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転生しない移動音楽団日記⑥〜1人と12匹の出会い編〜

【Episode:5-停止の花園とホタル】

あれから事務所にセキュリティが稼働していなかった事を問い詰めると、どうやらセキュリティシステムのアップデート中にエラーが発生していた事に私から連絡が行くまで誰も気付かなかったらしい。

全く、何のための「ボディガード」なんだい。
特に私には必須じゃないか。他のアーティスト達も青ざめたろう。ましてやハッキングだなんていい迷惑だ。私の個人情報が週刊誌やマスコミの餌にされたら音楽活動休止どころの騒ぎじゃない。

…もう、奪われるのは御免なんだ。

はぁ癒やされたい。可愛い家族達に会いたい。
仕事もこなしたし、早くログインして今日は別室に籠もらずみんなと遊びに行こう!

「お断りします!」

あれ、えにしさん?凄く怒ってないかい?
何でうんうんとコメットまで頷いて…おいメロウ、何故必死に目を逸らすんだい?

「夕月は私達に隠し事してるでしょう?」
「そうだよ!撫でられたって誤魔化されないんだからね!」
「うぅ…ごめんね夕月ちゃん…」

な…何と!モフモフさせてくれないだと!
だがこれまでの事を話す訳にも…。

データをハッキングされた鍵フォルダはパスワードが書き換えられており、セキュリティ担当の1人を取っ捕まえて何とか開くことが出来た。
だが何故か、1文字も書かれていない空のフォルダになってしまっていた。

メロウの過去も、放浪リヴリーの仕様変更も、何もかもそのままになってしまったのかもしれない。

__「ログインしなくなったら」__

ふと、コメットの言葉を思い出した。
そういえば、みんなは本当にゲームのペットだと知っているのだろうか?

「な、なあみんな。ちょっと聞きたい事があるんだが…みんなは私と自分達の関係を、どう思っているんだい?」

明らかに震えた声が出てしまった。核心を無意識に避けた言葉足らずな質問。
ゲーム、と言われたら私はどう反応をしたらいいのかまでは頭が回っていないんだ。
やっぱり私が「みんなは知らない筈」と思っていたいだけなのか?

「夕月ちゃんは…私を助けてくれた恩人。」
「ちょっとメロウったら、みんなで決めたじゃない!あなたの気持ちはわかるけど…」
「そうだよ!きっと1人で抱えてるから…あっ。」

コメットがえにしに睨まれてる?メロウはもじもじと隠れてしまった。
はぁ、とえにしが大きな溜め息をついた。隠し事が下手すぎるわよ!って、どうなっているんだ?

「ごめんね夕月。最近凄く疲れているみたいだから、今日は意地でも休んでもらおうってみんなで決めたのよ。」
「だって黙ってられなかったんだよ!団長の前に大切な家族だから、倒れられたらどうしようって…」
「夕月ちゃん、沢山泣いてたから…ごめんね…」

大切な家族。
そうか、そう思ってくれていたんだね。
ゲームの事は聞けなかったが、今目の前にいる12匹が愛おしくてたまらないよ。

「みんなすまないねぇ、心配かけてしまって。家族って思っていてくれている事、私は嬉しいよ。」

じゃあのんびり休ませてもらおうかねぇ、と言った瞬間、またモフモフスリスリ祭り。優しい青い花の香り…あぁ幸せ…。
みんなの気持ちはわかったよ、さぁ遊びに行っておいで。

わいわいはしゃぎながら外出していった家族を見送り、私は別室へと向かった。
アイテム化した日記帳、こいつを見ない事には確認しようが無い。だがいつも鍵を開けた瞬間に飛ばされてしまう。

「書かれたページは読み返せるのか?」

使い方がわからない。ホムアイテムで誰からも見えないという事は、私が持ち歩いても私以外に見えない透明アイテムなのか?そんなの聞いたことがないんだが、どうしたものか。

