転生しない移動音楽団日記⑩〜1人と12匹の世界観編〜
【Episode:9(前編)-はみ出た想いとラズベリー】
__失うくらいなら、あの世界に閉じ込めてくれ。
朝っぱらから自宅の防音室でピアノの前に座り、ただ呆然と座る私は無様で無力だった。
自分を責めるのは簡単だ。だったらその後は?
否定して、投げ出して、現実から逃げる。
勝手に創造した妄想が手に負えなくなった時、動かすべきモノは何なのだろう。
「いつもこうだねぇ、私は。」
ことりとスイッチを入れたレコーダーをピアノの上に置き、思い付くままに鍵盤を走る。何かが溢れそうになった時はいつも音に起こして記録するのが癖な私は、12匹の家族達に思いを馳せながら没頭する。
申し訳ない、離れたくない、守りたい。
耳障りの良い言葉達は容赦なく、刃物の様に心を削り取っていく。
滑稽な独り相撲。今の私にお似合いじゃないか。
壊れてしまえばいいんだ、生み出すだけ生み出して、後処理出来ない頭なんてさぁ。
「ちょっと!アンタ大丈夫なの?凄い汗!」
ガッと肩を掴まれて、ふと我に返る。
レコーダーを止めながら時計を見ると、とうに昼時を過ぎていた。
「詩織…?気が付かなかったよ。」
「メッセージ送ったじゃん!お昼テイクアウトするから一緒に食べようって。インターホンに反応ないから、合鍵使っちゃったよ!」
また籠もってんだろうとは思ったよ、と休日の詩織は強引に私をリビングに引っ張り出す。
レコーディング後に自宅まで送ってから、やっぱり私の様子がおかしいと心配してくれていた。
「どうせ昨日から何も食べてないんでしょ?アーティストは体力勝負!ほら食べよ?」
未読だったメッセージを本人の目の前でバツが悪そうに確認する。
知った事かと言わんばかりに手際良く紙袋から食事を取り出す姿をチラと見て、きっと良い奥さんになるんだろうねぇなんて思ったり。
流石幼馴染だ、好みを知り尽くされている。
「ありがとう。いただきます。」
「はいっ、いただきまーす!」
まだ温かい料理をつまみながら、くだらない会話をお互いに何となく続くのは彼女の明るさなのだと実感する。私はいつも詩織に助けられている。
「恩返し出来たら良いんだけどねぇ。いつも申し訳ないと思ってるよ。」
「あ、またそれ!アンタはいつも人の事ばっかり気にしてさ、自分に優しくないんだってばー」
大きなエビフライを頬張りながら少し怒り出す詩織。しまった…スイッチを踏み抜いた。
やばい、始まるぞ。
「いつも自分責め過ぎ!私が悪いー私のせいだーごめんねーって、小さい頃からずっと変わらないんだから!」
私に姉がいたらこんな感じなのだろうか。
段々とヒートアップしていく恒例のトークに、密かに「お説教スイッチ」と名付けている事がバレたら何倍返しになる事やら。
「とにかく!今度は何抱え込んでるワケ?急に恩返ししたいだなんて、留学から帰ってきたぶりに聞いたんだけど?」
ごちそうさまでしたと一緒に手を合わせた後、さっき淹れたコーヒーを飲みながら尋問される。
いくら詩織とはいえ、ゲームの世界で日記帳に翻弄されているだなんて言える訳が無い。
居心地悪そうに苦笑いしかしない私に、はぁと諦めた様に飲み干したマグカップをゴトンと置いた。
「珍しく連休なんだから、しっかり休みなよ?それと何かあったら連絡する事!何もなくても連絡はして!っていうか最低限見てよね?」
また連絡するからと玄関に向かう詩織に、はぁいと力無く返事をして見送る。全くもう!と笑いながらリビングを出る所で、そういえば、と振り返った顔は真剣で緊張感があった。
「お腹休めてから、さっきのレコーダー聴いてみて。全然自覚ないみたいだから。」
ひらひらと手を振って出て行く後ろ姿を、忠告を。
しっかりと聞いていたら、何か変わったのか?
