転生しない移動音楽団日記⑪〜1人と12匹の世界観編〜
【Episode:10(後編)-真面目な夜とスピカ】
連休初日の夕飯時はとうに過ぎていた。
止まったはずの電波時計は何ら問題なく動いてる。過ぎてしまえば問題ない。
どうして人間の電池は取り替えられないんだろう?
古くなったり傷んだ物は交換できたらいいのに。
先程の電話で、大泣きしてしまった。
無意識に言った「助けて」を聞き逃さなかった近所に住む彼女は、「すぐに行くから待ってて」と一方的に通話を終了。もうすぐ着くだろう。
「防音室にいる」のメッセージに1分もかからず返信が来た時の、安心感と不安が入り混じった複雑な気持ちに整理がつかない。
「待った?ごめんね、どうしちゃったの?」
合鍵を使って慌てて駆け付けてくれた詩織は私を見て言葉を詰まらせていた。
目を真っ赤に腫らして床に座り込んだ状態での歓迎になってすまないと思っているよ。
お茶でも淹れようかと立ち上がろうとする私を制し、買って来てくれた常温のミネラルウォーターを差し出して隣に座る。
「今回は話してくれるよね、何を抱えてるの?」
「悪かったよ、何でもないんだ。」
「聞き方変えよっかな。何を助けて欲しい?」
何を助けて欲しい?
自業自得の権化である日記帳に、私の心はずっと掻き乱されている。癒しだった12匹とのリヴリーライフが今はどうだ?
最初はハッキングで書き換えられた鍵フォルダをバグアイテムが反映しているのだと思ったが、日記帳の鍵を開く度に進む想像に無い出会い。
何故か私名義の要望でアイテム化されたソレは、ログインしなければ時間が停まる平行世界まで生み出してしまった。
強欲に世界観を丸呑みし、可愛い家族達の過去は自身の記憶の清算に利用される。
そして新たに分かった事。
平行世界になった事で日記帳に出てくる人間の私に、今現在の私の心が反映されている。責める矛先は、己の大層な世界観。
私が弱いから誰も守れない。すぐに折れて嘘を付く。悔しいよ。不満ばかりを垂れ流す、周囲に迷惑をかけるだけの存在だったなんて。
「何だか良く分からないけど…そんな素直に話してくれる子だったっけ?言えるもんかって言ってたクセにー!」
「ん?私は何も話してなんか…」
「心の声ダダ漏れだよ?全部口に出てた。」
さあっと血の気が引いた。レコーダーに続き、思った事がそのまま口から出るなんて…いよいよ縫い付けてやろうか?
ペットボトルの水をぐいと3分の1程流し込む。
詩織は隣に座ったままポツリと呟いた。
「リヴリーアイランドは私もやってるけどさ、この前のセキュリティエラーでハッキングだっけ?」
本当に話してしまっていたのか。
仕方ない、話せる範囲で正直に話そう。
「…あぁ。法務部が今動いている、あいつの取り巻きのハッキングでデータにバグアイテムを送り付けられてねぇ、それが正式アイテムになったんだ。」
「それが、アンタの言ってた日記帳?」
言葉にできず、静かに頷く。
「出会いってさ、リヴリーを迎える事だよね?何で人間のアンタが出てくるとか、平行世界とか、時間が停まる?って…何がどうなってるの?」
「そんなの私が知りたいさ。だけど。」
待ってて、と床に放り投げたPCを拾い、フォルダを開いて詩織に見せる。
私が日記帳で見た家族との出会いだけを1匹ずつ、日付ごとに箇条書きで簡単にまとめた物だった。
「これ、作詞の時にアンタが良くやる背景のまとめとは雰囲気が違うね。」
「PCに後からまとめたのは私だが、日記帳が私の世界観を元に作った出会いの場面さ。信じられないとは思うけどねぇ。」
コメット、えにし、メロウ、ホタル、アカネ、若葉、ラズベリー。
これまで7匹の出会いを見てきた。
ハッキングされたと知ったのはメロウとの出会いを見た時で、あの女が来たのと日記帳を見つけたのはその2日前だ。
