「プロジェクトマネージャーは"Yesマン"になってはいけない。 」 PMの基本姿勢や立ち振る舞いを徹底解剖 part2
プロジェクト全体の計画や実行、品質や納期などに責任を持ち、プロジェクトの目標達成に向けて先導していくプロジェクトマネージャー(PM)。
前回に続き、今回も『プロジェクトマネジメントの基本が全部わかる本』著者の橋本将功さん(パラダイスウェア株式会社 代表取締役)とSun*のプロジェクトマネージャーチームを統率する青木 史也(株式会社Sun Asterisk)、下田 佳(株式会社Sun Asterisk)がプロジェクトマネジメントにまつわるトークディスカッションを行いました。
海外チームにやってほしいことは漏れなく全て書き出す
──海外チームとのマネジメント方法や納期・品質管理について教えてください。
橋本:マネジメントコストとコミュニケーションコストを軽視しないことが大事だと思います。日本国内のチームとやりとりする以上に、認識のズレが段違いに起こりやすいので、そこをどう防ぐかがポイントになるでしょう。座組みの段階で、文化や開発スタンスの違いを擦り合わせ、懸念点を潰していくことが必要になります。
青木:納期管理や品質管理においては、海外チームのやり方をまず確認することです。そして次は日本側との差分を埋めにいき、両者間で合意を取りに行くといいでしょう。品質管理の面ではテストケースのレビューと日本側でチェック体制を構築し、バッファを設けるようにしています。
橋本:テストケースひとつとっても、抜け漏れがあったり、過剰に細かなテストがされていたりと、アウトプットの粒度はチームや会社によって結構まちまちだったりするんですよ。自分が関わっているプロジェクトの中だけでなく、相手のこれまでの経験や相手が重視していることをどうやって拾えばいいのかを意識することも重要になると思います。
残業や納期の考え方についても、日本は納期最優先で赤字や残業も厭わないことが多いのに対して、海外は納期がマストではないというか、品質を考えながらバランスをとって進めていくスタイルなので、そうした姿勢の違いも理解しておかなければなりません。
青木:弊社はプロジェクトのキックオフをするタイミングで、トレードオフスライダーを使って品質なのか納期なのか、それともコストなのかと、いくつかの項目の中でどれに比重を置くかというのをクライアントに決めてもらうようにしています。そこのバランスを決めてからプロジェクトをスタートすることで、クライアントとの目線合わせが適切にできるんです。
橋本:クライアントとQCDの擦り合わせを行い、自分達と開発チームの感覚を合わせる。この2点が非常に大切になるのではないでしょうか。
下田:海外チームの作り方で言うと、年間に都度発生するプロジェクトや並行して走るプロジェクトが考えられるからこそ、「チームを育てていく感覚」が重要だと思います。プロジェクトごとに振り返り、会話を重ねながら改善していくことで、チームの結束力や強さが生まれてくるでしょう。
橋本:相手のチームや会社と実績の積み上げがあると、カルチャーの違いや認識のズレも、ある程度は察することができるようになります。一方で、海外は人材の入れ替わりが激しいのが難点だなと感じています。プロジェクトのキーパーソンが抜けてしまったりすることも少なくないので、しっかりと後任へ引き継げるようにドキュメントの整備を習慣づけることが大事になるでしょうね。
青木:属人化しないようにドキュメント化、明文化しておくのは重要ですよね。
橋本:特に海外チームとのやりとりで課題になりやすいのが「画面設計書」です。肌感ですが、日本のエンジニアに依頼するよりも、5〜6倍の工数がかかるイメージでして。例えば機能要件における正しい動作(正常系)だけではなく、エラーが出た際の動作(異常系)や脆弱性対策もしっかりと伝わるように明記しないと、それらが反映されないことが多いと感じています。機能の実装においては、あらかじめ共通認識を持っておくことが肝になるのではないでしょうか。
青木:仰るように、海外チームは指示書に書かれていないことは基本やらないんですよ。それはサボっているのではなく「勝手にやるな」という感覚だと思うんです。なので、「やってほしいことは全て書く」くらいの気持ちを持たないといけない。もちろん、海外チームにやってほしいことを漏れなくMECEに書き出す、というコストは日本側にもかかってきてしまいますが。
──途中から海外チームとのやりとりに入った場合は、どのような点に留意しながらプロジェクトに携わっていけばいいでしょうか。
青木:こちらが途中から入っても、最初からいるメンバーは変わっていないので、積極的に海外チームとコンタクトを取って意思疎通していくのが大事にだと思います。受け身でいると、そのまま流されてしまい貢献できなくなってしまうので、まずは自分から情報を発信して海外チームに自分の存在を認知してもらうように動くといいとでしょう。
結局、プロジェクトを進めていくのは「人対人」になるのでで、国とかは関係ないんですよ。だからこそ、コミュニケーションをしっかりとっておけば、わからないことも教えてくれるし、折に触れて助けてくれると思います。こうした関係性を育んでいくことが大事になります。