ねぇ、教えてくれよ。
レコーディング後に適当な食事を摂ってから、久し振りに美味しい物を食べた気がする。
きっとあの子達もお腹を空かせているだろうか、それとも昼下がりだから公園に行っているか?
スマホを持ちながらピアノの前に座った。
アプリをタップすると、いつも通り別室に出る。
最初はあれだけ息巻いていた日記帳攻略は、今はただ心が重い。
ルールからはみ出した世界観の終わりを告げられている様な孤独感。だらだらと時間が過ぎて行く。
ぱんと両頬を叩いて、エビフライを頬張る笑顔を思い出して貼り付ける。大丈夫、まだ。
拠点を覗くと、12匹の家族達は窓辺で日向ぼっこしながらスヤスヤとお昼寝タイム。あぁ、何て愛おしいんだろう。
あまりにも純粋で眩しい。あのモフモフに今すぐダイブして混ざりたい!埋まりたい!
いや、いけない。今のうちに…。モフモフ欲は一旦後回し、起こさない様にそっと別室に移動する。
私は自分に優しくない、詩織の言う通りだ。
辛いと、苦しむと分かっていても、私はこういう生き方しか出来ない。
別れの足音が聞こえたとしても。
もう手慣れた有り得ないアイテムの使い方に半ばやけを起こしながら、カチと鍵を開けて「書く」を選択する。
カウントダウンは始まっている、次はあの子だ。
「っはは、今更何をって思うよねぇ。」
時間を刻むのは私だ。震えるな。
願いは、せめて幸せな出会いであります様に…。
目を開くと、わいわいと賑やかな春の街。
人間の私と6匹は海沿いの爽やかな風を浴びながら買い出しに来ているようだった。
レンガ造りの道の上。まるで海面の様に、鍵に埋め込まれた青い石が反射する。
もう、予感は確信なんだろう。
地上にいるという事は、きっと使う事になる。
自ら耳障りの良い言葉で切り裂いた剥き出しの果実の様な心は、静かに搾り取られてゆく。
1人と6匹になった家族達は楽しそうに、あの帽子が可愛い!このリボンがキレイ!と、音楽団の衣装を選んでいた。
「あら?あの子って…」
「若葉、どうしたんだい?何か欲しいのかい?」
ショッピング通りから一段降りた、海浜公園。
美しく咲く春の藤棚の下。潮風に揺れる赤紫の毛は砂まみれだった。
ごめんな、もう胸が張り裂けそうだよ。望んでいない、見たくないんだ。
君を縛り付ける、千切れた鎖の付いた首輪は。
誰に遠慮しているんだろう。
ベンチの陰に隠れる様に、小さく身を丸めていた。
若葉の声に促された人間の私は大きな荷物を抱えながら、コメットにみんなを頼むよと声を掛けて、そのモノコーンに近付く。
「やぁ、綺麗な海だねぇ。君は?」
(…ひゃっ!誰…?知らない…)
か細い声。虚ろな瞳で人間の私を見上げたモノコーンは、明らかに弱っていた。
お腹を空かせてるのね、大丈夫?と声をかける若葉は、さっき買ったデザートを分けてやっていた。
流石、野良の集団で慣れている。
「あたしが選んだの、あなたが食べていいのよ?」
(やっぱり、ワタシはおかしいんだね…)
唐突に、だけどハッキリと紡いだその言葉は、辛い心が叫んでいる様だった。
辞めてくれよ。そんな悲しい言葉を、何もかも諦めた目をしないでおくれ。
「何でだい?君はおかしいのかい?」
(ワタシ、ご飯は急いで食べないと叱られた…でも、もう食べたくない)
そう言って、ぐぅとなるお腹を無視してまた丸くなってしまった。
若葉は困った顔で人間の私を見やる。
…あぁ歯痒い、もどかしい。
何も知らないままそこにいる人間の私に腹が立つ。
話を聞かずに鍵を外そうか?
