後悔しないため80代祖母を連れて行ったハワイの海辺にて
海に足が浸かる。
さらさらと指の間を抜ける乾いた砂と少し色濃く濡れた砂。その境目を超えて歩き続けると、透明な水が優しく足の甲を撫でる。
足首まで大洋から運ばれた水温が絡みつく。体温より低い摂氏25度は冷たすぎず心地よく、波音と共に引いてしまうと名残惜しい。
もう一度海が押し寄せる。真下を見ると海には色がなく、自分の素足が見えるばかり。少し顔を上げて視線を遠くに飛ばすと、海の深さと共に少しずつ色がつく。その果ての水の作った広原は地球色だ。
海に足が浸かる。
ただそれだこと。それがどうしてこんなに気持ち良いのか。
戻る時には潮水で足がベタベタになる。足の裏にべったりと大地がこびりつき、タオルが砂だらけになって、洗濯機に入れる時に取り除き損ねた砂粒にため息をつくだろう。
でもガラス玉の入ったラムネ瓶みたいな海を見ると入らずにはいられない。
海原のキワに立って陽の光を浴び、風が運ぶ水の音と温度に地球を感じるその時間は何事にも変えがたい。
その時間の心地よさを久しぶりに味わったという言葉を人から貰った。その言葉はラムネ瓶の中のガラスだ玉みたいにキラキラ光って、時折取り出して眺めたくなる。
「海に入ったのなんて何年ぶりかしら。やっぱり気持ちよかったわね。」
南国の波打ち際で、透明な海に足先を浸した祖母の言葉。
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数年前の春、まだ世間が旅行を自由に謳歌していた頃、私は妹共にあるプロジェクトを開始した。
それは、我らが祖母を海外旅行に連れて行くという、一大計画である。
祖母はその何年か前に祖父を見送った。認知症も発症し、何年も前から要介護になっていた祖父を、ヘルパーさんの手やデイケア、子供たちの手を借りながら懸命に介護していた祖父を見送った。
長年連れ添った配偶者を亡くし、同時に介護から解放された祖母は、しばらくして、海外旅行に行きたいと呟くようになった。
足腰がまだ動き、健康な間にもう一度どこかに行きたい、と。
記憶している限り、私が中学生に上がるくらいまでは祖母はちょくちょく海外に足を運んでいた。アメリカに住んでいた叔父・叔母夫婦のところに一人で行ったこともあった。
でも、それも10年以上前の話となり、80過ぎて流石に一人で、知り合いがいるわけでもないところに行くのは心細いのだろう。一人で行きたい、というわけでもないらしかった。
歳をとると、それまで健康だった人が転倒一つで骨折、そのまま寝たきりになってしまうことだって少なくない。今は元気に人生で初めての一人暮らしを謳歌している祖母だって、飛行機に乗れるだけの筋力・体力をあと何年維持できるかわからない。
祖母がいつかこの世を去った時に「おばあちゃん、おじいちゃんが死んでから旅行に行きたいと言っていたのに、連れて行ってあげなかったね。」と言いながら通夜でお斎を飲むのは絶対に嫌だった。
こうして私は妹におばあちゃんを海外に連れて行かないか、という話を持ちかけて、二人で海外旅行プロジェクトを開始したのだ。
候補地を選ぶ時の条件は以下だった。
・飛行時間はMAXで7~8時間
・日本並みとは言わないが、ある程度衛生面に心配のないところ
・ご飯が美味しいところ
・祖母が行ったことがないところ
世界地図を見ていくと、ある文字が目に留まる。
ハワイ
そういえば、ハワイに行った話って聞いたことないかも。そう思って祖母に聞いてみるとやはりハワイには行ったことがないと判明。でもハンガリーやルクセンブルクは行ったことがあるというので、むしろ今までなぜ行っていなかったのか少し疑問である。
条件は全部クリアできた。
目的地はハワイに設定。土日に妹と予定を合わせて旅行代理店へ行き、ホテル、飛行機、オプションツアー、空港からの送迎から現地で使うwifiまで全てセッティング。出発日までに誰一人健康を損なうことなく、無事祖母をハワイに連れ出すことに成功した。
*****
私は祖母に、アメリカならおばあちゃんだって水着でビーチをエンジョイするんだから海で泳いでみれば、と何回か言ってみたが、頑なに水着は買わなかった。
サンダルは新しいパスポートを受け取った帰りに真っ先に買っていたけど。