「いつもお世話になっております。マハラショップ店長のマハラジャです。」

異国情緒漂う音楽と共に、急にアイテムショップ店長のマハラジャが現れた。
おい、考え事をしている時に。心臓が飛んでいくかと思ったじゃないか。

「お、驚いた…。」
「いつも突然で恐縮でございます。ところで。」

ちょいちょいっと、日記帳を指差す。

「ささやかではごぜぇますが、あちらのアイテムについてご説明に伺った次第でして。」

時々混じる訛りに少しだけ安心…って、アイテムの説明だって?今までこんな仕様はなかったぞ?
混乱している私を尻目に、マハラジャは続ける。

「あのアイテムは、夕月様だけが持っているものでございます。使い方は簡単でして、アイテムに触れた時に、読む、書く、のどちらかを選んで使用できます。」
「読むことが出来るのかい?」

これは僥倖だ。読み直しが可能なら、私の疑問が少しでも晴れる事になる。

「左様で。書き直しは出来ませんが、遡ることは可能でごぜぇます。そして製作者であるワタクシと、夕月様以外目視出来ません。何しろ急ごしらえでお届けしたアイテムですので、お困りではないかと。」

お困りどころの騒ぎじゃないよ。だが不正に送り付けられたバグアイテムを正規アイテムにしてしまうなんて、やはり敏腕店長じゃないか!

「だけど、私しか持ってない、しかも見えないアイテムってどういう事だい?」
「発注数が1つだけでしたので、最初に手にされた夕月様専用アイテムでございます。それと、こちらを。」

青く輝く石が埋め込まれた金色の鍵を手渡される。
あれ、この鍵は…メロウの首輪を外した…?

「こちらは不思議な鍵、と言いまして、夕月様専用アイテムでごぜぇます。こちらも夕月様以外目視、使用は出来ません。またもや急ごしらえですが…使い方はご存知かと。アイテム一覧をご確認下さい。」

言われた通り確認すると、詳細が載っていた。
「(ホムアイテム)不思議な鍵(説明文)誰からも見えない不思議な鍵。リヴリーの首輪を外す事が出来る特注品。」

首輪…。まさか、他にも放浪リヴリーだった子が?
また望まない傷を背負う事が起こるのか?
そんなの想像した事が無いって言ってるじゃないか!あの子達には幸せでいて欲しいんだよ!

__私を助けてくれた恩人__

そうだ、さっきの言葉。
とにかく日記を読み直さない事には何も進まなそうだねぇ。しかも私専用アイテム?
違法なバグだったんだ、何故わざわざ残して…。

「きっと、夕月様は託されたのでしょう。この世界に、ご自身とその家族達の為に。」

マハラジャが静かに呟く。
この世界に託された?おい、私は他のユーザーと同じで特殊でも何でもない。ただのハッキングに巻き込まれたバカなユーザーなんだがねぇ。

「放浪リヴリーを本当に自分の所に家族として迎え入れたのは夕月様だけでございます。きっと、この世界に何かが起ころうとしているのかもしれませんねぇ…。」
「放浪リヴリーって、あの子は私が通常の、変身薬を使って…」

しーっ、とマハラジャが優しく遮る。
ちらと窓の外に目配せすると、研究員が遠くに見えた。そうか、マハラジャも聞かれたくないのか。

「ワタクシはただのショップ店長。今後も夕月様に喜んでいただけるよう商品開発に努めてまいります。またのご利用をお待ちしております。」
「…あぁ、ありがとう」

ペコリと一礼した後、すっと消えていった。
私は研究員と鉢合わせしないよう部屋の奥に移動し、不思議な鍵に紐を通して首からかけた。
足音が遠ざかっていくのを確認して、日記帳の前に座る。まずはメロウの日記を読まない事には不安は拭えない。

