『Girl Shy』(邦題:猛進ロイド)を鑑賞した感想
サイレント映画・デビュー
興味を持ったきっかけは、YouTubeでラヴェルの「ハイドンの名によるメヌエット」を原題で検索した際に偶然見つけた動画。
どうやらその動画は、サイレント映画(無声映画とも呼ばれる)なるもののワンシーンに「ハイドンの名によるメヌエット」を劇伴として後付けしたもの。サイレント映画はその名の通り音声が無い映画で、音声を入れられる映画フィルムが発明されるよりも前、つまり大昔に作られていたらしい。
(サイレント映画のフィルム自体には音声が入っていないが、上映時に劇伴としてピアノやオーケストラの演奏がつけられた)
この映画の主演は、演技だけでなく映画制作も行い、特にアクションを得意としていたハロルド・ロイドというサイレント映画のスーパースター。
(チャールズ・チャップリン、バスター・キートンとあわせて「世界の三大喜劇王」と呼ばれる)
そして、私はこのハロルド・ロイドの映画──『Girl Shy』(1924)でサイレント映画・デビューをすることに決めた。
セリフがないのに、何をしているのか不思議なくらい伝わってくる。きっと、今の芝居に較べればものすごく大袈裟な演技なんだろう。しかし、この無声の世界ではその動きが自然に入ってくる。
それに、ロイドのコロコロと変わる表情も非常に魅力的で、演技によく溶け込んでいる。
ちなみに、邦題は『猛進ロイド』。なんとセンスのない邦題!と思っていたが、ロイドがある場所へ"猛進"するアクションシーンが強烈だったのは間違いない。猛進という言葉をタイトルにしたくなるのも、仕方ない気がしてくる(笑)
ハロルド・ロイドは劇中で信じられないほど危険なアクションを表情豊かに、平然とこなしている。もちろんスタントマン無しで(なお、彼は別の映画のアクションシーンの撮影中に、親指を失っている。それほど危険で、しかし見応えのあるアクションだということか)。
そういうわけでロイドのサイレント映画は非常に心惹かれる文化なのだが、心配な点もある。
なにせセリフが無い、外国の、しかも100年前に作られた映画。活動弁士(※上映中の映画の内容を解説する)も隣に立っていてはくれない。
特に、映画序盤に出てくる『The Vampire』『The flapper』のパロディ妄想のくだりなど、事前にWikipediaを読んでいなければ全く理解できなかっただろう(雰囲気でなんとなく面白さはわかるが)。
「意味がわからないことが続くのはつらい!雰囲気だけで楽しむのは苦手!」という人には、今のところ日本語版のWikipediaは存在しないので、英語版Wikipediaを読んで概要を把握しておくことをオススメする。私は(英和辞典を使う練習も兼ねて)英語版Wikipediaを日本語に直訳したものを作成してから鑑賞した。
実際に『Girl Shy』を観た
最初から最後まで一貫して続くドタバタコメディが愛おしい。滑稽さやくだらなさよりも、愛おしさや懐かしさが勝つ。
ハロルドのキャラも良い。吃音で女性と上手く喋れないのに、恋愛ハウツー本を執筆したり、妄想の中ではモテモテの男になっていたり……。でも、実は現実でも真摯で勇敢なハロルド。
たとえば、列車の中での(初対面のメアリーの飼い犬を車掌から隠してあげるための)一生懸命な犬の鳴き真似シーンでは、誠実なハロルドへの好感と、ドタバタコメディへの愉快さが同時に湧いてくる。
それに、メアリー役のラルストンの嫌味のない美貌が良い。大富豪の娘という設定に相応しく品のある雰囲気と、くどさを感じさせない落ち着いた美しさ。時折見せるキュートな表情。
そんなロイドとラルストンのカップルなら、誰でも応援したくなる気がする。
ハロルドが列車でメアリーの犬を助けたことをきっかけに、互いに好意を抱いた2人は再会する約束をする。
メアリーと出会った証としてボロボロの犬用ビスケットの空箱を大事そうに保存しているハロルド、可愛い。ハロルドと再会したくてリトル・ベンドを遠回りするメアリーも、空箱を大切そうに持っていた。そして、迷惑な求婚者・ロナルドのおかげで、ハロルドとメアリーは運命の再会を果たす!
