今日のイスタンブールで歴史的建造物での入浴チャンスが得られるハマムとして、公衆浴場型予約制プライベート型が残っていること。そして、それぞれの体験価値の違いについてまとめました。

今回は、そもそも「(トルコ式)ハマム」とはどういった入浴体験ができる浴場のことなのか(サウナとどう違う?)、より詳しくご紹介します。
(今回は、写真はすべて夫の村瀬健一さん頼みです)


風呂が温水浴、サウナが蒸気浴なら、ずばりハマムは◯◯浴!

イスタンブールの気候は東京に近いと言われるが、真夏でも30度を超える日はあまりなく湿度も低い。海辺でも潮臭さやベトつく感じは受けなかった

日本語で古今東西の入浴文化史を網羅した名著のひとつ『風呂とエクスタシー』では、著者の吉田集而氏が、世界中の入浴スタイル(沐浴)の予備的分類を試みています。それによると、世界のあらゆる沐浴は、入浴者が浴びるものの性質から「気体・液体・固体・日光」浴にまず四分され、そこから固体だと砂浴・泥浴・雪浴、液体だと熱湯浴・温水浴・冷水浴…というふうに、具体的な物質によって細分化することができます。

例えば「サウナ」について考えてみましょう。今日では世界中でカスタマイズやローカライズされて、本来の入浴スタイルとは大きくかけ離れてしまった例もたくさんありますが、サウナの母国フィンランド人にとっての絶対条件を尊重するなら、サウナ浴の核心は、焼け石に水をかけて発生する「蒸気(水蒸気)を浴びる」ことです。つまり、フィンランド式サウナは気体浴のうちの蒸気浴とカテゴライズするのが妥当でしょう。

1600年代から続く老舗公衆浴場Çinili Hamamıの、男性側浴室。室内の満たすほどよい熱気と湿気は、日本の銭湯の浴室に足を踏み入れたときのような感覚

ではハマムは? ハマムも一般的によく「スチームバス(=蒸気浴室)」だと表現されます。確かに浴室内は、かけ湯や洗体用に温水をジャブジャブ使うので湿度ほぼ100%に近い湿潤空間です。ところが実際は、フィンランド式サウナのように水をかけるための焼け石もなければ、いわゆるスチームサウナのように、何らかの装置を介して空間に蒸気自体が放出され続けているわけでもありません。つまり、構造的には蒸気浴とは呼べません
また、洗い場ではシンクに貯めた熱々のお湯を潤沢に使えるものの、日本のお風呂やジョージアのアバノのような、人が身を鎮められるサイズの浴槽も存在しません(たまに温水や冷水を張った浴槽が付随したハマムもあるとは聞きましたが、今回は一箇所も見かけず)。つまり、温水浴・冷水浴とも違います

ハマムで人が浴びるものの実態はずばり【熱気】。輻射熱によって熱された空気そのものです。だから入浴法のネーミングも、熱気浴という言葉が一番しっくり来るのです。

ローマ浴場から引き継いだ、床下や壁の内側を熱するセントラルヒーティング構造

半地下のような場所に埋め込まれた釜で薪を燃やし、湯や空間を熱し続けているハマムの心臓部Külhan(キュルハン)。キュルハンという語は、ハマムを温める空間を指すためだけの専門語だそうで、その重要性を感じさせる

ハマムでは一日中、キュルハンと呼ばれるバックヤードの巨大な釜で、業火が焚かれ続けています。その火力によって、貯水タンクから巨大ボイラーへ供給される大量の水を沸かして洗体場の水道管に温水を供給しつつ、発生した熱気や煙をテュテクリク(tüteklik)と呼ばれる壁内部のパイプや床下空間に流し込んで空間を温めるという構造です。熱気を床下や壁の内側に送り込む仕組みは、ハマムの前身である古代ローマ風呂の、ハイポコーストと呼ばれるセントラルヒーティング・システムとそっくりですね。

Çinili Hamamıのキュルハンでは、ミズナラなどの木材をまず手前の粉砕機で完全に粉塵化させ、その粉と酸素を窯内に送り込むことによって業火を作り出していた。木粉だと燃焼効率が良すぎる気もするけれど、原木を投入し続けるより煙もクリーンで火力がコントロールしやすいのかな?

