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悲しい時
いつだったか、悲しい時には悲しい曲を聴いた方がいいんだよ、と聞いたことがある。
なんでも悲しい曲調が自分の悲しい気持ちを肯定してくれるからだとか、詳細は覚えていない。
どうしようもなく悲しい時があった。
それでも動かなければならなかったから、私は先の言葉をすがるように思いつく限りの悲しい曲を聴いた。
チャイコフスキーの悲愴の第4楽章。
ニ長調の旋律があまりに美しいほどわが身の拙さを突き付けられるようで涙がぼろぼろこぼれた。
途中からあまりの大音量がその時の私には喧しく感じられて止めた。
そんなに悲しいと叫んでほしいわけじゃなかった、こっちにはその気力はない。
モーツァルトのレクイエム。
聞こえてくるのはあまりに神聖な嘆きで自分はふさわしくないと思って止めた。
バーバーの弦楽のためのアダージョ。
動けなかった。
涙が止まらなくて身の回りの情報全てが記号に化して理解することができなかった。
悲しい曲を聴く、という行為を重ねるほど悲しい気持ちが重くなっていった。
かと言って明るい曲は、ただれた皮膚にアルコールを塗られるようで我慢がならなかった。
深夜だったと思う。
どうすればいいかわからなくて、掌に顔を押し続けて涙を止めようと必死だった。
結局いまだに悲しい時にどの音楽を聴けばいいのかわからない。