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写真史にまつわる印刷を語る——書籍『日本写真史 写真雑誌1874-1985』刊行記念トークイベントレポート
日本の写真の歴史をまとめた書籍『日本写真史 写真雑誌1874-1985』(平凡社)の刊行を記念したトークイベントが、恵文社一乗寺店にて2024年6月22日(土)に行われました。
こちらのイベントに、サンエムカラーのプリンティングディレクター大畑政孝が登壇したので、イベントの様子をお届けします。
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日本の写真史を軸に語る
本イベントのテーマとなる『日本写真史 写真雑誌1874-1985』は、2022年に刊行された『Japanese Photography Magazines: 1880s to 1980s』(Goliga Books)の日本語版であり日本写真史の決定版といえる一冊です。
トークイベントの内容は、本書の執筆者の一人である写真史家の戸田昌子さんは、日本における写真と写真雑誌が歩んできた道について。京都在住の写真家であり、パブリッシャーである吉田亮人さんは「撮る」立場から。そして弊社の大畑は、技術者としての立場から現在の印刷とこれからの印刷についてといった内容でした。ここでしか聞けないクロストークとなりました。
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写真雑誌の印刷技法の種類
今回のイベントでは、印刷会社であるサンエムカラーが参加していることもあり、写真雑誌の印刷にも着目したトークが広がります。
日本の写真雑誌が使用した主な印刷技法には、コロタイプ印刷、写真網目版印刷、グラビア印刷、オフセット印刷があげられます。それぞれの特徴について簡単に記します。
コロタイプ印刷
ゼラチン上に作った版で印刷する技法。濃淡を網点ではなく、ゼラチン版面の皺(レチキュレーション)を利用しているので、写真の連続階調の表現が可能です。原稿となる写真と同レベルの高画質な印刷ができます。印刷速度が遅いことや、耐刷力が弱いことが欠点です。
写真網目版印刷
写真凸版、銅凸版とも呼ばれます。インキが乗る部分が凸状になり、白と黒の2階調になります。写真には連続階調があるので、網点の大小によって濃淡を再現します。
グラビア印刷
さきほどの凸版とは逆に凹版です。版に凹みを作り、そこにインキを流し込み、紙に印刷します。版の凹みの深/浅で微細な濃淡も表現できるため、写真画像の印刷に適しています。
オフセット印刷
主に凹凸のない平版を用いており、版の撥水性を利用しています。版につけられたインキをゴムブランケットなどに転写して、紙に印刷します。写真網目版印刷である凸版や、グラビア印刷の凹版とは違い、版を紙に直接触れずに印刷するため、胴の摩耗が少なく、大量印刷に適しています。そのため現代の商業印刷の多くはオフセット印刷が主流です。
写真雑誌をルーペで拡大してみると
トークでは、戸田さんが持参した貴重な資料をルーペで覗き、その拡大された様子をプロジェクターに投影して、参加者のみなさんと見る場面もありました。
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普段手にすることのできない貴重な資料の網点を覗いた際に、大畑が「綺麗な網点!」と咄嗟に言い、戸田さんが「綺麗な網点ってどういう状態ですか?」と質問が出ました。ちなみに網点がクッキリとした綺麗なドットの形状は、綺麗な印刷とされています。
続いて戸田さんから、写真が鮮明でない資料を指して「この網点はどうですか?」という質問が出ました。大畑が「網自体は綺麗だとは思いますが、紙の平滑性が低いのとドットの形が均一ではないのが気になります。けれど印刷自体が悪いわけではなさそうです」と答えます。
参加者の方から「線数は関係ありますか?」と質問があり、大畑は「線数はもちろん関係ありますが、この印刷の線数は結構細かそうなので、線数によって粗い印刷というわけではなく、元となる原稿の不鮮明さが影響していると思います」と返答。
さらに戸田さんが「印画紙の原稿の影響となると、分解が下手なこともありますか?」と聞くと、「もちろん分解の上手い下手はあると思います。紙焼きの原稿であれば、その際のホコリをそのまま拾っている可能性もあります」と大畑は答えました。
普段語られることのない印刷の謎解きが盛り上がりを見せました。
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高画質で階調豊かなコロタイプは、写真の表現を楽しんで共有するコミュニティに向けて少部数で普及していたのに対し、写真網目版印刷やグラビア印刷は、大衆に多くのイメージを普及するための戦争時のプロパガンダ写真から戦後高度経済成長期のマスメディア時代に普及しました。時代と共に印刷技術が変化したのではなく、イメージの必要数によって、印刷技術が選択されてきました。
イベント終盤では、現在主流となっているオフセット印刷と、これからの印刷技術と写真表現についての話題へと移ります。