小舟の上でのシーン、ロマンティックで本当に好き。再会できて、さらに、お互いに空箱を大事にしていたことを知って、ニコッと笑うこの表情。ロイド・スマイルと名付けよう。たまらなく好き。
メアリーの乗った丸太の板(?)がロイドのいる舟の方へ移動していくシーンとか、ロイドが亀に乗って水上へ移動しちゃうシーンとか、どうやって撮影してるんだろう? CGや高度な編集技術が存在しない分、出演者は本当に撮影で体を張っていたんだろうと思うシーンが沢山ある。車やバスに轢かれそうになるのを間一髪で避けるシーン、多すぎ!
物語中盤で明かされる、ロナルドが重婚を企むクズ野郎(これでも抑えた表現)だという事実。しかも、老人(ハロルドのおじ)を殴り飛ばすという非道さ。
ここで観客は皆一気に思うはずです。「良き青年のハロルド、頑張れ!」
出版社で本をリジェクトされたハロルドが、「僕はただの仕立て屋見習い。これじゃあメアリーと一緒にはなれない……」と落ち込み、メアリーに「今までのは恋人ごっこさ!」と嘘をついて、メアリーの見えるところで別の女性にあの列車の時と同じ商品を買い渡す。それを見てひどく傷つくメアリー。空箱を大事に大事に持っていたメアリーの気持ちを考えると、とてもつらい。
一方、出版社では「よし、あの本をThe Boobs' Diaryとして出版しよう!」という決断がされる。出版社から届いた小切手の額で大騒ぎするハロルドと叔父がなんともコミカルで可愛らしい。
ただし、ハロルドは『愛を交わすことの秘訣』的なタイトルで本を書いていたのに、出版社が提示してきたタイトルはThe Boobs' Diary──『間抜けの日記』……そりゃハロルドも憤慨するわ(笑)
その後、たまたま店に来たロナルドの妻により判明する彼の重婚。そうしてハロルドは、花嫁を極悪人から奪いにいく決心をするのである──ベタな展開。しかし、結婚式会場へ行くまでの連続アクションシーンが凄まじく、驚きの連続。これがスタント無し? 笑ってしまうくらいヤバい。
全力疾走に次ぐ全力疾走。背後から来る車を間一髪で避けまくる。乗り物に飛び乗る。飛び降りる。走行中の列車の上に立つ。ぶら下がる。
私だったらこの終盤のアクションシーンだけで30回は死んでいると思います。
全力疾走で走行中の車に追いつく→車に飛び乗る→木の枝に飛び掴まる→馬の背中に着地
の流れも完璧すぎて笑いました。
なんとか結婚式場に到着して、結婚を止めに入ったものの……吃音のせいで、何も言えない!
階段をぴょーんと飛び降りて、メアリーを攫います。この時のメアリーの担ぎ方も面白い。人間1人担いであれだけ動けるハロルド、なんて頼りになる男なんだ。
大事なプロポーズの言葉を吃音のせいで上手く言えないハロルド。メアリーが郵便配達員のホイッスルを奪って吹くと、ハロルドの吃音は止まり、メアリーの返事も勿論……Yes!
このオチ、天才!最後までドタバタ劇を繰り広げて観客を笑わせつつ、幸せいっぱいの大団円!
冒頭で述べた通り、元々のサイレント映画には音声が一切無い。
後からつけられた劇伴には色々なバリエーションがあるし、もちろん無音の動画もあるので、鑑賞する際にはその点についても気にしておきたい。
英語版Wikipediaを直訳する作業も、大学受験が終わってからすっかり鈍ってしまった頭の体操(?)になって良かった。時間がある時に他のサイレント映画も観てみたい。