転生しない移動音楽団日記④〜1人と12匹の出会い編〜
【Episode:3-千切れた鎖とメロウ】
はは…スカイダイビングどころか、一睡もせず考え込んでしまったよ。私はもう女子と言える年齢枠にはいないと自称しているんだがねぇ。
同年代で外見内面共に美しさを保っている人を見ると、男女問わず心の中で拍手喝采したくなる。尊敬に値するよ。
ログインしたはいいものの12匹の可愛い子達には申し訳ないが、今日は作業が詰まっているから別室に籠もると伝えた。
みんな寂しがっていた。だけどこれだけは譲れないんだ…ほら、心配はいらないから遊んでおいで。
しばらく音楽団の練習はお休みさ、団長に任せて好きに過ごすといい。
「さて…やってやろうじゃないか」
徹夜で悩み抜いた私の仮説。
もしこれが立証出来たなら、この謎解きは終いだ。楽しいリヴリーライフが待っている。
反面、立証「できてしまった」としたら…いや、余計な事を考えるのはナシだ。
ひとまず、仮説をまとめよう。
私はこのゲームにコンセプト付けをしてプレイしようと決めている。主に3つだ。
・リヴリーの名前と世界観を自分の好きなアーティストと関連付けている
・迎える時に出会いのストーリーを考えている
・強い愛情を持って家族の様に思っている
リヴリーを迎える際は、1匹目は全部の基本のネオベルミン種から好きな子を選択できるが、2匹目からはモノコーンは選択できない仕様になっている。メインキャラのリヴリー4種程から選び、木の実から作る「変身薬」を使ってモノコーンに変身させるという手順だ。
モノコーン、基本のネオベルミン種の他、亜種のプラステリン種が3種。デフォルトの色はグレーのグラデーションが混じったほぼ白に近い色で、与える食事によって理想の色に育てていく…というほのぼの育成ゲーム。
「最初から、腑に落ちなかったねぇ…」
ゲームでコメットを迎えた時は、チュートリアル通り白っぽいネオベルミン種だった。だがあの日記帳はどうだ?最初からプラステリン種で現在の空色の毛をしていた。
えにしもそうだ。つい最近リリースされたプラステリン種の姿で、藤色の毛だった。これはゲームの設定上、有り得ないんだよねぇ。
つまり、だ。
日記帳が見せる出会いの場面は、全て私のコンセプトがあたかも現実だったかの様に見せているのではないか?
そして、あの「耳で聞く声と頭に流れる声」だ。
ホムとリヴリーは「通心」という設定をオンにすると背中に乗ったり等のアクションを起こすことができる。
私に触れたら「迎えた」ので耳で聞こえる。
触れる前は「迎えていない」ので耳で聞こえない。
以上が論理立てた仮説だ。
仮説を立証するには、日記帳を使わなければならない。だがゲーム上にそんな設定のアイテムはない。
そして何故人間の姿をしているのか、この2つだけはどうやっても理解できなかった。
「…頼むから、もう空中は勘弁してくれよ?」
いつものインク瓶、羽根ペン、鍵付き日記帳。
鍵を開けようとしている手が異様に震えて、穴に入らない。肝心な時に…!
心当たりは大いにある。だが、そんな事は後回しにすると決めたじゃないか。あの子達が遊びから帰ってくる前にやるんだ!
ぐっ、と息を止めて鍵穴に差し込むと、目を思い切り瞑ってカチと回した。そして、風。
私にだって学習能力はあるさ。空中に浮かぶのだから、心の準備をしてからそっと目を開ければ怖くない…はず、はずだ!
深呼吸を数回してから目を開けると、今回は地上に立っていた。おい日記帳、私の覚悟を返してくれ。
…だけど妙だな、なぜ地上なんだ?
