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Short story_土地風土

Diptyque PHILOSYKOS

「どうしたの?」
「いや、なんだか。沖縄で飲んだ時とは感じが違うなって。」
そう言って、男は泡盛のグラスを置いた。
那覇の郷土料理屋で飲んだ泡盛が気に入って、700mlの一瓶を東京への土産に持ち帰った。沖縄で飲んだ泡盛の、強すぎるアルコールの刺激を越えた馨しい香りや喉越しには感動というのがふさわしいほどの驚きと喜びがあった。
東京に戻り、家のテーブルで沖縄の再現を期待した。しかし、いくら感覚を研ぎ澄ませてもあの沖縄での香りと味わいが感じられない。同じ泡盛のはずが。

特殊な土地風土は、そこに固有の感覚を生む。
棲み続けていると意識しなくなること。
自然とその土地風土に合った食材や酒が生まれる。
その特殊性は、他の地から来た者や、他の地に移動した時に気付くことになる。

***

ブーランジェリーの前から薫るバターと小麦の焼ける匂に包まれながら、朝日が射す路地を抜ける。近くのカフェからのコーヒー豆をローストする匂い。
挽きたての豆から淹れたコーヒー、排気ガス、清掃車の洗剤、散歩中の犬。
すべてがパリの街を構成する要素で、自分はその一部になるために自らの感覚をチューニングする必要がある。
乾きすぎた空気。アルプスからの雪解水。
ここでは幾つもの服は必要ない。
肌触りの良い気慣れたシャツとセーター、ジーンズでいい。8年以上履いている足に馴染んだ靴。
ボストンバッグ一つで友人に会いにパリに来た。建築家の彼のアトリエを訪ねるためだ。
ビストロで待ち合わせ、蒸し焼きの鶏とバターたっぷりのマッシュポテト、グリーンサラダを注文した。運ばれてきた一皿はオーブンから出されたそのままの鍋。
普段東京では口にしない獣臭い油が美味しい。生き物を摂る根源的な喜びを感じる。
「東京でTyphoonは大事なかったか?」
「有難う。東京の隣のChibaでは被害が大きかったが、幸い東京には大きな被害は無かった。」
「日本は地震やTyphoonが多い。けれど街は清潔で安全だ。ここパリにはTyphoonは無いが、毎日気が抜けないよ。人間が人間の暮らしを脅かしているんだ。」
「都市らしい。」
ビストロを出て、街を歩き古い建物の2階にある彼のアトリエに向かう。古い鍵を使ってドアを開けると、何とも言えない落ち着く香りが漂っている。経験したことのない香りなのだが、とても心地がいい。
友人自身、彼のジャケットからも香りがする。その香りは、ゆっくりと胸いっぱいに吸い込み、嗅覚を楽しませ続けたいような香りだ。さすがは香りの本場の国。装い、エチケットとして深く根付いた香りの文化は、昨日今日その形ばかり真似してみようとしたところで敵うものではない。
それでもアトリエのその香りは気になり、訪ねてみた。
「この部屋はよい香りがするが、何か香らせているのか?」
「ああ。Diptyque PHILOSYKOSというフレグランスだよ。」
「とても落ち着くよ。」
「庭で薫るような自然の香りだよ。イチジクの葉さ。」
東京ではスーパーで丸々と太り崩れそうに熟した甘い実しか目にしないイチジク。その葉がこんな香りをさせるなんて意識もしなかった。
「落ち着くのは白檀が入っているからだろう。仏教も白檀を使うと聞く。」
「そうだね。夏にかけて、日本の茶道の茶室では白檀を焚くと決まっているよ。何処か落ち着いた香りに感じたのは、それもあるかもしれない。」
建築家の友人とは仕事の話よりも香りの話に花が咲いた。日本でこれほど香りについて話が弾むことはない。知識があったところで、経験に基づくエピソードや洞察を語れる日本人は少ない。

***

冷房が効きすぎた成田エクスプレスの車両には私しかいなかった。化学繊維やプラスチックの原料臭がまだ抜けていない車両。それが清潔と呼ばれている。人や生き物の匂いがしないと言う理由で。

秋明菊が咲く頃、秋の風
鰹出汁を引く蕎麦屋の前
ビルの間、にわか雨に濡れるアスファルトの匂い。
腕時計に目をやり、足早に地下鉄の入り口を下る。
東京の日々に戻った。
ある日、丸の内でDiptyqueの路面店を見かけ、入ってみた。
「何かお探しでしょうか。」
「あの、イチジクの葉の香りはどれでしょう。」
ルームフレグランス、トワレ、パルファムをそれぞれ試す。
目を閉じて香りを吸い込むとパリの情景が思い出される。イチジクの葉の自然の香り。
傘を差した人が行きかうドアの外の丸の内。世界の都市が好む、高度に洗練された香り。


そして、この国の湿度。

この街で季節や天気を現す香りは、間違いなく微生物やカビの発する代謝産物に由来する。必ずしもそれは悪臭ではない。この国で木造住宅に住んだ経験があればそれは懐かしさすら感じる香りであろう。
PHILOSYKOSは洗練された都市に許される、緑の庭を想う香りだ。東京では、冬の乾燥の季節に向くだろう。湿度が残る季節の東京では、私にとってグリーンは生々しい。
あくまで、パリに映える香りだと思い、オードトワレのボトルをディスプレイに戻した。

風土を読み誤った感覚の産物は滑稽だ。
長野のハイキングコースで鼻を掠めるファッションブランドの香水。
酷暑の日中、人込みになった街の甘いミルクティー。
雨の日、スリップドレスの上に羽織る就職活動用のトレンチコート。

ファッションはその土地の文化、現在、集う人々、建築、気候、空気、その中の一存在となるための手法だ。不調和は環境中で自ずと身を危険に晒すことになる。

土地風土に合わせられるほどに感覚をフレキシブルに保つには、今日も旅が欠かせない。


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