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転生しない移動音楽団日記⑧〜1人と12匹の出会い編〜

【Episode:7(後編)-PM23:59→アカネ】

みんな、ごめん。本当にごめん。
23時50分。ベッドに潜り込んだはいいが、自責と不安で全く寝付けずにいた。

わかっていた。あそこはゲームの世界だと。
割り切っていた筈なのに、こんなにも苦しい。
アプリなのにリアルに入り込める不思議なログインを、癒されるからいいやと放置したツケが回ってきたのだろうか?

幸せなんだ。あの子達に会えるのが、触れるのが。
無くしたくなかったんだ。

コチ、コチ、コチ。

秒針の進む音だけが聞こえる寝室。
音が低くなってきた、電波時計の電池が切れそうだな、変な音になるんだよねぇ。
何度も寝返りをうっても落ち着かない。

(これが、沼ってヤツなのかねぇ。)

急にプライベートのスマホの画面がパッと付いた。
こんな時間に、誰かが連絡して来たのか?
のそりと起き上がって画面を確認しようと手を伸ばす。

コチ、コチ、コッ…

あぁやっぱり電池が切れたか。電池のストックはあったっけねぇ?
そんな事を考えながら画面を見ると、23時59分。
リヴリーアプリの通知マーク。こんな時間に?
スライドして通知の詳細を確認する。

“マハラジャから通心メッセージが届いています。
__夕月様、ログインして下せぇ。異常事態でごぜぇやす。店長マハラジャ”

「は?何だいこれは?」

アプリの通知でマハラジャからの通心メッセージが届く事はゲームの仕様として実在しない。
異常事態でごぜぇやす、ってさぁ、この通知がもう異常事態なんだがねぇ。悪いけど、本当にそんな気分じゃないんだよ。

ログインせずにスマホを置いて、もう一度ベッドに潜り込む。時計が止まった部屋は何も聞こえず、静寂が耳を刺す様だった。

__どれくらい時間が経ったろう。
喉が渇いたから水を飲もうと、スタンドライトをぱちりと付けた。
何かの勘が働いた訳じゃない。たまたまなんだ。
スマホと電波時計を同時に見たのは。

23時59分。
時間が進んでいなかった。

慌ててリビングの電気を付ける。余計に喉が渇いて仕方が無い。焦燥感が止まらない。
私は電波時計しか買わない。どの時計も。
スマホと何度も一緒に確認した。全部の部屋を回った。腕時計もトイレと洗面所の置時計も。

「全部、止まってる?」

洗面所の鏡に映った私の顔は青ざめて、じわりと冷や汗が滲んでいた。パッと、またスマホの画面が光る。気持ちが悪い、息も荒い。
また届いたリヴリーからの通知をスライドする。

“マハラジャから通心メッセージが届いています。
__夕月様、早くログインして下せぇ。異常事態でごぜぇやす。このままだと…店長マハラジャ”

現実世界で、通心が出来るって言うのか?
指はカタカタと震えていた。リビングで一旦コップの水を一気飲みすると、メッセージをタップする。

異国情緒漂うこの音楽。
嘘だろ、ここはゲームの世界じゃない。
何でここにいるんだよ。

「いつもお世話になっております。マハラショップ店長のマハラジャです。」

白いターバンを巻いた大きな身体。
目の前に本当に現れたマハラジャに、腰を抜かしてしまった。おや大丈夫ですか?と気遣われた所で、恐怖が消える訳じゃないんだよ!

「マハラジャ、何でここに…」
「いつも突然で恐縮でございます。しかし緊急事態でごぜぇやす、夕月様、あちらをご覧に。」

指差した先は、化粧台の鏡。
ギリギリ見える私の目から上を映したそこには、マハラジャの姿はなかった。
私にしか、見えていない…?

「夕月様のボディガードは大変優秀でございますね。ワタクシ振り切るのに骨が折れました。」

腰を抜かした状態で言葉が出ない私を放ったまま続けるマハラジャが、ゴソゴソと胸元から取り出した物にいよいよ気を飛ばす所だった。

「あんた…それ…」

青い冊子に羽根ペンとインク瓶、金色の鍵。
そっとPCの横に置くと、困った顔で自分の懐中時計をずいと見せてきた。

「どうやらあちらの時が止まってしまいまして…託された夕月様なら、何とか出来るのでは無いかと馳せ参じた次第でごぜぇやす。」

23時59分。
懐中時計も同じ時間で止まっていた。

「託されたって言ったって、私は何もしちゃいないし出来るもんか!特別でも何でもないんだよ!」
「おや、ワタクシはしっかりお伝えしたではありませんか。発注数は1つだと。」

発注数?
そういえば急ごしらえで作ったと言っていたが…頼まれて慌ててアイテム化したってのかい?