そうこうしているうちに、私の左側からコメット・えにし・そして人間の姿の私が歩いてきた。
ギターを弾きながらトリオで笑い合う姿は何とも微笑ましく、目を細めて眺める。一面真っ白な空間で練習をしている様だ。音も流れない静かな白だけの公園。自分達の音しかしないのが心地良くて、よく散歩に来ていたっけねぇ。
ふと歩いてきた私達が足を止める。視線の先を追うと、長い睫毛の様な飾り毛が美しいモノコーンがぽつんと1匹だけ佇んでいた。
色は、明るいミントグリーン。
…そうだよねぇ、次の子は…。
何かを感じ取ったかの様に、珍しくえにしが単独で近づいていく。意外な光景だった。
コメットと人間の私も同じ感想を持ったのか、驚いた顔で足を止めたままだ。
「何かあったの?」
えにしが急にスパリと切り出した。
向かい合ったモノコーンは、その言葉にぴくりと反応したかと思えばカタカタと震え出した。えにしったら、マズイこと聞いちゃったんじゃ…?
(何でも、素直に言ってしまうの…)
頭に直接響く声。やはり私が触れないと、耳では聞き取れないようだな…通心の仮説は立証されそうだ。
相変わらず籠もって聞き取りにくいが、綺麗に澄んだ声。
(私、歌うのが好きなの。いっぱい練習して上手になろうって毎日練習してた。)
「歌が好きなのかい?いいねぇ、私も好きだよ」
(でもね、今日はここまで出来るようになったよってこまめに報告していたら、自慢するなって…)
「え?どうして自慢なんだい?」
(自分が出来るからって、毎回自慢してくるのが癪に障るって…それで…)
「…置いて行かれたのね?」
えにしの鋭い言葉に、場が凍りついた。
それまで話しかけていた人間の私は言葉を失っていたが、コメットとえにしは違うようだ。
次に切り出したのはコメットだった。
「キミはどれくらいここにいたの?」
(…多分、1ヶ月くらい。お腹も空いて動けない…)
「は?!1ヶ月も?!君の相棒は何をして…」
「…夕月。あるんだよ、私達にはこういう事。」
人間の私の言葉を遮って、悔しそうにコメットが吐き捨てた。えにしは悲しそうな顔で、置いて行かれたモノコーンに寄り添っていた。
「飼い主に置いて行かれたリヴリーはね、放浪っていうの。他の人の所に行って飼ってもらうか、リヴリー研究施設で保護されるのよ。」
「でもキミは白い公園で迷子になって、誰にも見つけられずに動けなくなったんだね?」
えにしとコメットの言葉に、私は耳を疑った。
確かに昔はログインしなくなったユーザーの所にいたリヴリーは放浪システムでアイランドからいなくなる。他のユーザーに保護されたリヴリーは、保護したユーザーにしか見えなくなり、一緒に行動できない。だがかなり前のアップデートで廃止になった仕様だ。なぜ今それが存在する?
(逃げたくなかったの。支配されたような関係でも自分から逃げるのが嫌で…置いて行かれた時は安心感もあったけど、心が痛くて…どうしようも…)
小さく蹲ってしまったモノコーンに、泣きそうな顔でえにしが擦り寄る。コメットは怒ったように、人間の私に放浪リヴリーの説明をしていた。
「…気に入らないねぇ。泣き寝入りじゃないか。」
「ちょっと、夕月…」
「えにし、その子に言ってるんじゃないんだよ。置いて行った元相棒のせいで、うちに迎え入れたって一緒に歩けないし誰からも見えないんだろう?」
「そうだけど…私達には選べないんだ…」
「コメット、選べないってどういう事だい?」
「リヴリーは飼い主がログインしなくなったら、自分じゃどうしようもないんだ…」
…え?今何て言った?ログインしなくなったら?
「それが気に入らないんだよねぇ、生きてるじゃないか!他所様が勝手に決めるなんてねぇ!」
私が言葉を失っていると、蹲ったモノコーンに薄っすらと鎖が千切れた首輪のような物が見えた。何だあれは?こんなもの存在しないんだが…人間の私達には見えていない様子だし、どうなっているんだ?