カチ、と鍵を開けて読むを選択する。
するとペラペラとページが捲れるようになった。
一行ずつ丁寧に確認すると、コメットと私の「ログイン」についての会話が消えていた。
内容が、変わっている?
だとしたら。

「知らないんだねぇ、ゲームの世界だとは。」

私がそう思っていたかっただけ。
これでもかと自分を責めたが、可愛い家族達が知らないならそれでいい。今まで通り何も変わらない。

だがメロウが放浪リヴリーだった事はそのまま書かれていた。内容は書き換えられない。
あのクソ女、本気で再起不能にしてやる。

次はあの子との出会いだ。頼むから、辛い過去を背負わせないでやってくれよ?
書く、を選択すると風がぶわりと巻き起こる。
しまった、心の準備をしていない!空中だけは勘弁してくれ!

ふと視界が開けると、青い花の優しい香りに包まれた空間。モノコーン達の故郷、「停止の花園」だった。
モノコーンの変身薬の基本は、停止の花園の「停止岩の木」から採れる「青い花の実」を使用して作る。大きな岩の上に淡い青とピンクの花が咲き乱れ、優しい香り漂う美しい場所。
…だからって木の上に立たされるのは聞いてない。
木といったってデカい岩の上なんだ、高い所は駄目だって何度も言ってるんだがねぇ!

恐る恐る周囲を見渡すと、水色の草原に3匹と人間の私が寝転んでいた。メロウに首輪は見えない。
良かったと胸を撫で下ろし、呑気に微睡む1人と3匹を暖かい気持ちで眺めていた。

ぴくりと、メロウが身体を起こす。
視線の先には1匹のモノコーン。巻き毛の、暗い青色をした子。寝転んでいた人間の私達も気付いた様だ。

(お気楽な一行だな。みんなで仲良しこよしか?)

がさりと音を立ててモノコーンから近づいていく。
千切れた鎖が付いた首輪。
そんな、この子まで?望んでいなかった出会いに、私は肩を落とした。

「おや、随分と身体が汚れてるじゃないか。」
(そりゃそうだろうな、必死に逃げてきたんだ。)

逃げてきた?この子もまた辛い過去を?
でも聞かなければ。幸せにすると決めた、有り得ない現象だろうが何だろうが、全部見届けるさ。

「逃げてきた?君も放浪さんなの?」
(君も?お前、元放浪なのか。何で見えるんだ?)
「キミも不思議な感覚、わかったでしょ?何故か放浪でも新しい居場所で一緒に過ごせるんだよ。」

…っはは!と笑い捨てるモノコーン。どこか悲しい程投げやりな態度だった。
やめてくれよ…そんな風に自分を諦めないでおくれ。

(あの感覚か…ウチを騙そうと世界が意地悪してきたと思ってた。飼い主と同じくな。)
「おや、私を睨んでどうしようってんだい?」
(3匹のお前等も騙されてるんだ、甘い言葉で。)

そのモノコーンは飼い主に碌に世話もしてもらえず、挙げ句何日も帰って来ない事に失望して自ら逃げてきたんだと語った。

(ウチ汚れてるだろ?もう全部汚して欲しいんだよ。だけど気付いたらここにいた、生ぬるいな。)

3匹は悲しそうに泥だらけになったモノコーンを見つめる。どんな思いで逃げてきたんだろう。
胸が拉げそうだった。わかる、痛い程わかるよ。

「随分とひねくれてるねぇ。逃げたきゃ逃げりゃいいじゃないか。君を大切にしない奴なんて、こっちから願い下げだよねぇ?」

人間の私はすっとギターを取り出した。
3匹は、花咲くような笑顔でその姿に喜びを隠せない様だ。そうだよねぇ、だって私達は…。

「私達はモノコーン音楽団さ。一曲いかがかな?」

唐突に、だけど軽快にパフォーマンスが始まる。
呆気に取られたモノコーンは、何故か立ち去る訳でもなく、静かに耳を傾けている。

「この曲は…」

イギリスの音大に留学した時に作った曲。
今までの何もかもから逃げる様に必死に勉強して、何かが開きかけたイギリスで音楽にのめり込んだ。
コーチには、とんでも無い原石だと笑って褒められたっけな…。

(何だろうな…初めて聴くのに懐かしい曲…。)

パフォーマンスが終わり、ポツリと呟く。
人間の私は満足そうに微笑みながら近づいていった。
今だ、こう見えて運動神経は良い方だから足元さえ見なけりゃ!