「発注って、運営だろ?バグだったんだ。」
「姿は見たことはございませんが、急に運営以外からの依頼が来ましてね。お名前は、Blue Moon様と。」

__Blue Moon__
私の、アーティスト名。
アイテム化は運営の判断じゃなかったのか?

いよいよ境界線が無くなった。ゲームの世界では誰も知らないプライバシー。
アイテム化を望んだのは現実の私?
ゲームを始めてからログインしなかったのは今日が初めてだ。そうしたら日付が変わる手前で時間が止まった?

「その方から夕月様に渡すようにと。きっと夕月様とそのご家族に必要なので、製作者のワタクシと本人以外には見えないアイテムをと無茶な依頼でして。」

届けた時は研究員が近くにいて話せず、次の日に改めてと思っていたら私がおらず、時間が止まったんだとマハラジャは慌てた様に大きなジェスチャーを交えながら話した。

「ゲームの世界という事はリヴリー達は知りません。運営が全てのユーザーの交流を可視化できる中、夕月様だけが意思を持ったホムとして現れたのでごぜぇます。」

意思を持ったホム。ゲームの中にいるようにプレイ出来るのは私だけだったという事か。
私が勝手に世界観を作った妄想設定で楽しんでいた家族達との生活。
この子との出会いはこう、毛の色は名前と合わせて、性格はこうで…と、まるで現実での理想の家族を想像していた。

「なぁマハラジャ、私が意思を持って現れたってのはさ、私の世界観もゲームに影響するのかい?」
「左様で。」

ついに触れた、核心。
私がゲームと家族達に影響を与えていた。
一番知るのが怖かった、だけど知らないといけない事実。

「これはワタクシの勝手な推測なのですが。」

うむ、と迷った様に言葉を詰まらせたマハラジャに、遠慮なく言ってくれと急かす。
大体先にアイテムを出したんだからさ、何をやらせたいのかはわかってる。今更勿体ぶった所で、どうしようもないじゃないか。

「夕月様が停止の花園出身であるモノコーン種をお選びになった事と、想像…いえ、創造した世界観。アイテムが出来た事で両方が平行世界になったのではないかと思った次第でして。」

停止の花園、世界観、無理矢理なアイテム化。
思い描く想像ではなく、創り上げる創造。
現実の世界と、理想の世界。
Blue Moon名義の発注。
いよいよ妄想ここに極まれりと自分を嘲笑ったが、2つの世界が出来上がったというのか。

日記帳を使い切るまできっと終わらないんだろう。
理想の家族達との出会いを、現実の過去との因果を清算するまで。

「ログインしないなら、ここでやれって言うんだろう?責任を果たせってさぁ。」
「その様な大層な事は…ただ。」

リビングの時計の横へ移動したマハラジャは、持ち込んだ懐中時計を隣に並べて続けた。

「夕月様と大切な12匹のご家族に必要かと。」

そうか、そうだねぇ。
どんな事が起ころうと、何を抱えていようと守ると決めた家族達。
団長の前に家族だと言ってくれたあの子達に、私は応える責任があるんだ。

首に鍵を付け、羽根ペンとインク瓶の準備を始める私を、マハラジャは腕を組んで眺めていた。

「マハラジャ。これから起こる事は他言無用だ。」
「えぇ、かしこまりました。」

カチ、と鍵を開けて「書く」を選択する。
現実世界でアイテムが使えるなんて、全くこの先どうなってしまうんだか。
え、それって凄く異常事態じゃないかと気付いた私を容赦なく風がぶわりと包む。

気付くと、大きな停止岩の木を植えた自身のアイランドに立っていた。よし、今回は地面だ。
次はあの子だ。優しい出会いであっておくれ。

人間の私と、コメット、えにし、メロウ、ホタル。
いよいよ音楽団として活動する為に、あれやこれやと賑やかに準備をしている。

「ねぇー夕月、休憩しようよー!」
「そうだねぇコメット。一旦休もうかねぇ。」

やったー!と喜ぶ4匹は、何か弾いてよーと人間の私に可愛くおねだりする。私に休憩は無いのかい?と困った顔で笑いながらギターを準備する姿は、どこが活き活きとしていた。

辺りは美しい夕焼けに照らされ、風にさわりと揺れる青い花を更に香り立たせている。
優しい香りに包まれた庭はとても居心地がいい。

「…あれ?」

人間の私にくっついて座っていたホタルが、庭の先に架かった橋の向こうに何かを見つけた。
他のアイランドや街に続く境界線の橋。夕焼けを背にしたそのシルエットは、美しい螺旋を描く角が特徴的な1匹のモノコーンだった。

「お前、どうしたんだ?何で泣いてんだ?」

ホタルが人間の私を引っ張りながら近付く。あんなに飼い主を信用していなかった子がここまで懐いてくれるなんて感慨深いねぇ。

(遠くまで、歩いて来たんだよ。)
「遠くまでって、どこから来たんだい?」
(わからない。悲しい日は、そうするって決めてるんだよ。)

ポロポロと泣きっぱなしのモノコーンに、ホタルは困った様に私を見つめる。後から追い付いた3匹は何事かと驚いていた。
この子に首輪は見えない。良かった、放浪リヴリーでは無い様だ。だけどそんなに泣くなんて、この子も何か辛い思いを?