…瞬間。
私の右手にチャリンと青い鍵が現れた。…そうか。今回私が空中にいなかったのは…。
誰にも見えない私は、そのモノコーンの首輪の鍵を外した。途端に、はっとした3匹。支配が解かれた気配を感じ取ったのだろうか?
えにしはキョロキョロと落ち着きがなく、コメットは夕月!あのっ!としか言葉が出ない。
人間の私は何だ?という顔でコメットとえにしを交互に見やっていた。
(あれ…支配が解かれた?)
「ゆっ夕月!あのっ、そうなんだよ!見えるし一緒に行動出来る仲間になれるように!なったみたいなんだ!」
「えぇ?どうなってるんだい?」
場が混乱している。無理もないさ、ここにいないはずの私が手を出す役目を託されたんだよ。
…この日記帳にね、そういう事だろう?
(何だろう…あの人との未来を、いらないって言えるのは幸せだったのかな?)
はっとした。未来をいらないって言えるのは幸せ?
じゃあ、この…今起きてる事は…そんな…。
「そんなモノ、いらないって言っておしまいよ!どうだい?一緒に来ないかい?歌好きは大歓迎さ!」
すっと歩き出した人間の私が、そのモノコーンに触れた。コメットとえにしは歯痒そうに見届ける。
「いいの…?私、名前がなくて…付けてくれる…?信じていいの?もう泣いてもいいの…?」
はっきりと耳で聞こえる声。やはり綺麗に澄んでいて、対象的に震えていた。
人間の私は目元の長い飾り毛からこぼれる涙を指で優しく拭いながら、切なそうな笑顔を浮かべる。
信じていいの?泣いていいの?なんて。
そうだよね、だって君は…。
「私は夕月。今日から君はメロウだ。私達の新しい家族だよ、ようこそ」
わあっと、コメットとえにしがメロウに擦り寄る。
良かったねえ、ありがとう!とお互い喜びあっている姿に、人間の私が隠れて目元を拭っていた。
3匹に増えた家族と共に白い公園から消えたと同時に、私は日記帳の前に座っていた。
…どうやら私の仮説は立証されたようだ。
いや、「されてしまった」が正しいだろう。
「はは…っ、笑えないねぇ」
私の、世界観のせいで。
メロウとの出会いを、こんな風に想像した事なんか一度もないのに。
もうとっくに廃止された古い仕様を持ち出してまで、辛い過去を持たされたのか?
望んでいない、あの子達が苦しむ事は何一つ。
そして、一番の想定外。
「知っていたんだねぇ…」
ここがゲームの世界で、自分達はユーザーのバーチャルペットだという事を。
私が「知らない」と思っていたかった?
全て私が創り出した妄想。それに巻き込まれた可愛い私の家族。
何をしていたんだろう。
わかってるさ、私はゲームのユーザーだ。楽しみ方はそれぞれあるんだ。でも、苦しませてまで設定に付き合わせる理由はあるのか?
___(ピアノなんて触るな!)
…うるさい。
___(曲を作った?自慢のつもりか?)
……うるさい。
___(お前は黙って親の言う通りに…)
「……っるっさいんだよ!!」
家族を苦しませていい理由なんか、どこにもあるはずがない。ぎりりと唇を噛む。
苦しむ側から苦しませる側になったと?
皮肉にも程がある。笑わせるな、ふざけ倒せよ。
「…夕月ちゃん?」
は、と澄んだ声の方に目をやると、メロウが心配そうにドアから顔を出していた。
メロウ…私のせいで…。
「ごめんな、メロウ…」
「ど、どうしたの?泣かないでー?」
慌てて頬に擦り寄るメロウに、私は。
「私は今、どんな顔をしてるんだい?」
「え?え、涙いっぱいで、唇から血が…」
コメットちゃん呼ぶ?と慌てるメロウを前に、私は自分を嘲笑った。
「…境界線は、どこに行ったんだろうねぇ…?」
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___それではまたお会いしましょう。