転生しない移動音楽団日記⑦〜1人と12匹の出会い編〜
【Episode:6(前編)-現実・不思議な青い鍵】
・途中から見た目が変化したホム。
・初めから持っていたギター。
・出会った時から今の見た目のリヴリー。
・放浪リヴリーに名前を付けて迎えられる。
・託されたと言った日記帳と鍵。
・この世界が変わろうとしているかもしれない。
「疑問は…大体こんなものかねぇ?」
新しく買い替えたPCにざっと整理をする。勿論、これにもしっかり「ボディガード」が巡回中だ。
以前のPCはハッキングされた影響なのか不明だが、電源すら付かなくなってしまった。仕方なく買い替えたって訳さ。
全く、今月はイベント満載の周年だってのに…余計な出費は勘弁願いたいねぇ。
顧問弁護士はやる気満々といった様子で、刑事民事両方訴えると息巻いている。
そりゃあ大手レーベル事務所のアーティストを私怨とゴシップ目的でハッキングなんて…寄りにもよって相手が私なんだから、黙っちゃいないだろう。
仕事の話はさておき、さっき挙げた6つの謎。
何だかコレだけ見るとありふれたチートモノみたいなんだが…。
家族達との日常は、私の世界観が反映されているとして、だ。
痛ましい記憶を持たされた子や、まるで自分だけが特別枠の様な立場になっているのが気にかかる。
「そんな物、何1つ望んでいないんだよねぇ…」
私は特別なんて望まない。
望んだ所で、裏切り、嘘、利用、嫉妬。
汚い欲望剥き出しのハイエナ共が寄ってくるだけ。
なら最初から特別なんかいらない…痛い程、身を持って知ってるんだ。
救いなんかありゃしなかったんだ、腹の底では自分に無い物を持ってる奴は「こうなって当然」と僻んでる。人の不幸は蜜の味ってやつさ。
__ふと、幼少の頃を思い出す。
クソ親父がまさにその典型例だった。
片親で2人暮らし。成績はトップで当たり前、1点でも落とせばすぐ怒鳴って殴る。そのくせ外面は良くて、俺はひとり親で子どもを一生懸命育ててますアピール。
クソ親父が仕事の間に預けられていた祖父母の家で、古いピアノをオモチャにしていたら身に付いた絶対音感は、勉強に関係ないとこき下ろされた。
祖父母が通わせてくれたピアノ教室。小学生の時に初めて作った曲を破り捨てられ大泣きしたら、2階の窓から外に放り投げられた。
…高所恐怖症は絶対にこのせいだ、許さん…
難関高校に首席合格した時は金は出さないと暴れ、ピアノ教室代と塾代まで払ってくれていた祖父母に頭を下げて、入学金と授業料を借りた後の中学校の卒業式。
数々のコンクールに意地でも来なかったクソ親父はこの日、初めて私のピアノ伴奏を聴いた。
それから風当たりは更に酷くなり、幼い頃からの私への扱いに我慢の限界だった祖父母は「育て方を間違えた」と泣いていた。
…あのバカ女は中学校の同級生なんだが、今になって絡まれるとはねぇ…
ふぁ、と大きな欠伸をする。
日本のトップ音大に特待生合格した時も学歴を抜かれたなんて理由で大暴れし祖父と大喧嘩、ピアノだけが置かれた寮で練習しながら、音楽教室の講師とボイストレーニングのアルバイトで留学の費用を稼ぐ。
「お前は親の言う通りにしていればいい」が口癖の親のフリをした化け物だった。
音大卒業後に祖父母に頭を下げ、逃げるようにイギリスの音大に留学し、そこで何かが開いた。
狂ったように音楽にのめり込み、思い付いた旋律はすぐ録音して譜面に書き起こした。
無くした鍵を見つけたかのように、どんどん新しい扉を開いていくような毎日に努力が報われたような気がした。
教授には「クレバーでクレイジー」と評価され、私の練習量に付き合わされるコーチは「ダイヤの原石は休む事を知らない」と苦笑い。
