動物の恩返し (1分小説)
日課にしている路上ライブから、アパートに帰ると、見たこともない女が、お茶をすすっていた。
鼻が低く、シワだらけ。ずんぐりむっくりの、丸すぎる体系。
呼んだ覚えはない。
オレは、彼女の話を2時間かけて聞いた。
「要約すると、キミは、昔、ボクが20年前に飼っていた、保護犬のパグだった。確かに、ペチャという名の、メスのパグがいたよ。
ペチャが、人間に成り代わって、恩返しをしに来たという話は信じられないが」
彼女は、シャツをまくりあげ、たるんだ腹の皮をつまんだ。
「このキズに、見覚えがあるでしょ?動物は、必ず恩返しをするの。鶴だけじゃないのよ」
キズは、記憶と酷似していた。
「あなたが、いつまでも、前の彼女を忘れずにいるみたいだから、私が代わりに、恋人になってあげようと思って」
迷惑なこった。
オレは、ガキの頃、猫や犬を拾ってきては育てたり、里親を見つけて、人に譲り渡していたけれど。
スピリチュアルや生まれ変わり、迷信、その手の話は信じない。
きっと、新手のストーカーだ。
「キミは、犬としてなら充分カワイイと思う。でも、人間の異性として付き合うのは、ほぼ罰ゲームの域だ」
今のうちに、ハッキリ断っておかないと、付きまとわれそうだから。
「ひどい!昔は、あんなにカワイイって言ってくれたのに!」
ペチャは、プリプリしながら出ていった。
家は、とたんに静かになった。
「あなたが、いつまでも、前の彼女のことを忘れずにいるから」か。
スマホの写真を見る。
小顔で色白、アーモンド型の目をした千恵。
ペチャが言ったように、1年前に別れた彼女のことが忘れられない。
身寄りのない千恵と知り合い、一緒に暮らした日々。今と同じく、食べるものも事欠くような毎日だったけど、幸せだった。
オレの、シンガーソングライダーになる夢も、全力で応援してくれたんだ。
でも、愛を育んでいたと思っていたのは、自分だけだったようで。
ある日、彼女は、突然家を出て行った。それっきり何の音沙汰もない。
勝手気ままな女。
まるで、猫だな。
猫。
ニャー ニャー ニャー。
開けっ放しにしていた窓から、真っ白な猫が入ってきた。
首輪に、オレが、なけなしの金で千恵に買ってやった、リングがつけられている。
千恵だ!人間も、姿カタチを動物に変えてやってくるんだ。
何をしに?恩返し?
千恵の後を追うように、毛並みのよく似た子猫が1匹入ってきた。
ニャー ニャー ニャー。
そうか。今ごろになって、家を出て行った、本当の理由が分かったぞ。
千恵は、リングを首から外し、ポトリと床に落とした。そして、子猫を口にくわえると、オレをジッと見て、窓から消えて行った。
あなたは、夢を叶えてね。私のこと、拾ってくれてありがとう。
千恵。
ごめん、今まで、何も気がついてあげられなくて。
でも、できれば、もう一度、人間の姿で会いたかったな。