橋本:費用や物理的な問題はあれど、可能なら実際に会いに行くのがいいと思います。また、海外チームと仕事をしていると、細かい認識齟齬が起きることもよくあり、そこをリカバリーするにはコストが結構かかります。そこを率先してサポートする役割を担っていけば、自然と信頼されるようになるでしょう。打ち合わせ前に必要な関連資料をすぐにチャットで共有したり、オンライン会議のときはカメラONにしたりと、まずは細かな部分を留意してみるといいのではないでしょうか。
青木:あとチャットでは必要以上に丁寧に書くことは大切かもしれません。英語や文字だと、ドライなやりとりになってしまいがちなので、謙虚でかつ感謝の気持ちを言葉で表現できると、受け手も心を開いてくれるようになります。
PMは“Yesマン”にならずに優先順位を決めていくことが必要
──開発着手時には全ての要件定義を終え、再度クライアントからの要望を取ることが発生しないように、PMとしてやっておくべき準備はどのようなものがありますか?
橋本:「要件定義が終わる、出し切るといった状況はない」というのを、まず前提として認識しておいた方がいいでしょう。特に日本のクライアントワークでは、最初のうちは少人数のキーパーソンと同意を得ながら開発していくわけですが、システムが構築されて全体像が見えてくると、次第にクライアント社内の関係者からの要望も増えやすくなるんです。
クライアントも良いものを作りたいからこそ、「もっとこうしてほしい」という要望はなくならないと捉えた方がいい。なので、初めから実装するプロジェクトのスコープの締め切りをきっちり伝えて、その範囲内で見積もったことを終わらせるようにしていく。もし、締め切りを過ぎてからいただいた要望については、追加料金が加算されるというハンドリングをしていくことが求められます。
青木:要件定義がパーフェクトで、これ以上の要望が発生しないというのはあり得ないので、プロジェクトのスコープを策定した際に、後から費用面で揉めることのないように書面で取り交わしておくのも大切です。私の場合は、スコープで定めた内容に多少の要望が上乗せされるのを見越して、ある程度バッファをとった形でクライアントに提案することが多いですね。
橋本:開発に詳しくないクライアントの中には、目に見えないものだからこそ、少しの変更であれば容易に対応できると思ってしまうことも多く、これは前回もお話した“中華料理屋”の例えの通りだと思います。
最初に醤油ラーメンを注文した後に、やっぱりみそ味がいいと思って変更しようとしても、醤油ラーメンを作る工程の途中でみそ味には変更しても美味しい味噌ラーメンにはなりません。つまり、お客様には「今からみそ味には変更できないので、最初から作り直しになる」ことを伝えなくてはなりません。加えて、ビールや枝豆も追加でほしいとなれば、そのぶんの料金が追加になる。要するに、飲食店でも開発でも同様だというのを、クライアントに理解してもらう必要があるんです。
青木:いかに自分ごと化してもらえるかが重要だったりしますよね。工数の概算や金額感を見積もるために優先順位づけし、クライアントにも納得感ある提案だと思ってもらえるようにPMが準備するのは大事になるでしょう。
あと、自分の中で決めているのは、「5つの要望があったら、2つは聞かない」というスタンスです。全部やりますという“Yesマン”だと、逆に信頼されなくなってしまうので、やらない理由を明示した上で、優先順位の高いものから着手していくのを伝えることはすごく重要なことなのではないでしょうか。もちろん全部やる必要ならやりますよ。
下田:僕の場合はクライアントに「言いたいことは、気兼ねなく言ってもらっていい」と伝えていますね。要件一覧にやりたいことを書いてもらい、そこに優先順位をつけていくんですが、松竹梅と分けた場合、「松」は絶対にやること。「竹」はできるものとそうでないものがある。「梅」は一旦やらないものリストに入れておく。このように振り分けていくのを心がけています。
橋本:コミュニケーションのコツとして、クライアントの要望は「No」と言わない代わりに「Yes, but」で言うようにしています。要望を受け入れつつも、工数やスケジュールの観点で、スコープで定めた範囲からは外れることを伝えるようにしています。
青木:ちなみに、PMの立場でクライアントに「No」を言うようになったのは2〜3年目くらいなんですよ。先輩から「クライアントの要望は全部受けるな。受けたらいいように使われるだけだぞ」という教えを聞いていたこともあり、キャリアの早い段階からYesマンにならないよう癖づけができていたのは大きかったと感じています。
橋本:「お客様の方が偉い」みたいな風潮は日本でもまだ残っているなと思っていて。僕はシステム発注者のことを“お客様”ではなく“クライアント”と呼ぶようにしています。対等なパートナーとして接していく感覚を持つために、そういった細かい言葉遣いにも留意しているんです。
青木:弊社代表も「お客様ではなくクライアントと呼ぶように」と言っていて、要は単に受発注の関係ではなく対等なチームとしてやっていくことを考えると、クライアントと呼ぶ方が適切だということなんですね。
「迷ったら立ち止まらずに行動する」姿勢を持つこと
──最近、気になったPMに関するトピックは何かありますか?