同時にインディーズデビューし、アーティスト活動の楽しさにも充実感を覚える日々。
__1年飛び級をして大学3年になったある日、突然日本から祖母の訃報が届いた。
私は24歳になっていた。
慌てて一時帰国した私を最初に待っていたのは、ベロベロに酔っ払ったクソ親父。
「お前はあっちでデビューしてんだろ?金持ってんだから香典と葬儀代は全部俺に払え。親孝行しろよ?」
目の前が真っ赤になった。
脳と内臓が沸騰して我を忘れ、今にも殴りかかろうかという時。
祖父がクソ親父を拳で吹き飛ばしていた。
「ばあちゃんの目の前で恥を知れ!お前は娘を虐待していただけの人間以下だ!その上娘に金の無心だと?お前は勘当だ、二度と実家の敷居を跨ぐな!」
慌てて止めに入るが、クソ親父は酔いが回りそのままノックアウト。接客業で「片親で娘を海外の大学へ留学させた」と触れ回っていたらしいこいつの信用は地に堕ちた。
だが不思議な事に、親族でこの騒ぎを止めに入る者がいない。
クソ親父を葬儀会館から叩き出した後、親族控室で祖父の喪服を直しながらヒソヒソと耳に入ってきた言葉は、あまりにも残酷なものだった。
(ほら、娘さんは何でも出来るから妬まれるのよ。)
(爺さんも親父さんも可哀想に…出来る娘を持つと家庭崩壊でもするのかね?)
(奥さんを亡くしたばかりだってのに、孫は呑気に海外を満喫か…奥さん、心労がたたったんじゃ…)
…あぁそうかい。そういう血筋だってのか。
「聞こえてるよ、あんたらの言ってる事全部。」
はっと口を噤んだってもう遅い。私は声が聞こえてきた方向をそれぞれ指差して内容を復唱しながら、出て行けと声を上げる。
「こ…こんな席で何て野蛮なんだ、この海外かぶれが!年長者を敬うという事を知らんのか!」
「海外かぶれ?っはは、他人を妬んで歳だけ取った奴を年長者と呼べるもんか!今日は大好きな祖母の晴れ舞台だ、香典は返すからさっさと出て行けよ!」
場が静まり返ると、喪主を務める祖父が一言。
「孫を侮辱した者は縁を切る。二度と顔を見せるな、出て行きなさい。」
3組の親族が悪態を付きながら出て行く。
祖父は涙でぐしゃぐしゃになった私をポンと撫でて準備をしておいでと微笑んだ。
葬儀場には生前看護師だった祖母を慕ってくれていた沢山の参列者が集まっていた。
最後の喪主の挨拶が済むと、きりきりと音を立てて準備されたマイクとグランドピアノ。
どう考えても、葬儀場には似合わない光景。
私が驚いた顔で祖父を見ると、「ばあちゃんに聴かせてやってくれ」と肩を叩かれた。
何を弾くかなんて、打ち合わせはない。
震える足でピアノに向かうが、頭は真っ白だった。
ぎぃと椅子の高さを合わせると、喪服のポケットからチャリンと音がした。
祖母の棺に入れようと持ってきた、秘密の鍵。
小さい頃にくれたお守り。お父さんにイジメられたらこの鍵付きの缶に手紙をおくれ、守ってあげるからねぇと手を包んでくれた。
キラキラとした青い石が埋め込まれた金色の鍵。
おばあちゃん、これがあったから私はどこでも頑張ってこられたよ。
静かにピアノの音色が響く。
いつだったか、綺麗な曲だねと一緒に聴いた。
__青い鳥。
信じてくれるのなら、いつか世界中の空、旅をして大人になる。
もう一度巡り会えるまで。
途中から涙が堪えられなくて何歌ってるかわからないひどい物だった。
だけどどのコンクールより、どんなステージより、私には一番清々しかった。
演奏が終わると、拍手と涙声が一斉に起こる。
緊張の糸が切れピアノによろけて手を付くと、ポケットから青い鍵が落ちた。
まだまだ守るよ!と、明るく優しい声が聞こえた気がして、涙が止まらなかった。
まだ、持ってていいんだね?