でもそうしたら、きっとこの子との出会いは曖昧になる。最悪、無くなってしまうかも…。
それだけは嫌だ。
おい、人間の私!動けよ!どうにかしろよ…!
よいしょと抱えた荷物をベンチに置いて藤棚の下に座った人間の私は、自分でも耳を疑うような事を言ってのけた。
「はは、君は私の小さい頃と一緒だねぇ。大丈夫、何もおかしくなんか無いんだよ。」
(ワタシと、一緒?小さい頃?)
さあっと吹き抜ける春の潮風はまだ肌寒い。
いつもお喋りな若葉も、静かに座って聞いていた。
「私のお父さんは、ご飯をくれない人だったんだよねぇ。そのくせたまに買ってきたかと思えば、早く食べろだなんて怒鳴ってさぁ、嫌になるよ。」
(傷付かなかった?怖くなかった?)
ぐいと両腕を前に伸ばして、そりゃあ傷ついたし怖かったさと笑う。
思い出したくも無い話を、何で…。
「でもさぁ、生きていれば何とかなるもんさ。食べて、恥かいて、おかしいって誰かが言ったってね。君だって生きたいだろう?」
気付くと、他の家族達も藤棚の下に集まっていた。
ちょうどそこに賑やかなサーカス団が通り掛かる。
愉快なダンスを踊りながら、色とりどりのモノコーン一家に近付いてくる。
「こりゃ丁度いいねぇ、デザートの前に一曲いかがかな?おーいピエロさん!そのアコーディオンを貸してくれないかい?」
くるくると大道芸を披露していた一行は、快く大きなアコーディオンを貸してくれた。
(なに、するの?)
「ちょいと失礼。私達はモノコーン移動音楽団、通り掛かりのサーカス団とセッションだよ!」
レトロな海沿いの街に似合う、軽やかなアコーディオンの音色。淑やかな藤の花の様に情緒豊かに奏でるこの曲は…。
高校生の頃に作った、バンドスコア。
受験勉強の息抜きに学校祭で演奏したいと集まった有志の同級生と組んだ一期一会のバンド。
音大受験に向けて勉強しているのを知っている同級生達は、誰もピアノを馬鹿にしなかった。
だけど歌える事は知らなかったから、キーボードを弾きながらステージで歌う姿を驚かれたねぇ。
行きずりのセッションに気を良くした海沿いの人達は、愉快な集団に大盛り上がり。
羽飾りや手作りのリボン、新鮮なフルーツなんかも沢山分けてくれた。
大きな拍手で彩られたサーカス団と音楽団は、お互いに感謝を伝え合って解散する。
心なしかさっきよりも優しく揺れる藤棚。
ぶるっと砂を振り払ってフラつきながらも立ち上がったモノコーンは、瞳を輝かせて音楽団を見つめていた。
(ワタシ、ずっと気付いてた。オカシイのは飼い主だって。)
「…そうだねぇ。」
(生きるよ、ワタシはオカシくないんだよね?)
「当たり前さ。君はおかしくなんかないよ。」
パクッと若葉が選んだデザートに食い付くその姿は、漣の音に誘われる様に生きる力を魅せつける。
優しく砂を払ってやる人間の私の手は、どこか震えていた。
「ワタシが間違いを背負い込まなくていいんだよね?傷付いてもいいよ、怖いけど…臆病だけど。ワタシは穴から抜け出すもん。」
カチャ、と首輪を鍵で外す。
もう歯痒いって、待つ必要はないよねぇ?