青木:最近関わった案件で、リリース後にちょっとしたトラブルが発生し、そのリカバリーをするときのお話をしたいと思います。トラブルが起きた直後に、クライアントの元へオフラインで会いに行こうと考えていたんですが、物理的距離や他のタスクの絡みもあって少し躊躇したんです。そうしたら後々になって、クライアントからお叱りを受けまして。今回改めて学んだのは「心に何か引っかかるものがあればやっておいた方がいい」ということでした。やっぱりそうだよなと。
橋本:その気持ち、痛いほどわかりますね。僕も同じような経験をしたことがあって、プロジェクト自体もうまくいっていたある日、すごく胸騒ぎがして寝れないことがありました。案の定、翌日のプロジェクト定例ではクライアントに2時間も罵倒され、第六感が当たったと思ったんですよ。
青木:ちょっと気になるなとか、違和感を抱いたときは、その真因を深堀りして動いてみることが大切ですよね。もちろん、何もなければそれでよし。もし、問題点が見つかればリカバリーしていけばよいわけで。アクションを起こさず、クライアントに迷惑をかけてしまってからでは遅いので、「迷ったら立ち止まらずに行動する」という姿勢がPMに求められる大事な要素のひとつになると思います。
下田:そういった第六感は、新卒の頃から持ち合わせていたんですか?経験値からの“ひらめき”みたいなところなんですかね。
橋本:最初からあったのかもしれませんが、キャリアを経てその感覚が研ぎ澄まされていくと思うんですよ。ただ、一時期は自分の直感を信じきれなかったこともあります。例えば、この人は信用しきれないなと思っていた相手がいても、、人を先入観で判断してはいけないという固定観念から対策を打たなかったり。そんななかでも、自分の直感が正しかったことが経験上わかってきたので、そこから自分の直感を信じるようになりました。
青木:僕の場合は「人を信じていない」という見方をしています。これは人を疑うという意味ではなく、そもそも人は不完全だという前提があるからこそ、常に疑っていくというか、「本当にこれでいいのか?大丈夫か?」を念頭に置きながら、PMとして振る舞うことを意識しています。
橋本:人はそれぞれ別のことを考えて生きているので、プロジェクトをまとめていくこと自体、結構大変なことなわけなんですよ。なので常日頃から、考えていることがズレていないかチェックするのは大事な作業になる。
──PMの採用面談やメンバーのアサイン時の人選について、何か見極めのポイントはありますか?
