見出し画像

メキシコTemazcal旅 準備編|情報収集&施設選びの極意

さっそくすみません。本記事からテマスカル旅で得た知見をレポートしていく予定だったのですが、本題に入る前に、急遽【準備編】を設けることにしました。そもそも現代メキシコでどんなテマスカルが体験できるのか、どうやって自分の趣向や目的に叶う施設を探すべきか…について、先に整理しておく必要があると思ったからです。


テマスカルをネット上で予習するのは実に難しい

中米メキシコやその南隣国に伝わる蒸気浴室テマスカル(Temazcal)。いざ現地へ旅立つまでに、この謎に満ちたメソアメリカ版サウナについての、信頼できる事前情報を収集する作業はとても困難でした。

一般家庭のお庭につくられたプライベート用テマスカル

メキシコ観光のいちコンテンツとしてテマスカル体験を取り入れているツアーもあるし、SNSで訪問記や写真を投稿している人もそれなりに見つかる。Google mapsで"temazcal"と検索すれば、首都メキシコシティを中心に、わりかしたくさんの施設がヒットする(ただし得てして行きにくい場所ではあるので、タクシーやドライバー手配が必須かも)。

けれど、それらのネット情報や投稿画像からそれなりの解像度で「テマスカルとはこういうもの」という像を結ぶのは不可能に思えるくらいに、浴室の形も、体験内容も、人々のつづる印象も千差万別。そもそもテマスカルという蒸気浴室が、本来いつから誰がなんのために利用してきたものなのか…という客観的な基本情報が、ほとんど語られていないのです。

(まあでも、個人的には、このご時世でさえネットでググってもよくわからない物事に現地でアタックしてゆく試みにこそ生きてて一番ワクワクできるし、それこそが旅の醍醐味と思っているのですが!!)

テマスカルの世界観を知るためのオススメ書籍

書籍では、日本や世界の入浴文化に興味のある人なら一度は手にしているであろう『風呂とエクスタシー -入浴の文化人類学』(平凡社選書)内で、テマスカル文化の概説と考証(特にテマスカルの構造と温め方の変遷)にかなりのページが割かれています。実際これが私にとってのほぼ唯一の予習材料でした(※本書内では「テメスカル」と表記されているが、現地で確認した実際の発音に即し、本記事では以後も「テマスカル」で統一)。

本書は、国立民族学博物館に勤めておられた文化人類学者の故吉田集而先生が1995年に書かれた、古今東西・入浴文化史のバイブルのような一冊です。各国・地域のさまざまな年代の入浴文化について、特にその構造・加温方式と用途から細かく類型化し、さらに諸地域との関連性についても考察してあります。

まさに世界中の情報をかなり掘り下げて網羅してありますが、例えば私が精通するフィンランドや周辺諸国の項目に関する内容を精査する限り、誤認記述もなくはないです(それが、自分含め1人の研究者が広い世界の事象を網羅的にまとめようとする営みの限界だ、という自覚・自省にもつながるのですが…)。

けれど、ご自身のフィールドワークに基づく体験的な知見と、世界から収集した文献や資料を見事に編み上げ、さらに包括的な視点でユニークな推察や考証を展開してらっしゃるので、まさに民俗学の専門家らしい説得力とロマンの両方がつまった本です。もう古本でしか入手できなさそうですが、サウナや入浴文化について知識を深めたい人、その切り口で世界を旅したい人にはぜひ読んでみてほしい!

焼け石は、蒸気浴室内に併設された炉で焚くパターンと、後で外から運び淹れるパターンがある

特にテマスカルについては、「本質的には」欧州や日本の現代入浴文化のような保養、娯楽、洗体のための入浴施設とはだいぶ方向性が違います。その前提で、自分がどんな体験をしたいのか、できるのか…を旅の前に見定めておく意味でも、ある程度「そもそもテマスカルとは?」の前情報を入れておくほうが、絶対に良いと思います。もちろん、どんな施設での誰の体験も「テマスカル体験」に違いはないのですが、語弊を恐れずわかりやすい言葉で言うなら、選ぶ施設(と先導者)によって、体験の「ディープさ」がぜんぜん違う気がします。

吉田先生が本書内でどのようにテマスカルを紹介し位置づけているか…については、ここでは要約せず、本編記事で適宜引用したいと思います。いずれにしても、本書内で触れられていた内容は、現地でまさにその通り確認・実感できた事実もあったし、実際はもっとこうだった…という内容も当然ありましたが、先に読んでおくことで「本来の(民間の習俗に根付いた)」テマスカルの姿や存在意義は、随分具体的にイメージできたと思います!

体験重視のテマスカルを選ぶための必須要件

さて、ここからは事前にいろいろ下調べをしたり、実際に現地でお世話になった専門家の方にヒアリングしてわかってきた、「現代メキシコで(我々外部の旅人が)体験しうるテマスカル」の多様さについてまとめておきます。

先述したように、"temazcal"でネット検索すれば、かなりの施設がヒットします。ですが、その体験内容の「ディープさ」、言い換えると「オーセンティックさ(=真正さ、正統性、本物志向)」には、かなり幅がありそうです。

本格的なテマスカルのセレモニーでは、さまざまな楽器や香や植物が使われる

例えば、ホテルや現代的なスパ施設内にも、テマスカルと名のつく蒸気浴室があります。マッサージなどの、いわゆる現代スパ的なトリートメントサービスとセットになっていることが多いようです。

