アルバイトのこと
今日の話題はアルバイトについてです。
私は母の影響を強く受け中学生までは大学卒業後は教師になることを望んでいました。大学進学後も教職課程を見据え、アルバイトも「教える」ことに携わりたいと考えました。有難いことに知り合いのお子さんを4人も教えることに恵まれました。
気が付けば教えることよりも、教わることの方が多かった気がします。教える科目は「英語」。それまでアルファベットしか習ったことがない子供達にどうやって「be動詞と一般動詞の違い」を教えれば良いのか、「三人称単数現在形の名詞が主語の時、動詞にsをつけること」を一生忘れずに付けてもらえるか...などたくさん考えました。私は英語が得意であるからこそ文法を意識して勉強することがありませんでした。
4人の生徒はそれなりに英語が苦手。中には進学ギリギリの生徒もいました。苦手なものを理解して続けてもらうことを思春期の男女に求めることは大変でした。隙あらば楽をしようとプリントの数を誤魔化し、後で自分でやるから早く切り上げて欲しいと交渉する子、反抗期真っ盛りで様々なイライラをぶつけてくる子、高校受験する意味が分からないと受験1週間前に意気消沈する子...などたくさんの勉強以外の難しい局面を過ごしてきました。そして会話から見えてくるそれぞれの家庭環境や学校でのストレス、思春期なりの悩みをたくさん抱えていることに共感を覚えまくりました。
家庭教師の良いところは学校や塾の先生と違って1対1であるところです。その時間だけは2人きりで問題に向き合い、その子が理解してもらえるように全力を尽くすことが出来る。塾の場合はいくら少人数でも一人一人に割ける時間は決して多くはありません。そして一人だからこそ悩みを共有された時はそれに真摯に向き合い、まぁまぁ年の近い先輩として対策や別の考え方を伝えられる。
また自分自身の物事の伝え方も大きく変わりました。私は英語を感覚で適当に勉強してきました。だからこそ基本的で大事な文法の解説が出来ない、間違った回答をどう解説すれば良いのかが分からないなど、説明が必要なのに説明が出来ない場面がたくさんありました。自分が「誰でも分かる」と思っていることは誰にでも分かるわけではない。だからこそ根気強く、何度も説明すること、説明するだけではなく手を替え品を替えて問題を解いてもらうこと。少しでも変化があればたくさん褒めること、反対に勉強中に関係ないことをすれば後々不貞腐れない程度に注意すること。子供の接し方、というより「人との接し方」を彼・彼女たちに沢山教えてもらいました。
進学ギリギリだった子が進級できた時、英検になんとか合格できた時、中学生から高校生になったり、高校生から大学生になった子達を見ると少ない年数だったけどこの4人の生徒と向き合い、自分の教え方や人間性と向き合うことができたことは貴重でした。
結局、教職課程は学部と専攻の問題で取得は諦めました。多分、一人見るだけでいっぱいでしたので向いていないと思います。卒業すれば「教える」ことから遠ざかりますが、4人全員が大学を卒業するまでの7.8年間、まだまだ長いけど私無しでも頑張って欲しいものです。
ちなみに4人以外にも、6歳のガキンチョにピアノを教えてました。これは完全に「人」というより「子供」との向き合い方を教わりました。まさか自分があのご家庭でピアノを教え、一緒に旅行まで行く仲になるとは思いませんでした。強烈なアルバイトでした。5年後くらいに友人や周りの人に話をするのが楽しみです。