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メキシコTemazcal編③浴室のタイプ別構造と蒸気のつくり方

今回は、テマスカル浴室の構造タイプやそれぞれの温め方・蒸気のつくり方について、写真中心で解説します。焼け石に水をかけて蒸気をたてるという基本作法は、皆さんよくご存知のロウリュと変わりませんが、浴室のレイアウトには、フィンランド・サウナと似ている浴室と、全く異なる浴室とが存在しました!


テマスカル浴室の基本構造と、温め方&入浴法

テマスカルの外形には、きれいな半球のドーム型、屋根部分だけほぼフラットな円柱型、木の枝で造られたフレームに皮や布を被せるテント型、空間に四隅がある箱型など、いくつものパターンが存在します。また、私たちは出会いませんでしたが、外から見ると天井がとても低く、実際は入り口から先の床が掘り下げられている半地下式の浴室も結構あるそうです。

これは完全なドーム型。建材には、レンガや石のほかに
「アドベ」と呼ばれる、砂質粘土と藁などを混ぜた天然素材が伝統的に使われる

規模は、数人しか入れないプライベート度の高いものから、20〜30人ほど収容できてしまう大規模なものまでさまざま。ただし天井高はあまり高くてはいけないというのが不文律のようで(入浴者は地べたに座り込むので、天井が高すぎると下方まで蒸気が降りてきません)、実際にはどこも、身長153センチの私が直立できるかできないか…というラインの天井高でした。

このように、形や大きさにはかなりばらつきがあるのですが、今日まで受け継がれてきたナワ族の伝統テマスカルの基本構造は、大きく分けて乾式タイプ湿式タイプの2パターンに集約されるそうです。

1. 乾式(Calor seco)タイプ >> 浴室とストーブの一体型

テマスカル浴室における乾式タイプとは、浴室内に最初から石が積まれていて、かつ、石を温めるための炉も横付けされている空間構造を指します。要は、石を積んだサウナストーブが浴室内に常設されているフィンランド式サウナと同類の構造ですね。

日本やフィンランドのサウナに慣れ親しんでいたら、それが普通じゃないの?と思うかもしれませんが、実はこのタイプは(ナワ族が継承する)テマスカルとしては傍流だと言えます(その理由は、次回詳しくお伝えするテマスカルの儀礼内容を知れば納得すると思います)。

なお、乾式とは名ばかりで、入浴中は焼け石に頻繁に水をかけて蒸気をバンバンたてますから、結局はかなりの高湿度空間になります。

上のテマスカルは、見えづらいが壁から繋がる箱型の空間に焼け石が積まれている。
下の場合は、壁から出っ張った空間に焼け石があり、蒸気は上の丸窓を通じて浴室に流れ込む

実際の構造は、フィンランド・サウナのように浴室内の一角に箱状のストーブがあるというよりは、上の写真のように浴室空間から少し出っ張った低天井の石の集積空間があり、そこに適宜水を投げ入れて、浴室に蒸気を送り込みます。石の集積空間の上部には、焼け石から噴出した蒸気が浴室に流れ込みやすくするための小窓やスリットが設けられています。

焼け石の集積部分(炉)は、外側からみるとこのように浴室に外付けされている
入浴前に下部で薪を2時間ほど燃やし続け、石を十分に焼く。
ただし実際の燃焼中や入浴時には、熱を逃さないよう断面に鉄板で封をする
外の炉の鉄板を外した状態で、テマスカル内部から石の集積部分を覗くとこのような感じ。
焼け石の乗った天板部分が外に通じていることがわかる

このタイプのテマスカルを外から見ると、その構造が良くわかりますね。入浴時の出入り口とは別方向に、石を焼くための炉(ナワトル語でtlexiktli:トレキシクトリと呼ぶ聖域)が出っ張って付属しているのです。

ところで、この写真のテマスカルの炉は比較的最近に作り直してあるので、炉の上部から排煙パイプが繋いであり、燃焼中に煙が浴室まで流れ込まないようになっています。つまり現代フィンランドの薪ストーブサウナと同じ構造ですね。ですがオリジナルでは、炉の上に排煙用の煙突がない代わりに、浴室内の天井に煙を逃がすための天窓が存在します。そうです、これはまさにフィンランドの伝統的なスモークサウナ型です。

フィンランドの伝統スモークサウナの外側と内側。
下の写真の手前に見えるのが、薪をくべて石を焼いている最中のストーブ(炉)で、
燃焼とともに部屋に充満する有害な煙は、奥の小窓から流れ出ていく

フィンランドでも、サウナストーブに排煙用の煙突が取り付けられるようになったのは20世紀に入ってからで、それまでは石を焚くときの煙がいったん浴室内に充満するスモークサウナが主流でした。だからこそ、スモークサウナは壁も真っ黒に煤けていて薫香が強いのです。もちろん、入浴前にこの煙を完全に逃さないと入浴者が中毒死してしまうので、やはり壁の上部や天井に開閉式の小窓がついています。