人間の私が登場する事と、既にプラステリン種で現在の毛の色だったこと以外は最初の2匹に辛い過去の描写は無かった。
うーんと考え込んだ詩織に何で人間のアンタが出てるのかと聞かれたが、流石に現実にいながらゲームの中に入り込めるとは言えなかった。
バグのせいだろうと曖昧に答える。
「これさ、アンタのネガティブがそのまま出てるのって偶然なの?」
「どう見たって妄想で作った世界観と己の弱さの反映だろ?自業自得で…」
本当に自覚ないんだから!と、画面に目を向けたまま詩織が続ける。
「それぞれの日付!ハッキングは別としても、アンタが暗くなった時と一緒なの!」
「あぁ、今の自分の生き方が反映されている事には今日気が付いてねぇ。」
だからそうじゃなくて!と大きな声を出す詩織にキョトンとしながら、彼女の言葉を待つ。
「最初から!アンタがリアルに抱えてる気持ちに対して言われたかった言葉をアンタ自身が言ったり言われたりしてるの!リヴリーを通して!」
息継ぎもロクにせず続ける姿は、どこか悔しい様な苛立ちにも見えた。確かにそれは世界観が反映されている事に気付いたキッカケだった。鋭いねぇ。
「このリヴリー達はアンタの心!言わずに溜め込んで、弱さじゃなくて…何て言うかなぁ、行き過ぎた優しさと、全部自分のせいって自分を傷付ける自覚のない過度な自責!」
ごめん、この際だからハッキリ言わせてもらうね、と深呼吸をして私の正面に座り直した。
「ネガティブ通り越して強過ぎる自責が痛々しいよ!何で全部自分が悪い、申し訳ないって思うの?自業自得って何?不思議な事は分からないけど!」
__そんな、そんな物なんか…。
私が全部ぶっ飛ばしてやるんだから!
乾いた音から少し遅れて、左頬に、痛み。
小さい頃から一緒にいた幼馴染から、初めて平手打ちを食らった。
「これ以上、過剰に自分を責めないでよ。何も悪くないのに、全部自分のせいにしないでよ…もう自立してるじゃん。世界観だって誰も否定しないよ。自分しか否定してないんだよ?」
ぎゅっと私の両手を握る彼女の手は、ぶるぶると震えていた。頬よりも、目の前の強くも繊細な味方に心を痛める。
自分しか否定していない。
その言葉は今まで苦し紛れに立てた仮説なんかよりも、一番力強く私の心を突いた。
平行世界になった事で、「今の私」の世界観が反映されるのなら。言ったら何か変わるのかと弱音を吐いたのはナシだ。
「…詩織、今まですまなかったねぇ。」
そっと手を握り返して微笑む。今度は貼り付けた嘘の笑顔じゃない。詩織だって大切な家族なんだ。
傷付けて良い理由なんかないよねぇ?
「本当に全部自分が悪いと思っていたんだ。誰も傷付けないと決めていたけど、その中に自分はいなかった。私は私に優しくないから。」
手を取ったまますっと立ち上がると、真っすぐ目を見て、ありがとう、とお礼を言う。大粒の涙を溢しながら、がばっと勢い良く飛びついて来た。
「私がいるんだからね!またネガティブ沼にハマってたら、今度はビンタじゃ済まさないよ!」
はは、冗談になってないねぇ。本当に次は飛び蹴りでもされそうだよ…想像したら恐ろしかった。
それも詩織が家族だから思える事。ありがとう。
「さて、と。」
泣き止んだ幼馴染が帰ったのはついさっき。すっかり22時を過ぎている。
自覚の無い過度な自責と自己否定。
きっと気付かないうちに擦り込んでしまった癖。
付き合いが長く勘の鋭い彼女の事だ、今日話した事が全てとは思っていないだろうねぇ…。
起こってしまった事に自分を責めても進まない。
進めなければならない。望んでいない形でも、世界観のストーリーテラーになった今は書き上げなければならない。
癖は簡単に治らないだろう。責める事でほんの少し罪滅ぼしでもしていたつもりか?