青木:途中からプロジェクトにジョインいただく際に見ているのは、「ここだけは守ってほしい」というのを面談時にヒアリングしています。論点がズレることなく、会話のキャッチボールができるか。また、他人のせいにしてしまうような他責思考を持っていないかなどはチェックしていますね。そのほか、誠実さやストレス耐性なども見るようにしています。相性が合うのと、実際に仕事をするのは、分けて考えた方がいいかもしれません。
橋本:面談で必ず聞くのは「実際にその人自身が手を動かして、何をやってきたか」ということですね。なかには、“名ばかりPM”と言われるような業務しか経験がない人もいるので。加えて、「一番しんどかったプロジェクト」の経験談も確認するようにしています。成功談は誰でも事前に準備して簡単に言える一方で、プロジェクトの辛さやどう乗り越えたかをリアルに語るのは結構難しいんですよ。とは言っても、面談だけで判断するのは限界もあるので、お試し期間(テストプロジェクト)を導入したりとして、素養を確かめるのもひとつの手だと思います。
仕事以外で無心になれる習慣を作り、メンタルを保つことが大切
──橋本さんは、以前の著書に続いて新しく本を出版されると聞いています。
橋本:そうなんですよ。著書『プロジェクトマネジメントの基本が全部わかる本』のシリーズ2作目となる『プロジェクトマネジメントの本物の実力がつく本』が10月19日から発売となるんですが、これが最近で一番大きなトピックでした。
例えば、toC向けの新規事業を立ち上げる際、どういうアプリやサービスになるかは、概して最初はわからないことが多いと思います。それを少しずつ形にしていき、ギリギリまで詰めていって最後にアプリやWebサービスとしての成果物になるわけですけど、まさに本を作るのも一緒だなと感じていて。ずっと文章を書いていると、ふと「本当にこれで本になるのか」と思うときもあったんです。
今回の本には、普段のプロジェクトでは言えないことも盛り込んでいて、自分がリアルに考えていることや工夫していることを随所に記載しています。プロジェクトに即したチーム組成の仕方や、PMのキャリア設計、コミュニケーションや交渉で必要なことなど、現場で活用できるような内容が中心となっています。
PMのキャリアについては、僕らの世代って、いわゆるPMが日本で浸透し始めた第1、2世代くらいだと思うんですよ。みんな整備されていない“獣道”を歩んできたわけで。今はようやく、Sun*のようにPMを育成していこうとする企業も出てきたんですが、要は獣道の舗装をしていくフェーズに差し掛かっていると考えています。
本の中でも触れていますが、PMという職種は夢があって、ハイキャリアになればなるほど、収入も安定して充実した生活を送れるようになるでしょう。ただし、一人前のPMになるまでの修行期間が長く、そこを耐えられるかがキャリアを形成していく上で大事になります。
青木:PMは座学で覚えることもありますが、実践の中で学ぶことが多いですよね。とりわけ、メンタルの部分は非常に大事だと思っています。クライアントを不安にさせないことはもちろん、逆に自分自身も不安にならないようにやる気や気持ちをコントロールすることも、PMの特性として身につけておくべきことだと考えています。
橋本:最近見かけたニュースでは、「テトリスをやるとトラウマが解消される」という研究があるみたいで。しんどいプロジェクトが終わった後にテトリスのようなパズルゲームをやったりして、メンタルのコントロールをする人もいるみたいです。
青木:なるほど。自分も思い当たる節がありまして、寝る前に何も深く考えなくてよい数独をやっています。頭の中というか心というか空っぽにしてリセットするみたいな感じです。
橋本:PMのキャリアが長い人は、割とそういう行動習慣がありますよね。人によっては無心に野菜を切ることだったり、パズルを解いたり、パチンコを打ったり。仕事以外の時間でストレスの解消を行うことが、最大限のパフォーマンスを出す上で大事になってくるでしょう。
下田:筋トレや格闘技、サウナなんかもいいかもしれません。頭をリセットし、リラックスすることが大切ですよね。
橋本:途中で挫折してしまう人を見ていると、ストレスコントロールが得意でなかったりするので、ストレスマネジメントはPMをやっていくための生命線になるのではと考えています。
下田:逃げ道を用意しておくのは、PMを続けていく上でポイントになりそうです。無理だなと思っても、自分では気づけないので、周囲に気づける人がいてほしいというか、定期的にそういう人とコミュニケーションできる機会を設けておいた方がいいかもしれません。「あなた、最近おかしいよ」と言ってくれる、親しい関係性を日毎から作っておくことが重要になるでしょう。
青木:完璧主義で、何でもきっちりこなそうとする性格の人は、ストレスから抜けられなくなることが多いですよね。繰り返しになりますが、自分の中で「完璧はない」と捉えているので、どこかでミスしても仕方ないという“抜く”ところがあれば、マインドを保っていけると思っています。
ーーーありがとうございました。プロジェクトマネージャーだけでなく、どんな社会生活にも必要なコミュニケーションについてや、メンタルヘルスケアについても伺うことができ大変有意義な時間になりました。次回は12月ですね。引き続きよろしくお願いします。