テマスカルにおいてもフィンランドのスモークサウナにおいても、排煙用の天窓は、
石の燃焼作業が終わった後に、保温と遮光のため塞いでしまう。
(このテマスカルの壁が煤けていないのは、薪を燃やす代わりにガスで石を焼く現代型だから)

ともあれ、このタイプのテマスカル(やスモークサウナ)では、煙が浴室内に溜まってしまう特性上、石を焼く作業は入浴前に終わらせておかなければいけません(追い焚き不可)。
作業風景も少し見せてもらいましたが、「入浴前には、石の表面についた灰を浮かすための蒸気を点てる作業が必要(=フィンランド語でハカロウリュと呼ばれる行程)」とか、「石は劣化しやすいから3ヶ月ごとに交換」とか、管理のポイントもフィンランド・サウナの手入れで馴染みあるメソッドばかりで、行き着くところは同じだなあとニヤニヤしてしまいました(笑)

とはいえ、焼け石の炉が浴室内にあるのか、外付け空間にあるのか、では、やはり室温自体にはずいぶん差が出ますね。壁から突き出た小空間で火を焚くテマスカルの場合、浴室自体は推定40-50度でほんのり暖かいかな、という程度。

もちろん、焼き立ての石から噴き出す蒸気は熱々で(当然ですが、焼け石から出るジュワッという音もサウナ内で聞くあのロウリュ音そのもの!)、空間自体がフィンランドのサウナよりずっとコンパクトな分、蒸気によって一気に体感温度が上がります。アドベなどの、土砂をみっちり固めて造られた壁は輻射熱もすごく柔らかくて、フィンランドの昔ながらの公衆サウナを彷彿とさせる、とっても心地よい湿潤空間を楽しめるのでびっくりしました!

厳密には「水」ではなく、石を焼くのと同時に熱で沸かしておいた「お湯」を石にかける。
さまざまな薬草を一緒に煮立てるので、アロマ効果のある香しい蒸気を浴びる
桶と柄杓代わりに、陶器の水瓶に貯めたアロマ水を、ココナッツの殻で掬って石にかける

ただし吉田集而氏の調査によれば、テマスカルでも古くは焼け石の集積やそれの炉自体が浴室空間内に収まっていたようです(*1)。それが徐々に隔離されるようになってきたのは、排煙作業の安全性を高めるためだったのかもしれないし、かなり頻繁に水をかけて蒸気をたて続けるテマスカルの作法上、炉の放射熱や輻射熱で室内温度自体をあまり上げたくなかったからなのかな、と私は推測します。

そして、浴室と炉がついに完全分離してしまったのが、次に紹介する「焼け石搬入型」テマスカルです!

2. 湿式(Calor húmedo)タイプ >> 焼け石搬入型

湿式タイプのテマスカルとは、浴室には炉も常設の石の集積もなくて、浴室の外で十分に焼いた石を入浴中に浴室内に搬入してゆくスタイルを指します。先述したように、このスタイルのほうが、ナワ族の伝統的なテマスカル儀式を体現する上では本流です。

浴室そばにある独立した炉や焚き火場で、入浴前に薪を燃やして石を焼いておく

石を燃やす場所はテマスカル浴室のそばに設けてあり、厳密には、テマスカル本体から見て東側につくられます。これは、火を起こす場所が太陽の昇る方角にあるべきという考え方に基づきます。
入浴の90分ほど前に着火を始めて、石を直火でカンカンに焚いてゆきます。薪に利用されるのは松やオーク。石には、四元素の「火」と「土(大地)」の両エネルギーを秘めた火山岩を砕いたものを利用します。

入浴前は空だった中心の石置き場に、儀式の進行とともに搬入される石が山積みになってゆく

石を室外で温めるのですから、つまり浴室内は、入浴前の時点ではまったく暖かくありません。そんな状態でどうやって温浴が可能なのか?と思われるかもしれませんが、いざテマスカルの儀式が始まると、外の石焼き場から焼きたての火山岩が内部中心のくぼみに一つずつ搬入されてゆき、その真っ赤な石に断続的に水をかけて、蒸気をたて続けます。

気密性や保温性に優れた狭い空間ですから、たとえ室内の空気が熱くなくても、蒸気は瞬く間に空間を満たして、徐々に私たちの体感温度を上げてゆきます。なにせテマスカル儀式中は一切外に出られず、3時間前後密室に留まることになるので、空間の初期設定が熱々だと、そもそも後がキツイはずです…。

次回予告。

後半に紹介した湿式タイプのテマスカルに閉じこもって、実際にどんな儀式が3時間も続くのか…次回はいよいよ、本格的なテマスカル儀式の作法や、実際の体験記を綴ります!


*1 吉田集而『風呂とエクスタシー -入浴の文化人類学』(1995:平凡社選書)p.54

(写真:村瀬健一)


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