これらは、浴室の形状や「蒸気を浴びる」という部分においてのみ、テマスカルのアイデンティティを多かれ少なかれ受け継いでいそうですが、やはり場所柄、お客様への基本的な安全性・安心感、リラクゼーション要素を優先してあり、シンプルに蒸気浴を楽しみたいという人にはハードルが低くて行きやすい反面、おそらくその施術や体験内容に、本来のテマスカルとしての「オーセンティックさ」はあまり期待できないかなと思われます(私たち自身がそのような場所は行かずじまいだったので、憶測的な書き方になってしまい、申し訳ありません)。

他の入浴文化とは区別された「テマスカルらしさ」に触れたいと考える人は、少なくとも以下の2要素を満たしている施設から、訪問先を探すべきです。

●いわゆる「セルフロウリュ」型ではなく、先導者に終始率いられた「セレモニー/セッション」が体験内容の核をなす施設であること。

●施術内容が、マッサージ、ヨガ、飲酒飲食など、明らかな他文化のヒーリング・メディテーション・エンタメ要素と安易に融合していないこと。

…この2点が、テマスカルとはなんたるかを体験する上での、施設選びの最低条件かなと思います。ちなみに、一連のセレモニーを受けるという特性上、公衆サウナのように営業時間に飛び込みで体験できる…というところはほぼなくて、やはり事前に時間予約が必要です。施設側が定めた開始時間と定員に収まるよう参加者を募る場所もありますが、基本的には貸し切り前提で時間や価格交渉をすることになります。

中央のくぼみに徐々に焼け石を運びながらセレモニーを進めるタイプのテマスカル室内

当然ながら貸し切りの場合は料金もそれなりにします(1グループ2-3万円が相場?)。さらにあなたがスペイン語が話せず先導者が非英語話者の場合は、別途通訳者をつけないことには状況がほとんど理解できないので、(なにせ内容が内容だけに)不安も大きいと思います(本編で詳細を書きますが、テマスカル施術においては、言語コミュニケーションがかなり重要な役割を担うのです)。

現地で待つテマスカル体験のディープさは千差万別

その上で、いわゆる「ディープさ」は、本当に施設によってさまざまです。そもそも、テマスカルの形状や構造自体にもかなりパターンがあれば、先導者の数だけセレモニー内容にも方向性にも個性があり、絶対的な正解がある世界でもないので、何が正しいor間違い、本流でない…という客観的な判断や議論は難しいものです。

炉で薪を燃やし、石を温める準備風景

もちろん、旅人が体験予約できる場所は、多かれ少なかれ「観光向け」に最低限の安全が担保されつつプログラム化されています。とはいえ、オーセンティックさが増すほど、いろんな面で不安や恐怖を感じる人も多いのではと、実際に体験して感じました。

不安要因として、本物志向のテマスカルであるほど所要時間が長い(2-3時間浴室に入りっぱなしも普通)、空間は基本的に狭くて閉鎖的(そして当然熱い)、出入り口を封鎖すると内部は真っ暗になる(浴室内には基本窓も照明もまったくない)、英語進行でない限り何を唱えたり歌ったり指示されているのかわからない…など。

テマスカルは繊細でスピリチュアル要素も強い行為なので、不安を感じるかもしれない事項は、先に(あるいは逐一その場で)先導者に伝えて、柔軟かつ適切に対応してもらうのが大切です。長すぎるときは内容を端折って短縮しもらうことも可能だと聞きました(もちろん、あるべき内容的にはそれでは不完全なのですが…)。こういう側面からも、英語が通じない場合は通訳者を雇うのが断然安心です。

3時間におよぶ蘇生のセッションを終えて、
ハチドリの飛び回る庭に寝そべり生の悦びを噛みしめる私

よき先導者との出会いを大切に

ちなみに私たちは、できるだけ往時の姿の記憶や精神性を受け継いでいる場所や人に施術してもらい、実際の体験だけでなく背景の知的財産を分けてもらいたいという強い思いをもって渡航しました。もちろん、現代にどれくらい「昔ながら」が残っているのか、そこに一旅人がどこまで近づけるのか、準備段階では未知でしたが…。

ただ我ながら毎度人の御縁に恵まれているのが取り柄で笑、(テマスカルという語発祥の)ナワ族の末裔であり、伝統テマスカルの先導者として活動しつつ、自分たちの民族の文明のルーツや民俗慣習についての研究や考証にも携わっているパーフェクトなご夫妻と出会えたことで、数日間非常に充実したフィールドワークや神秘体験に立ち会うことができました。
(今回は、彼らといくつかの個人所有の浴室を転々とし、同じ先導者に毎回異なるセレモニーと事後解説&ディスカッションをしていただく…という特殊形式でのテマスカル巡りとなったため、今後の記事内で具体的なおすすめ施設などに言及できず、すみません…。)

テマスカル文化に興味津々の奇特な異邦人を温かく迎えてくれ、
豊かな精神体験とたくさんの知見を与えてくださったフアンさんカルメンさん夫妻

いずれにしても、良い先導者との出会いは本当に重要で、長大で複雑な歴史から継承されてきたテマスカルの本質を見失わず、客に媚びて余計な要素を付加せず、安心感を保ちながら精神性豊かなセッション体験を入浴者に与えられるかどうかは、ひとえに先導者の技量と熱意にかかっていると思います。

一般施設であっても、Google mapsのレビューや画像から、ある程度そこでの先導者の振る舞いの確かさや内容は推し量れると思いますし、どんな人がどんな施術をしてくれるのか、予約時に具体的に聞いておくのも良いでしょう。また、金銭的に余裕があるなら、最初から現地コーディネーターさんに依頼し、日本語で具体的に要望を伝えて、適切な施設探しや予約を代行してもらうのが一番確実です。

次回予告。

というわけで次回こそ、テマスカル文化のレポート事始め…として、この謎に満ちた入浴文化を受け継いできた民族の背景(や関連するメキシコ史)、その基本的な利用目的や意義について、紹介してゆきます!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?