必ずなれヒーローに

星組公演「BIG FISH」を観劇してきました。
以前日生劇場で東宝版を観劇したことがあり、楽曲の美しさと物語の暖かさに頭が痛くなるほど泣いた作品だったので、宝塚版を楽しみにしていました。
ご贔屓である極美慎さんが2番手を務める演目でもあり、何度も通って思い出深い作品となった本公演について、感想を書いておきたいと思います。

「BIG FISH」は自分の身の回りのことをおとぎ話のように語る父エドワードと、生真面目で少し神経質な息子ウィルの物語です。
ウィルの結婚、エドワードの病をきっかけに、ウィルは父の語っていた「おとぎ話」を辿って父を知ることになります。

全編を通して印象的なのはやはりエドワードの荒唐無稽な「おとぎ話」。キャストを見ると、巨人や魔女、狼男など変わった役名が並んでいますが、「BIG FISH」は誰もが共感できる現代劇だと思います。

では、「おとぎ話」とは何だったのか。
エドワードの「おとぎ話」は息子を勇気づけて背中を押す魔法だったのだと思います。
ウィルは父の「おとぎ話」について自分を偉くみせるために大袈裟に話しているのだ、と言いますが、エドワードは少し大柄で口下手な友人を山に籠る巨人、コンプレックスを抱えた職場の上司をサーカスの狼男、と「おとぎ話」の登場人物に仕立て上げて、「おとぎ話」を通して自分だってこんなに素敵な仲間と素晴らしい時間を過ごしてきた、だからウィルにもきっともっと凄いことが出来る!と語りかけ続けていたのです。

その気持ちがよく現れているのが「Be the hero」「Fight the dragon 」の2曲です。
物語のヒーローになれ、戦ってチャンピオンになれ、世界はお前のもの、歌詞の中には父が息子を信じて疑わない愛情が胸が苦しくなるほどにぎゅっと詰まっています。
きっと賢くて真面目なウィルだって、サッカーの試合に負けたり、人間関係が上手く行かずに悩んだり、勉強の成果が出なかったり行き詰まる日もあったはず。その時々のウィルは鬱陶しく思っていたかもしれませんが、うまく行かない時に「自分が世界の主人公である、そうなり得る可能性を秘めている」と信じてくれる人が側にいてくれることがどんなにありがたいか。
エドワードは「おとぎ話」を通してウィルの背中を押して、日常に魔法をかけていたのです。

この魔法にウィルが気づくのは物語のラストシーン、エドワードの死の間際。
「僕を勇気づけてくれたんだね」「僕は世界に飛び出したよ」、このまっすぐな台詞の後父と息子は心を通わせて、エドワードの「おとぎ話」のラストシーンへと向かっていきます。

ウィルは朗々と歌い、エドワードの人生のラストシーンを確信を持って描いていきます。
ツンケンしたり不安げになったり、子どもっぽかったウィルが確かに物語を進めていく姿を見て、エドワードは「そんなに不思議なことじゃない」と言います。
観客である私はウィルの成長に驚いていましたが、エドワードはラストシーンを紡ぐ息子を予想できるほど信じていた。これこそが親の愛情なのだと実感させられました。

ウィルとエドワードは死の間際に和解できましたが、親子に限らずこの演目のような確執はありふれていて最後まで答え合わせの出来ないことも多いように思います。
それでもこの演目を観て、人が誰かを想う気持ちが気がつかないうちにこっそり形になっていることもあるのではないか、という気持ちになりました。
物語の序盤、ウィルが息子ができたことを知ったとき「きっと賢くなるだろう」と歌います。
特に言葉を交わさずとも、エドワードがウィルを信じて疑わないようにウィルもまだ見ぬ息子を信じている。
ちょっとした思いやりもこんな風に誰かの人生を良くするなにかに繋がっているかも。思いやりや気遣いは時に伝わらず叶わない祈りのようですが、腐らず続けていきたいなと思います。

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