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転生しない移動音楽団日記⑭〜1人と12匹の世界観編〜

【Episode:13-1番星とみなと】

Blue Moonが上層部…ゲームの運営と関係している。
アキラに送られていた私のアカウント情報。
排除したい動きと、排除させない動きが対立?
情報が飽和している。休みが終わる前に整理したい所だが、日記帳を進める事で動く世界がある。

大切な家族達の思い出。
私が知らない出会いの瞬間。

「私が知らないって、何だ?」

忘れている?
こんな記憶はない、私の世界観が作り上げた妄想を日記帳が作り上げたのだと思っていた。
詩織が言っていた。
「私が言いたかった事、言われたかった事を、リヴリーを通して私が言っている」と。

各々抱える苦しみは似ている様で違う。
特殊だと知ったリヴリーとの会話で、出会った時に感情移入して一緒にいて欲しいと願ったなら。

本当に起きた過去なら知らない筈が無い。
私の記憶だけが抜けているのか?
実際、家族達は日記帳と同じ記憶を持っている。
音楽団の原型、放浪、野良。
出会いの曲、買った衣装、VIPカード。

ゲームに登録してからずっと私を見て来たのなら。
出会いの場面も実際に見ている筈だ。
適当に取ったペンとレターセットを用意する。

「…マハラジャ。」
「夕月様、こちらに。」

すっと現れた店長は知らない筈が無いんだ。
日記帳の中身と私に起こっていた今までの出会いを話したら、答えがあるんじゃないか?

「君は私が家族を迎えた時の記憶はあるかい?」
「勿論ですとも。皆様それぞれの境遇、夕月様との出会いは、全て音楽で繋がっておりましたね。」

やっぱり、覚えている。
私だけが知らない…いや、抜け落ちているんだ。

「この世界がどんな所か、知っているよねぇ?」
「はい。アイテムを持って世界の外へ飛び出した時に、理解いたしやした。」

異常検知システムが作動した時、私の部屋に来たマハラジャは無我夢中でアイテムを持って飛び出したは良いものの、私の居場所が分からない。

時間が止まり誰も動かない世界で、システム作動の原因を探ろうとショップの製作所に戻った時に、不思議な事が起きたと言う。

「急に、足元に青い満月の様な穴が空いて落ちたのです。ワタクシは夕月様のアイテムを持っておりましたので、時間の干渉を受けなかったのでしょう。とにかくアイテムと異常事態を夕月様にお知らせしなければと必死で青い光を追ったのです。」

それで現実世界に出て来て、鏡に映らない自分を見てゲームだと気が付いたのか。
流石にアキラに話せないよねぇ。

ん?時系列がおかしいぞ?
マハラジャは確かに「ログインしろ」と2回もメッセージを送って来ていた。
私の所に現れる前だ。

「マハラジャ、私にログインする様に通心メッセージを送ってきたよねぇ?」
「通心メッセージですかい?ワタクシは何も…。」

はっと、私達は顔を見合わせる。

「…Blue Moonの仕業なのか?」

足元に現れた青い満月。導く様に進む青い光。
アキラの部屋で話した、Blue Moonは上層部と対立しているという仮説。
いよいよ信憑性が増してきたねぇ。

「日記帳の中身は知っているかい?」
「存じ上げません。ワタクシはアイテムを目視出来るだけでして。」
「ここには私と家族達の出会いが1匹ずつ書き足されていくんだ。」
「おや、ワタクシはてっきり夕月様の世界観が書かれているものだと。何しろ書くモードの際は譜面を書いている様に見えますので。」

世界観、と言えば聞こえは良い。
だけど望んだ境遇では無い子もいるんだ、実際の記憶として私以外には存在する。

「無いんだよ、ここに書かれる出会いの記憶が。」
「ご家族との出会いの記憶が無いのですか?」
「あぁ。この子はこういう性格でとか、こんな出会いだったら素敵だなと妄想していただけさ。」