自分が言われたかった言葉で家族達が笑顔になったのなら、その場にいる人間の私が暗ければどう思うだろう?
__顔色悪いぞ?
__最近変だよ!隠し事してる!
__ゆっくり休んでもらおうと思ったのよ。
__きっと1人で抱えているから…
なぜ気付かなかったんだろう。
ずっと不安にさせていたじゃないか。
独り言で謝って逃げるのが正しい事だったのか?
そんなの、聞くまでもないよねぇ。
本日2度目のログイン。
家族達に必要なのは、誤魔化しの嘘でも作り笑顔でもない。団長の前に家族だと思ってくれている可愛い12匹に、私が心から愛し、笑う事。
いつも通り別室からスタートした私が、この世界でやるべき事。まず1つ目をやろう。
日記帳、君との出会いはどうであれ、恨むのはもう辞めるよ。それは私自身への全否定だった。
家族を愛する、生み出した曲を愛する、人を愛する、世界観を愛する。
「出会いを、愛するよ。」
カチ、と鍵を開く、そして風。
次はあの子だ。
どんなに辛い過去があっても、どんな形でもいい。
私の所に来てくれたんだからねぇ。
ふと目を開けると、7匹と人間の私は長い階段の先にある大きな鳥居の手前、奥に開ける星空を眺めていた。どうやら流星群を観に来ている様だ。
鳥居の上に座らされているのは、きっと鍵を使わなくていい証。
震えているのは、高所恐怖症の証だよ!
人間の私はまだ冷える夜空の下で地べたに座りながら、モフモフ家族に取り囲まれていた。
暖かいねぇ、何て笑っているが…後で私もやるから別に嫉妬なんかしてない。
満点の星空を眺める大家族の姿は幸せそうで、先程とは打って変わって人間の私は全員のおやつを入れた小さなリュックとギターだけを持っていた。
今の私が背負わせている物が反映されるのなら、日記の私の荷物が変わる。その説は正しい様だ。
「ゆっちゃん。」
「ラズベリー?どうしたんだい?」
あそこ、と小さい声で促した先には、星明かりに映える黄色い毛並みが美しいモノコーン。
テクテクと階段を登り切り、鳥居の近くに向かっている様だった。
「おや、君も流星群を観に来たのかい?」
(はぁ、やっと登り切りました…)
疲れた様子でへたり込んだモノコーンを見て、大丈夫?おやつ食べる?と心配するラズベリー。
少し弱気だけど一生懸命話しかけていた。
ではご厚意に甘えて、と分けられたおやつを口にすると、何やらこの大家族が珍しいのかまじまじと人間の私達を眺める。
「ふふ、一緒に見るかい?」
(おかしいです。甘い物を食べただけなのに…何故こんなに泣きそうなんでしょうか。)
うるうると瞳を滲ませるその子の前で、どうしよう、とおろおろするラズベリーを眺める家族達は暖かく笑っていた。
「もしかして、君は野良の子かい?」
(はい、私だけで暮らしています。)
階段の下にある、坂道の急な街に1匹で暮らすその子は、転がって来た木の実やご飯を拾って空き家の屋根裏に秘密基地を持っていると語る。
(屋根裏の窓よりも高い所で星が見たくて、階段の上まで来る途中に歌が聴こえて…貴方達ですか?)