間違いを背負い込まなくていい…か。そうだよねぇ。
だって君は…。
「こっちにおいでって、背中を押してくれる?ワタシ、一緒に生きたい。名前を…付けて…。」
「そりゃ弱気にもなるよねぇ。私は夕月。そして今日から君はラズベリーだ。こっちにおいで、私達の新しい家族。」
涙を溢しながら自分から立ち上がった新しい家族を歓迎する様に、7匹のモノコーンは砂まみれ。
やれやれと笑う人間の私は、どこか哀しい様な、寂しい様な、家族達の出会いで初めて見せる表情をしていた。
もう一度大きな荷物を持ち直して、今日は花火大会だから早く帰って観ようねぇと皆を連れてレンガ通りを引き返す。
また家族が増えて喜ぶ子達とは相反して、1人の背中は潮風に攫われそうで頼りない。
私が私を見て不安なる、そんな気持ちを抱えたまま、日記帳の前に座っていた。
「ごめん、ラズベリー…。」
また傷付けた。使いたくなかった鍵。
世界観とやらが憎らしいよ、守ると言ったのに。
何でもやってやると、また旅に出ると薄っぺらい嘘まで付いて。
言葉が、無い。
私は家族の様子を再度見に行く事はなく、そっとホームボタンを押した。
自宅のピアノの前で、朝同様、私は無様で無力。
残酷に淡々と綴られていく日記帳に抗う術も無く、己の妄想に飲み込まれる。
分かってるよ、何度も言ってる。
これはただの自業自得なんだよ、被害者振るな。
誰が1番辛いと思ってるんだ。
__そういえば、詩織がレコーダーを聴いてみろって言ってたっけねぇ。
なぜ今その言葉を思い出したのか。
そっと再生ボタンを押すと、信じられない物が録音されていた。
いつもより少し強めに鍵盤を走る音色。やっぱり何かが溢れそうになった時は「こう」なんだねぇ。
我ながら相変わらず過ぎて苦笑する。
段々と激しくなっていく旋律、と、声?
『__しが…』
私の声だよな?まさか調子に乗って即興作詞でもして歌っていたら、恥ずかし…
『私が、世界を、壊した。』
ギィと防音室が開く音。
…待て。
『私のせいで家族達が消えるんだ』
名前を呼ぶ声。
…やめろ。
『私が悪い、申し訳ない、恩返し出来ない』
さっきより強く名前を呼ぶ声。
…やめろって。
『私が、代わりに消えればいい』
声が止まる。同時に激しくなるピアノの音。
あちらの世界に、鍵を閉めて閉じ込めてくれと本気で願った。
離れるくらいなら。壊れてしまうなら。
あの子達の世界に一緒に閉じ込めてくれと。
確かに、願った。
だけど。
『…お前が消えれば満足だって言えよ!日記帳!』
『ちょっと!アンタ大丈夫?凄い…』
ガシャン、と、レコーダーを止めた。
これを私が言っていた?
__詩織に、聞かれた__?
そっと、スマホを操作する。
…お腹休めてから、さっきのレコーダー聴いてみて。全然自覚ないみたいだから…
慣れ親しんだ番号にコール音が鳴る。
『もしもし?珍しいじゃん、どうし…』
「聞いたのかい?詩織。」
『え?何を?ちょっと息荒くない?本当に大丈…』
「…防音室で!私の声を聞いたのかい?」
分かってるよ、詩織に当たったって仕方が無い。
ちゃんと聞いていなかった私が悪いんだ。
もし先にレコーダーを聞いていたら。
あの寂しそうな自分の後ろ姿を見た時に薄々気付いていた。
過去の清算だけじゃない。
今の私の後悔を、自責を、「今の世界観」を、日記帳の私に背負わせているんだと。
抱えていた荷物の大きさが、今の私からはみ出た想いだと。
ゲームを開く前に聞いていたら、出会いは変わっていたのか?
私は自分に優しくない。
辛いと、苦しむと分かっていても、私はこういう生き方しか出来ない。
それでも、「出会いの私」に生き方を強いてしまったら。
出会った時のあの子達の記憶は、もっと望まない、苦しい物になるじゃないか!
『…聞いたよ、日記帳がなんとかって自分を責めてさ。昔からのクセだよ?ピアノ弾きながらじゃないと苦しいを言えないのは。』
そうだった。
どうして私はいつも「こう」なんだ?
溢れる前に話せって散々昔から言われてきた。
自覚がない、と。
苦しいを言ったその先に、希望はあるのか…
「…言ったところで、今から何か変わるのかい?」
教えてくれよ。私の世界観とやら。
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__それではまた、お会いしましょう。