この子は努力家、少し弱気、穏やか、とかね。
ほんの少し性格の脳内設定をしていたくらいさ。

「夕月様の考えた、素敵な出会いというのは?」
「あの子達が私を選んでくれる事。素敵だろう?」

最初にコメットを選んだ時。
懐かしいねぇ。あれは…。
初めてリヴリーに選ばれた私は、お礼に素敵な名前を付けようと想像していたんだ。

「私の時間が止まっているんだろう。日記帳はバグアイテムだった時から、私の記憶を取り戻そうとしていたんだねぇ。」

あれ?バグアイテム?
どうして旅先の商人から貰った記憶があるんだ?
履歴にもあった。404のエラーメッセージで相手は確認出来なかったが、確かに貰った。

抜け落ちた記憶。残っていた記録。
エラーメッセージで隠された事実。

「…っはは、そういう事かい。やってくれたねぇ。」

排除しようとする動きと、守ろうとする動き。
暗躍する時は、もっと慎重にならないと。こうやって綻びが見えて繋がってしまうんだ。

「夕月様?」
「日記帳は最初はバグアイテムなんかじゃ無かったんだよ。貰った履歴も残っていたんだ。」
「なら何故最初から不思議な事が?」
「上層部サマさ。履歴をエラーメッセージで隠したまでは良かったのに、肝心の記憶の書き換えを忘れたんだよ。不正アイテムを使っている規約違反で、排除したかったんだろう。」

記憶の操作?と首を傾げるマハラジャ。
無理もないさ。体験した本人にしか分からない。

「上層部は私を排除したくて、家族達との出会いの記憶を削除したんだ。日記帳を貰った記憶を削除するのを忘れてね。」
「そこにハッキングの隙を作ったと?」
「あぁ。食らった日記帳はバグを起こして、削除した私の記憶を見せたんだ。削除データのゴミ箱代わりにでもしてたのか?情報漏洩だよ。」

ざわざわと怒りが込み上げる。
ハッキングしたのは誰だった?最初から上層部…運営が仕向けた事なら、あの女は駒として使われた事になる。運営に私の正体を知っている人間がいる。
現実世界で、私に悪意を持っている奴に依頼したんだ。境界線が無いのはどっちなんだろうねぇ?

「そこでワタクシにアイテム化の依頼が?」
「Blue Moonが私を排除させない様に動いているのなら、混乱させない様に日記帳の動作を変えなかったんだろう。」

インストールする数ヶ月前から届いていた手紙。
記憶を取り戻させようと動く日記帳。
上層部も逆らえない特別待遇のBlue Moonは一体何者なんだ?インストールする事を分かっていた?

「依頼主のBlue Moon様は、夕月様を両方の世界で守ろうとされているのですね。ご存知ない方なのですよね?お心当たりもございませんか?」
「分かった、話すよ。Blue Moonって名前は、現実世界での私のアーティスト名なんだ。だけどゲームに干渉しているBlue Moonに心当たりはないねぇ。」

顔も出さない覆面アーティストの正体を知っているのは事務所関係者のみだ。ましてやホムと目視されるこの世界では、顔も分かるはずが…。

「いや、おかしいねぇ?」

私の素顔、Blue Moonである事、ゲームのユーザーだと知っている。
私の正体を知っている人間が、運営と対立?
全てから私を守ろうとする人間が戦っている?
どうやってこのゲームと出会った?思い出せない。
きっとそれが鍵の筈だ。

__全て上層部の掌かもしれない__

自分の言葉が自分に返ってきた。
分かってやってるんだ。アキラにも研究員にも、私の存在を認知させる為に写真付きのデータを送り付けた。人間と目視出来る操作をして。

「マハラジャ。これをドクターアキラに届けてくれないか?私の考察を走り書きでまとめた物だ。ゲームの世界だという事は伏せてあるよ。」
「かしこまりました。読み終わったら消える様に加工してからお届けいたしましょう。」

ついでにインク瓶の補充を頼むと、かしこまりましたと笑う大きな優しい魔人。
ではワタクシはこれにて。と言いながら消える。
そんな加工まで出来るなんて、あいつは一体何者なんだろうか。

時刻は16時。
家族達が戻るまでまだ時間はある。
最近は日が長いからねぇ、19時位まで戻らない。

「記憶を取り戻す旅か。」

私の世界観が運営に抗っているのなら、出会いの記憶を取り戻すのが最優先だ。
その間に「ボディガード」達が動いてくれる。
もしかしたらBlue Moonも、動くかもしれない。

机に向かい、カチ、と開いて「書く」を選択する。
何度も浴びた強い風。残りの記憶は少ない。
次はあの子だ。
幸せな出会いを、過去を、願わずにはいられない。

ふと目を開けると、大きな湖のほとりに出た。
人間の私と9匹は何やら怯えた様子で、身を寄せ合って恐る恐る歩いている。
荷物は、軽食を入れたバスケットとギター。
今回はやけに地上に近い場所に浮いているな。近ければ良いってもんじゃない、浮かすな!