ポンポンと軽快に岩の木から駆け下り、不思議な鍵でそっと首輪の支配を外す。
大丈夫、君は私の愛しい家族なんだからねぇ。

「お褒めに預かり光栄だよ。音楽は好きかい?」
(あぁ、嫌いじゃない。いい曲だな。)

そっと人間の私がモノコーンに触れる。

「やめろよ、ウチ汚れてるんだ。」
「どこがだい?芯の強い、綺麗な心じゃないか。」

メロウはもう泣いている。コメットとえにしは両端から挟むように寄り添っていたが、どちらも涙を浮かべていた。

「逃げてきたのは正しくないかもしれない。でも今の曲を忘れたくないんだ。なぁ、幻じゃないんだろ?ウチに名前をくれるか?」

忘れたくない。
そうだねぇ、だって君は…。

「私は夕月。君は今日からホタルだ。ようこそ、新しい家族、モノコーン音楽団は大歓迎さ。」

相変わらず君達は擦り寄るのが好きだねぇ。皆まとめて泥んこじゃないか。
初めてホタルの笑顔を見た途端に、思い立ったかのようにこの木を持って帰るぞ!とガチャガチャやり始めたものだから、慌てて店長マハラジャが飛んで来た。
無事に木を手に入れた一行は、優しい香りと共に消えていく。
そして私は日記帳の前に座っていた。

「ホタル…。」

やはり想像していた出会いとは違っていた。前の飼い主から必死に逃げて、故郷の木に辿り着いたんだねぇ…。流石、芯の強い子だねぇ。

「そうだ。」

日記帳を机に仕舞い、急に思い立ってアイランドの庭に出る。散々心配をかけてしまったからねぇ、ほんのお詫びだよ。

散歩から帰ってきた12匹は、瞳をキラキラさせながらわあっと歓声を挙げる。
大きな停止岩の木。久しぶりに植え替えてみた。

優しい青い花の香り、みんな大好きな香り。
ほらほら、窓からゆっくり見られるから、まずは遊んで付いた汚れを落としておいで。

「夕、足擦り剥いてるぞ。」

ホタルが絆創膏を持ってきてくれた。
擦り剥いてる?メロウも言っていたが、私はホムだぞ?何故この子も…

「…なぁホタル、私はホムだよねぇ?」
「あぁ。そうだが、一緒に過ごしているといつの間にか見える姿が変わっていたな。他のホムとは違う、この前のお客さんみたいだ。何て言うんだ?」

ドクン、と動悸がした。
他のホムとは見た目が違う?顔色が悪い、涙がたくさん、血が出てる、擦り剥いてる…?

振り返って窓ガラスに映る自分を見ても、ホムだ。
けどこの子達には人間に見えている?

「どうした?絆創膏貼っておいたぞ。最近マジで顔色悪いからな、気を付けろよ?」

先に戻るぞーと、ホタルが部屋に入っていく。
少し強い風が吹いて、青い花の香りが辺りを包み込んでいった。

「…あぁ、酔いそうな香りだねぇ…。」

どうなってしまうんだろう。
以前も思ったが、境界線はどこにあるんだ?
そして私だけが使える日記帳、首輪を外す鍵。

__きっと、夕月様は託されたのでしょう。この世界に、ご自身とその家族達の為に__

このゲームに、意思があるとでもいうのか?


続きはこちらから。
___それではまた、お会いしましょう。


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