⑥不妊治療 本当に子供ほしい?

いろんな検査を受けて
私は自然妊娠はほぼ不可能。タイミング法も人工授精も期待できない。
確実に子供を望むなら体外受精をしましょうと告げられた。
私はもうこの身体で20年以上生きてきたのに、今更なぜ自分が?という怒りと悲しみで、先生の前でも溢れ出てしまう涙を必死に我慢した。
しかしながら隣にいた旦様は受け入れが早く、
『じゃあ僕にできることはどんなことですか?』
と先生に質問をした。すると先生は、
『こうやって病院に付き添いをしたり、前向きに考えようとしているだけでとても偉いと思いますよ。』
というような内容を話し、
『素敵な旦那さんで良かったですね』
と私に向かって言った。
それを聞いた旦様は嬉しそうな顔をしていた。

この一連の流れを聞いた私の心は、
【こいつら何を言ってるんだ。は???】

素敵な旦那さんかどうかは他人が決めることではない。世間にとって素敵な旦那さんを私は望んでいない。
私は、私にとって素敵な旦那さんでいてほしい。
そして病院に来ただけで褒められて嬉しそうな顔をする旦様にも腹が立った。こっちは毎回痛い辛い思いをしても褒められることはなくて、むしろ重い現実を受け入れるメンタルをどんどん強化していかないと今にでも壊れてしまいそうなのに。

その場で取り乱しそうになりながら必死に我慢をした。
確かに私が不妊症だから病院に行かなければならないし
私が不妊症だから子供が自然にできない。
旦様に代わってもらうこともできないし、世の中にはもっともっと辛い思いをしている人が山ほどいる。
そう言い聞かせていると疑問が生まれた。

【どうして子供が欲しいのか】

この答えが意外にも全然見つからなくて。
旦様のためばかりの答えしか出てこなくて、
実は自分は子供を望んでないことを知った。
それに気が付いた私は、心がとても楽になった。
そして数日間、子供は必要ない、不妊治療をやめよう。
という思いで過ごした。

心が健康な日が続き、余裕が生まれたからなのか、
当たり前という固定観念に捉われずに全ての行動に具体的な意味を持って生きよう!
という目標ができた。私の幸せってなんなんだろう。
そもそも幸せってどういう状態だろう。
人生観をより深く噛み砕く習慣が心地よく感じていたある日、ふと気がついた。

【揺るぎない存在意義が欲しい】

旦様の嫁を代われる人はたくさんいる。
(お前しか愛せないとかそういう理論は一旦置いておく)
しかしながら、お母さんの娘は私しかいない。
お母さんの娘を代わることは、誰かに養子になってもらえば戸籍上可能ではあるが、血縁の親子という点では代わることは不可能と気がついた。

【私は子供を産むことで、産みの母という揺るぎない存在を手にすることができる。】

ドライ過ぎる考え方で、いやいやそんな気持ちで母になろうとするなよ、、、と世間からは思われるだろうが、
私にとってはこの結論が
子供が欲しいと思う理由の中で1番しっくりきた。

そうして体外受精をする決意ができた。
まだまだ続く。。。

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