大理石張りの壁や床の内側に熱気が送られると、浴室内の空気は輻射熱で温められていきますが、そうはいっても営業時間中のハマム浴室の平均温度はせいぜい40-60度くらいです(Çinili Hamamıの若オーナー談)。平均室温60-80度+熱いロウリュのサウナ室内に慣れたフィンランド人や、ましてそれ以上に熱々サウナ空間を好む傾向のある日本人にとっては、正直やや物足りなさを感じる温度帯ではあります。しかも、ロウリュやスチーム、ミストのような流動する蒸気や噴霧が肌を刺激することもありません。日本の銭湯空間で湯船に浸かる前の肌心地というのか、とにかくただただむわっと蒸し暑い空間…という印象。そこに、男女とも薄手の腰巻きを巻いて(あるいは男性はボクサーパンツを履いて)しばらく身を置くのです。

つまり誤解を恐れず言えば、ハマムような熱気浴は、熱々のお湯やサウナでのヒリつくくらいの灼熱の熱気や蒸気による刺激的な入浴に慣れきっている日本人には、心地よさや利用価値が理解しにくいタイプの入浴スタイルかもしれません。とりわけ、昨今の猛暑への耐性を獲得しつつある日本の皆さんにとっては、なぜ好んでこのような蒸し暑い空間に赴くのか…と、理解に苦しむ人さえいるのではないでしょうか(苦笑)

当然そこには、ハマムが普及した地域の気候風土やハマムの利用目的に対する認識の違いが関係していると思われますが、その考察はまた別の記事で

ただ実はこのマイルドな熱気浴に加えて、もうひとつ私たちの体にやさしく熱をブーストしてくれる要素が、ハマムにはあります。それが、浴室中央の床に一段高く設けられた、寝そべるための石造りの台座です。

ハマムの醍醐味は、熱気浴+神秘の岩盤浴

中央の大理石製の台座は、正方形だったり多角形だったりデザインはいろいろ。洗体のためにも使われるし、ただ寝そべるだけでも岩盤浴のようなゆるやかな発汗効果が得られる

熱伝導性の高い大理石の張り巡らされた浴室の床は、裸足で歩くにはやや熱すぎるくらい、ほかほかに温まっています(このため、伝統的には日本の高下駄によく似た木製のサンダルを履いて浴室内を移動する)。同じく大理石できた中央の台座も、寝転ぶと背中にじんわり熱が伝わり、これがなんとも心地よいのです。そう、日本人にも馴染みのある「岩盤浴」と同じ楽しみ方ですね。台座には、主には洗体やあかすりのために寝転ぶのですが、発汗やリラックスのためにただじっと寝そべっている人もいるし、腰掛けてたわいないおしゃべりや身繕いをしている人もいます。

偶像崇拝の禁じられるイスラム教において、天球を模したドーム天井や天窓からの自然光は神の存在を象徴的に実感させるエレメントでもある

個人的にはやはり、この台座にしばし寝そべって、目を見開き幻想的な岩盤浴に耽るのがおすすめです。モスクの内部さながらの荘厳な幾何学空間に覆いかぶさるのは、星の瞬く天球を模したドーム天井。その真下に裸で仰向けになれば、体は母なる大地の温もりを感じながらも、心は彼方の宇宙空間に吸い寄せられてゆくような、天地を彷徨う恍惚とした心地に満たされ、やがて全身がじんわり汗ばんでくるのです。

そういえば、かつてメキシコの蒸気浴室テマスカルでは、母の子宮の中へとリターンし祖先との対話を経て心身を蘇生をさせる…というシンボリズムが在りました。あるときは天と地の狭間へ、あるときは母胎へといざなわれる。世界各地に古来息づく「入浴」という行為は、いつでもなんと壮大で、私たちに森羅万象を体感させてくれる営みなのでしょう。

次回予告。

今回は、ハマムでの「入浴」という主目的に特化した描写説明に徹してしまったので、次回は、トルコ人たちは実際にどのような手順や作法でハマム浴を楽しんでいるのか、にフォーカスしたいと思います!

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