どうやら興味本位で心霊スポットに来たは良いものの、揃いも揃って苦手の様だ。
誰だよーこんなとこ行こうって言ったのは!と震える声で文句を言ったホタルが、全員から冷たい視線を向けられている。
あ、君なのね。

少し進むと、ボート乗り場に出た。古びた木の足場にロープで結び付けられた小さなボートが、ぎぃと波に揺られて軋む。ひゃあと声を上げたメロウに、うるさいわね!と震えながら若葉が叫ぶ。

「きっと何も出ないさ。軽食も持って来ているし、ベンチでもあったら休憩だねぇ。」

一番動じていないのが人間の私。流石図太い現実主義精神、オバケは信じないよねぇ。

「あ、夕月はん…あそこ…。」

完全にえにしの陰に隠れていた桃が、角でボート乗り場を指す。そこにはぼんやりした顔で湖の遠くを眺める、1匹のモノコーン。
柔らかい耳の巻き毛が特徴的な、淡い水色の毛。

出たァァ!と叫ぶホタルと若葉。
完全に固まるえにしとスピカ。
震えが止まらないメロウとアカネ。
焦点が曖昧なコメットとラズベリー。
本当に性格が出るねぇと笑う人間の私。

何だこのカオスは。勇気を出して近付く桃を見習ったらどうなんだい?
面倒見の良い努力家の桃は、怖いのを我慢してゆっくり声をかけている。

「貴方、ひとりなん?何してはるん?」
(旅立った仲間を見送っているんだ。)

自分は船は苦手だから、と照れ臭そうに笑う。
誰も訪れなくなったこの湖は絶好の隠れ家らしい。

(みんな旅立って行ったんだよ、自分以外。この船に乗って、どこまで行ったのかなぁ?)

意味深な言葉に明らかに顔を引き攣らせた桃が、人間の私に視線を送る。流石に仲間が欲しくなった様だ。
やれやれと近寄る人間の私は、桃の隣にぴったり寄り添ってモノコーンに視線を合わせる。

「旅立ったって、他の子は誰かにお迎えされていったのかい?」
(お迎えじゃないよ。食べ物がなくて弱りきった仲間達を自分が船に乗せて、研究員へ送り出すんだ。)

反対岸は街があるからね、と俯くモノコーン。
自分はどんなに弱っても船に乗れないから、どうしようか考えているんだと淋しげに呟く。

「はは、悟った様な事を言うじゃないか。」
(そうかもね。自分はもう長くないんだ。)

え、と固まる桃と人間の私。

(どれだけの間、食事していないかな。最近凄く胸の辺りが痛むから、自分は病気なんだ、もうここまでなんだって思っているんだ。)

ゆっくりとボート乗り場に伏せたモノコーンは、力無く話す。何だ?病気なのか?
辞めてくれよ。君は私達と家族になる未来が待っているんだ。どうやったら治せるんだ?
鍵は首輪を外す為のアイテムだ。この子に首輪は見えない。
私は何も出来ないのか?

「君は、何かやりたい事は無いのかい?」
(…やりたい事?そうだなぁ、旅立った仲間に、歌を届けてみたかった。でも歌は知らないから…。)
「素敵だねぇ。君の代わりに歌おうか。」

桃にバスケットを持って来てくれるかい?と頼んだ人間の私は、軋む足場の上でギターを準備する。
テクテクとバスケットを運んできた桃は、手際良く食べやすそうなフルーツやデザートを差し出した。

「少しでも食べるんや。折れたらあかんよ。」

こく、と頷いたモノコーンは、デザートを舐め始めた。桃はずっと声をかけている。

「さぁ、食事のお供に一曲いかがかな?仲間達の旅立ちを祝う歌。私達は音楽団なんだ。」

少し陽気に、静かに響くコード。
即興でバラード調にしてあるが、この曲は…。

中学生の時に頼まれて半ば強引に連れて行かれた、親友の妹が通う幼稚園。
自分の名前が好きになれないと落ち込んでいる妹に何か弾いて欲しいと頼まれた、今でも多様なアレンジで愛される曲。

__Stand By Me__

先生に許可を貰ってピアノで英語の弾き語りしたその曲は何故か園児達に大人気で、親友の妹にも弾けそうな笑顔が戻っていたねぇ。
本当に中学生なの?とセーラー服姿の私におかしな質問をしては、先生同士で笑っていたっけ。

__Whenever you’re in trouble, won’t you stand by me?
Oh, stand by me.
Whoa, just stand now.
Oh, stand, stand by me.

__君が困った時は一緒にいないかい?
一緒にいよう。
いつでも一緒にいよう。

湖に響くギターと伸びやかな歌声。
モノコーンを見ながらニヤリと笑った人間の私は、軽快に演奏を終えるとそっと話しかける。

「誰だって1人は苦しいさ。君は仲間を見送って、幸せを託してここに残ったんだろう?」
(自分は弱っていく仲間を見ていられなくて、迎えられるか保護されて欲しいと…。)