「お前、悲しいのか?だったら一曲聴いていけよ、ウチらは音楽団なんだ!」

ふふん、と自慢げに胸を張るホタルに、苦笑する人間の私達。みんなはホタルがすっかり打ち解けてくれた事が嬉しいのさ。

「そうだねぇ、どうだい?音楽は好きかい?」
(うん、新しい曲を、探してるんだよ。)
「はは、それは素敵な出会いだねぇ、ほらみんな、可愛いお客様だよ!」

待ってましたと言わんばかりに揃う4匹。
キラキラしたアルペジオとハミングから始まる、この曲は…。
日本の音大で作った、中学生向けの合唱曲。
母校に恩返しをしようと元担任の音楽教師に譜面を持って行ったら、立派になったと泣かれたっけ。

その日もこんな夕焼けだった。特待生のクセに講義をサボって飛び乗った飛行機の中で、録音した音源を五線譜に走らせた。
優しく暖かい混声3部合唱曲。
開けてもらった音楽室で弾き語りをしたら、他の生徒が集まってきて恥ずかしい思いをしたねぇ。

パフォーマンスが終わっても泣き止まないモノコーンに、人間の私が橋を渡りながら尋ねる。

「どうしたんだい?まだ悲しいのかい?」
(ううん、暖かいんだよ。綺麗な曲で、朱い夕日が涙でかすむんだよ。)

近付くと、朱色の毛が夕日に映えて美しい。
そうだよねぇ、だって君は…。

「君は泣き虫だねぇ。ふわふわの手触りと夕日みたいな色が素敵だよ。」
「ずっと夕日を待っていたんだよ。何も捨てられなくて、泣くだけの自分が嫌だったんだよ。ねぇ、名前教えて?わたしに名前を付けて欲しいんだよ。」

ポロポロと泣き続けるモノコーンに、ホタルが泣くなよーとぎこちなく涙を拭う。
夕日を待っていた。そうだよねぇ。

「私は夕月。そして君は今日からアカネだ。夕日と似たような名前だろう?ようこそ、新しい家族。」

5匹で体を寄せ合って庭に招き入れる姿に、胸が熱くなる思いだった。
何も救いが無かった訳じゃない、見返りを求めない気持ちに、優しく応えてくれた人が、思い出があったじゃないか。

無邪気に庭を転げ回る家族達を見届けると、私は日記帳の前に座っていた。
悲しい時だけ涙が流れる訳じゃない。アカネ、これからも家族達と一緒に世界を見ようねぇ。

「夕月様。」

あぁ、そうだった!ログインしていないから、ここは現実だったねぇ。マハラジャがいたから忘れていたよ。
また目の前にずい、と懐中時計を見せる。
ちょっと距離感がわからないのかねぇ、あんたは図体がデカいから近いんだよ。

「動いております。」

秒針を見ると、AM0時ちょうど。
スマホもリビングの時計も、同じ時間を指していた。
平行世界…その説は正しい様だ。私が日記帳を進める事で、ゲームの世界も動く。全くどうして、こんな事になってしまったんだ。

「マハラジャ。」
「はい、何でごぜぇますか?」

ぐっ、と、言葉に詰まる。
だけど聞かなきゃならない。きっとこいつは知っている筈だ。
Blue Moonからの依頼でアイテムを作った張本人。

「日記帳を全て書き終えたら、どうなる?」
「…それは、夕月様の世界のままに。賢い方だ、ご自分で分かっておられるのではないですか?」

日記帳の鍵を閉める手が震える。
出会いを、私の家族達の世界観を書き終えたら。
自分の過去を清算出来たのなら。

「終わるのかい?私がゲームに持ち込んだ、世界観や意思ってヤツは。」
「…左様で。」

そうか。
ずっとハッキングされた鍵フォルダが反映されていると思っていた。
アイテム化を望んだのが現実世界のBlue Moonなら、新しい鍵が欲しいと望んだのなら。
きっと、コレは私が創り出した現実逃避の形。

逃げる事が無くなれば、きっと次の扉を探す。
さようならの時が来る。

気が付くと、アイテムと共にマハラジャは消えていた。私が考え込んでいる間に、ゲームの世界に帰ったのだろう。
異常事態はまだ終わらない。少なくとも、日記帳が満足するまで。
鍵を使い終わるその時まで。

…その後は。

「やっぱり、悲しいと流れるじゃないか…」

時計は、0時30分を過ぎていた。


①移動音楽団が紹介されました。

②続きはこちらから。新章突入いたしました。
__それではまた、お会いしましょう。


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