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100年前の印刷技法をデジタル技術で再現
次の話題は、蒼穹舎より刊行された安掛正仁さんの写真集 『朧眼風土記』。
こちらは戸田さんが寄稿され、サンエムカラーが印刷を担当しています。
安掛さんは、みずからが目指す写真表現が100年前のピクトリアリズムのソフトフォーカスな写真に近しいと思い、1920年代の芸術写真を掲載した写真雑誌を数多く収集・研究し、ピグメント印画法のような表現を現代のデジタル技術で再現しています。
写真集の印刷の際、サンエムカラーでは安掛さんの写真表現を印刷に落とし込むために、黒と黄色いグレーの特色インキを使用したダブルトーンを採用しました。モノクロの写真集を印刷する際に、紙焼きプリントの階調に近づけるために、黒とグレーの2色を使用することで、ハイライト側やハイシャドウ側にも調子再現が可能となります。
サンエムカラーでは安掛さんの写真原稿をお預かりし、豊かな階調を再現するために今でも現役で活躍しているドラムスキャナーで分解し、ピグメント印画法の色味になるようにするために特色インキを使うことを、プリンティングディレクターがこれまでの経験から検討しました。
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サンエムカラーは、グラビア印刷級の迫力が叶う高濃度な印刷を得意としています。しかし、安掛さんの『朧眼風土記』は、淡く柔らかい表現が求められました。
そのため、初校からさらに安掛さんの写真表現に近づけるために、より黄味が強い特色インキに変更し、コントラストを抑えた画像処理を施し、印刷のオペレーターには「いつもの高濃度を今回は控えめに」と指定し、写真集を制作していきました。
戸田さんは蒼穹舎ギャラリーでの「朧眼風土記展」を訪れた際に、写真集と展示プリントを一枚一枚見比べたそうですが、再現率がすごい!とびっくりされていました。
そして、これからの印刷技術について、サンエムカラーに導入したデジタルプレスや現在取り組んでいることについて、大畑が話をしました。
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UVプリントとデジタル印刷機で小部数を作成
オフセット印刷では版を用いて刷るので、大部数の印刷物には向いていますが、近年は少部数の需要が増加しています。それに対し、インクジェットプリンターは版を出力する必要がないので、少部数に適した印刷機です。
サンエムカラーに近年導入した富士フイルムのデジタル印刷機ジェットプレスは、カラーマネジメント技術者である大畑が、機械のチューニングとICCプロファイルの設計を行い、サンエムカラーならではの高濃度な刷り上がりと広い色域再現を可能にしました。
その例として、昨年の「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」にて行われた「Print House Session 2023」で制作したアートブックを紹介しました。
赤々舎より刊行された奥山由之さんの写真集『windows』で使われた写真をもとに、4つの印刷会社と4人のデザイナーがそれぞれタッグを組み、4種類の新たな『windows』のアートブックを制作しました。
サンエムカラーはデザイナーの岡崎真理子さんとタッグを組み、「表紙をUVプリント」「本文をデジタル印刷機」「3パターンの仕様」という印刷設計をしました。「Print House Session」での制作過程は下記リンクをご覧いただけたらと思います。
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紙と製本だけでなくレタッチ方針や印刷機の選択によって、別の顔をもった写真集に生まれ変わったことに驚きの声があがりました。
このアートブックの表紙に使用したUVプリンタは、現在社内でアーティストの1点物の作品制作にも使用しています。イベント終了後、UVプリンタによるさまざまな制作サンプルを参加者に見ていただきました。
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これから先の印刷について
これからの印刷がどうなっていくのか、これからの写真集やアートブックがどうなっていくのか、という問いはサンエムカラーはまだまだ模索中ですが、少部数とハイクオリティの両立が鍵になるのではと思います。
約100年前、多くの一般人は西洋美術を直接見ることが叶わず、雑誌などの印刷物を通してイメージを受容していました。モノクロの粗い印刷物であっても、印刷は芸術の普及に多大な貢献をしてきたといえます。
サンエムカラーの創業者である松井会長は、印刷について「芸術の工業化」という言葉をよく話されます。世に出るべきアートブックをハイクオリティに完成させる事は、印刷会社としてサンエムカラーの使命でもあり、アートやカルチャーへの貢献にも繋がると信じて、新たな表現に取り組み、作り手のみなさんと共創を楽しみたいと思っています。
戸田昌子さん、吉田亮人さん、貴重で楽しい写真&印刷トークをありがとうございました!
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執筆、撮影:中島風美(サンエムカラー)