ふふ、と笑って隣に座ると、繋がれたボートを軽く押しやる。

「胸が痛むのはね、みんなが持っている病気さ。1人になるとキュッと痛くなる、孤独っていうんだ。寂しいと良くない事を想像してしまうんだねぇ。」

気が付くと軽食を食べ終えたモノコーンは、桃に促されて人間の私におずおずと近付く。流石だ、送り出し方を良く知っている。

(自分はここで終わりじゃないの?騒ぐみんなを見て、こんな風になりたいって思ったんだ。)
「そりゃ嬉しいねぇ!オバケじゃなくて、君と出会う為に来たのかな?いつでも一緒にいないかい?歌だっていつでも教えるし、一緒に歌うさ。」

こんな風になりたい、か。そうだよねぇ。
だって君は…。

人間の私がそっと手を差し出した時、微妙な高さで浮いていた私の鍵が、ふわりと浮かび上がり空に向かって青くきらりと光った。
おや?1番星かねぇと笑う人間の私。

__光が、見えている?

空に青く輝く光を見つめながら、モノコーンがふわりと手に触れる。桃は満足気に微笑んでいた。

「勇気を、出してみたんだ。自分は本当は海が見たい。歌を覚えて、歌ってみたい。一緒にいてくれる?自分に、名前をくれる?」
「私の名前は夕月。君の名前は、みなとだ。淡い水色に似合う海の名前。ようこそ、私達の新しい家族。」

いつの間にか集まっていた家族達は、肝試しの怖さも忘れて大歓迎。10匹でもみくちゃになって、一緒にいようね!なんて大はしゃぎ。
微笑ましく眺めながらバスケットを片付ける人間の私は、青い光を振り返って呟く。

「1番星にしては綺麗な青だったねぇ。おばあちゃんの秘密の鍵みたいだ。案外いたりしてねぇ?」

向かい合った形の、人間の私と見えない私。
一瞬、話し掛けられたのか?と緊張が走ったが、清々しい顔で青い光を掴む様に伸ばされた手は私の身体をスッと通り抜けた。

さぁ、みんな帰ったらお風呂だよ。全員草まみれじゃないか、と賑やかに消えて行く1人と10匹を見送ると、私は日記帳の前に座っていた。

初めての出来事。
私本体は見えなくても、鍵の光が見えていた?
首輪を外す時以外、日記帳の中では私は干渉しない筈だ。鍵を使う時以外は…。

「鍵を、使ったのか?」

不思議な鍵には、首輪を外す以外にも役割がある?
アイテムの説明には無かったが、Blue Moonからの発注だ。何か隠し要素があってもおかしくないんだ。

日記帳も一緒だ。勝手に創り上げた世界観を反映するものだと思っていたら、消された記憶を取り戻す為のアイテムだった。
そっと鍵を閉め、机に仕舞う。

私と家族達を繫ぐ記憶。
全てを思い出したら、書き終えたら、終わる?
そんな事はさせない。繋いだ物を手放すなんて、絆を無かった事にするなんて…。

「…有り得るんだ。意思に関係なく。」

大切な出会いの記憶を消した様に、容易く繋いだ糸をぷつんと切ってくる。
何度繋いだとしても抗えない物がある。

もう2度と忘れたくない。失いたくない。
家族達とまた会う為の大事な事なんだ、2度と…。

「ゆうさん?どうしたの?」

ドアの隙間から、みなとが心配そうに覗いていた。
相変わらず恥ずかしがり屋のみなとは、ゆっくりと近付いて遠慮気味に肩に擦り寄る。
愛おしい。手放したくない。
抱き寄せる様に巻き毛の辺りを撫でると、ふふっと照れ臭そうに甘えてきた。

「旅の準備をしているんだ。忘れないようにね。」

もう忘れない様に、減ったインクの量だけ取り戻した記憶達。奪われるのはもう沢山だと言った筈だ。
どんな手を使って来ようと、PCに記録し直してある日記帳の内容は消せない。

ゼロからやり直した1人旅の行き着く先は?
そんな物は私が決める。
私の世界観は、誰にも邪魔させない。

両手に有り余る幸せと愛しさを武器に抗うよ。
1番星の様に輝く光と、掴み始めた未来を。

知ってたか?夜の闇は青い月の独壇場なんだ。
飲み込めやしないんだよ、星も、月も、何1つ。


続きはこちらから。
_それではまた、お会いしましょう。

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