祖母は海は眺めるばっかりで一向に入ろうとしない。ハワイの海は見ているだけで飽きないし、それで十分だという。
気持ちは分からなくもない。
ハワイはよくテレビ番組では特集が組まれるし、新婚旅行で行った人もたくさん知っているが、正直なところ、日本語が比較的通じやすい以外どういうこところがいいのかピンと来ていなかった。
やはり百聞は一見にしかず。
その答えはホテルの窓から見えるこの景色だけでも十分だった。
一生に一度の記念になるかもしれないからと予約していたオーシャンビューの部屋。窓を開けると波打つ音が絶え間なく聞こえ、ベランダを真下に覗き込めば白い砂浜。昼の間は透き通った水がエメラルドからやがて青くなるまでの海のグラデーションを眺めた。
このベランダ、地平線の向こうに昼を持っていってしまう時間もゆっくりと堪能することができた。
緑と青が闇に沈み、太陽の色だけが残る、ワイキキの海。
1日の終わりはベランダの真正面の地平線に消えていくが、1日の始まりは正面から左手、ダイヤモンドヘッドの向こう側からやってきた。
確かに、見ているだけでも飽きなかった。
ちょっと気が変わったらしいのはオプションツアーで遠出した時である。
ワイキキから30分強ぐらいのところにハナウマ湾という自然保護区になっているビーチがある。シュノーケルスポットとして有名なところだ。旅行代理店で予約する時に追加料金なしで移動手段と入場券が手配できるというので申し込んだのだ。(※自然を保護する目的で入場者が制限されている)
ハワイ旅行でほとんどの人が滞在するであろうワイキキは、ビーチ沿いにずらっとホテルが立ち並び、そこから内陸に向かって街が広がっている。
一方で、ハナウマ湾は基本的に自然公園と言った感じになっており、公園の施設が一部ある以外は天然のビーチが広がっている。
祖母と母は泳がないというので、パラソルとビーチチェアをレンタルして浜辺でのんびりしてもらい、妹と私だけがそれぞれ思うように泳ぎに出かけた。
戻ってくると、妹はすでに上がっていた。なんだか三人楽しそうに話している。母が口を開く。
「おばあちゃんとね、ちょっと海に入ってきた」
ハナウマ湾にはワイキキと違って、ブランドショッピングを楽しむモールも優雅なホテルのラウンジも、洒落たパンケーキのお店もない。街の喧騒を離れ自然に集中してると、水着を持ってなくても海に入りたくなったらしい。
「海に入ったのなんて何年ぶりかしら。やっぱり気持ちよかったわね。」
ハワイの海に足を浸して、かつてどこかの海で同じことをしたのを思い出しているみたいだった。多分、私が知らない古い記憶。
祖父の介護は確か7年ぐらいやっていただろうか。その間は遠出はしていなかったはず。
こうやって透明度の高い、綺麗な海に来たのはいつ以来なのだろう。
妹が写真を撮ってあげたらしい。見せてもらうと、脱ぎ捨てたサンダルを手に持った祖母はとても嬉しそうだ。
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祖母は時差ボケもなく、旅行中も旅行後も体調を崩すこともなく、無事日本に帰ってきた。体力的にもあともう1回ぐらいは海外旅行に行けるのではないか、とみなが思っていたが世界はそんな状況ではなくなってしまった。
幸いなことに祖母は元気に暮らしているが、状況がよくならないまま時間が1年以上経ってしまったからか、話していると「イタリアなんてもう行けることもないわね」なんてぼやいている。
何かあれば私は「イタリア再訪したいって言ってたし、ハワイもあと1回行きたいって言ってたけど連れて行ってあげられなかったね」と嘆くことになるのだろうか。
かつて高校の恩師が卒業の時にこんな言葉をくれた。
「後悔のない人生はありません。でもより後悔が少なくなる人生を過ごしてください。」
生きていれば人間の欲は限りないし、人生でやり残したことをゼロにすることはできないかもしれない。
でも、良くも悪くも介護から解放されて自分の時間ができた祖母に、日本を飛び出して異国の海に足を浸す時間をプレゼントできたことは、この先の後悔が一つ減らせた気がして少しホッとするのである。
後悔しないためには、行動しなければ。