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更地 (1分小説)

43歳で、ある日突然、妻子とペットの犬、そして仕事を失った。

妻が、オレの上司と一緒になりたいと言いだしたのだ。浮気でなく本気だ。

今まで21年間、家族と会社を想い、必死になって働いてきた。なのに。

オレは家を飛び出した。

そこから一週間、どのようにして過ごしてきたのかまでは、よく思い出せない。


プーッ、プーッ、プーッ!

「危ないですよ」

ショベルカーのクラクションに、オレは、自分が狭い道路の真ん中で、うずくまっていたことに気がついた。

よろつきながら、わきへと移動する。

ショベルカーは、90度に方向を変え、一階建ての古い民家の前に止まった。

「今から解体作業に入ります。ホコリが立ちますから、気をつけて」

バリバリッ、ガリガリッ。
バリバリッ、ガリガリッ。

落雷のような音が鳴り響き、民家はあっという間に崩れた。

壁や柱が無惨にも廃材になり、撤去され、更地になるまでの3時間。

じっと工程を見つめていたオレに興味を持ったのか、解体業者が近づいてきた。

「ちょっと休憩。缶コーヒーでも飲みませんか」

小さく礼を言い、それを受け取る。

「全部、なくなってしまいましたね」

業者は、ええ、とうなずいた。

「同じ家主が、更地に、二階建ての新築を建てるんですって。一階建ての古い家のまま増築して、二階建てにすることはできないでしょう?強度が耐えられない」

大きく前進するには、全ての執着を手放す必要がある、か。

「まあ、新築を建てる前に、少し土地を休ませる時間も要りますけれどね」


缶コーヒーは、温かく、ほろ苦い味がした。



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