「耳の良い子だねぇ。音楽は好きかい?」
こくりと頷きながら、涙を溜めたまま下を向いてしまった。ラズベリーはずっと寄り添ったままだ。
(好きですが、私は野良なので屋根裏から隠れて街の音楽を盗み聴きするだけです。ときめくのに、切ないです。)
「だったら運命かもねぇ、丁度ここにはギターとモノコーン移動音楽団がいるのさ。一曲いかがかな?君だけの特別な演奏会だよ!」
人間の私を中心に、家族達が周りを円形になってくるくると踊る。優しい高音のアコギソロから始まるこの曲は…。
イギリスで路上ライブをやる為に作った、インストゥルメンタル…アコギ1本だけのインスト曲。
ライトアップされた夜の道でキラキラとしたアルペジオとメロディラインだけのスローテンポな曲を披露すると、偶然プロポーズシーンに出くわした。
演出と勘違いされて女性に感動したと泣かれて、初対面の男性と一生懸命に話を合わせたっけ。
パフォーマンスが終わると、今度は涙ではなく、満天の星空を瞳に輝かせながら音楽団を見つめる。
(素敵でした。甘い物を貰ったうえにこんな幸せなパフォーマンスを見られるなんて!)
「光栄だよ。君は穏やかな心の持ち主だねぇ。私達は音楽で色んな街を移動するんだ。君も来るかい?音楽好きは大歓迎さ。」
急に1等星から6等星になったように陰る瞳。
落ち込んだ様に溜め息を付いて、小さく呟く。
(私は屋根裏に隠れる野良です。こんな素敵なみなさんに混じってしまったら、その…壊して、しまわないでしょうか…。)
すっと屈んだ人間の私は、切なそうに微笑みながらゆっくりと手を差し出した。
「大丈夫さ、壊れない様に持てばいいんだ。持てる分だけでいい、無理は禁物だよねぇ。」
さらりと輝く星の様な毛並みを優しく撫でてやると、またキラキラとした瞳ではにかんでいる。
離れた位置から若葉が「あたしも元野良だよー!」なんて茶化すから、空気が和んでいく。
「そうですね、逃げずに貴方達としっかり向き合います。途切れ途切れでも、幸せはあるのですね。私、もっと願ってもいいですか…?私に名前を付けてください。」
途切れ途切れでも、幸せ…か。そうだよねぇ。
だって君は…。
「本当に穏やかで謙虚な子だねぇ。私は夕月。そして君はスピカだ。優しく光る星の色。ようこそ、私達の新しい家族。」
わいわいと賑やかな8匹は、また人間の私を取り囲んで流星群鑑賞。甘いおやつを食べながら、願いを込める流れ星を探す。どうか家族達がみんな幸せであります様に、と。
暖かな出会いを見届けると、私は日記帳の前に座っていた。
持てる分だけでいい、無理は禁物、か。
私が欲しかった言葉を家族の出会いを通して過去を清算…いや、振り返っていく。
利用なんかじゃない。
悲しみも、苦しさも、間違いも全部、自分が認められる様に。そしてその結果が暖かい物であれば、出会えた家族も自分も幸せなんだ。
キィ、とドアが開く音。
目をやると、ラズベリーとスピカが、もじもじしながら覗いていた。思わず笑みがこぼれる。
「ゆっちゃん、眠れないの?」
「夕月さん、最近忙しそうだから心配で…」
可愛い私の家族達。ありがとうねぇ、と言いながら両手を広げると、甘えながら擦り寄ってくる。
ふわふわの毛の大きな身体。優しい青い花の香り。
いつか話さなければならない。嘘はつけない。
時間と日記帳は確実に進んでいるのだから。
私だけ、取り残されてはいられないんだ。
この世界でやるべき事。2つ目は…来たる時に。
だから今だけは、強がらせておくれ。
「大好きだよ、私の可愛い家族達。優しい子達。」
涙は流れ星に乗せて、夜空の濃紺色に隠して進む。
小さな青い月が満ちるまで。
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__それではまた、お会いしましょう。