私は自分の家族は傷付けない。どんな過去があっても、どんなに辛い境遇でも、私は守るよ。
それから私は大好きな祖母の口調を無意識に真似る様になった。
翌年卒業して帰国した私はイギリスで販売していたCDを持って大胆にも事務所に直談判。
クソ親父に知られたくないからと、鼻までヴェールで顔を隠した謎のピアノボーカルとして、とんとん拍子にメジャーデビューという何とも異色な経歴。
祖父とは連絡を取っているが、このアーティストが私であるということは秘密にしてもらっている。
__気付いたら、うたた寝していたようだ。
何だかとても懐かしい夢を見ていたねぇ…。
身体を起こし、開きっぱなしだったPCに目をやる。
そうだ、あの子達に迷惑かけない様に考えて…
「あの鍵…」
慌てて祖母の写真立ての前に走る。
もう随分と古くて、金メッキが剥がれているが…埋め込まれた青い石はまだキラキラと輝いていた。
…不思議な鍵と、同じ…?
ざわざわと足元から寒気がする。
初めて作った曲は、破り捨てられた楽譜。
もう嘘はつきたくないと祖父母に話した父の事。
炎天下の車内に数時間置き去りにされた真夏日。
院進せず日本からイギリスに逃げた22歳の春。
「私の過去に、結び付いてるってのか?」
特別なんて望まない。裏切りは何度経験したって苦しい。
それでも誰かの特別でいたくて、懲りずに利用され、嘘をつかれ、殴られ、暴言を吐かれ、裏切られ、妬まれ、騙された。
助けて欲しくても、他人は助けちゃくれない。
__どうせ、あの人は出来るから__
純粋にすごいねって言って欲しかった。
大丈夫だよって言って欲しかった。
完璧じゃなくていいって言って欲しかった。
逃げてもいいって言って欲しかった。
私の、欲が。
傷付けない、辛い思いをさせない、守るって。
家族を大切にしたいって。
そんな私欲に、あの子達は巻き込まれた?
…私が、巻き込んだってのかい?
「はは…やっぱり、全部、私のせいじゃないか…っ」
どの面下げて、あの子達に家族って言えるんだ。
妄想もここまで来たら大したもんだよ。
そっと写真立ての前に古い鍵を戻し、ふらふらとPCの前でへたり込む。
ギターはイギリスで初めて路上ライブをする為に練習した楽器。
何故初期アイテムにあったのかは分からないが、過去に起因しているのなら何かしらリンクしたのか?
日記は前の鍵フォルダ。どんな内容に書き換えられたのかは不明だが、削除された今は確かめようがない。
ホムから人間に見えているについては、もしかしたら今のアーティスト活動が影響しているのか?顔を出してもバレないから?
出会った時から今の見た目なのは、世界観に合わせてあの子達の食事を調節した事で起こっている?
その方が私の世界観により近いから…?
放浪リヴリーの解放は、自分がずっと過去から解放されたかったから?クソ親父の呪縛から逃れたい願望なのか?
世界を託された…は、全く分からない。そもそも私に征服欲の類は欠片もない。ダウンロードした時からゲームの中に入り込める事が関係あるのか?
そもそも、何故現実世界とゲームの境界線がここまで曖昧になっている?
世界観を勝手に考えて楽しんでいるのは確かだが、それは個人の妄想設定であって…現実世界の物がゲームに反映されるなんて流石に有り得ない。
__この世界が変わろうとしている__
確かめなければならないのは分かっている。
だがどうしても。
この状態で、あの子達に会えない。
どんなにスケジュールが詰まっていても、毎日必ずログインして会いに行っていた。
疲れなんて愛情があれば不思議と吹き飛ぶんだ。
あの子達の純粋な姿に、どれだけ癒やされた事か。
…それなのに。まだ恩返し出来ていないのに。
「ごめんな…団長失格だ…。」
私はこの日初めて、1分もログインしなかった。
続きはこちらから。
___それではまた、お会いしましょう。
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