私の職場は異世界です その1
階段を上ると、少し大袈裟すぎる金属製の階段ガードの鍵をガチャガチャと音をたてて開ける。もちろんすぐに鍵をかける。
「どこに行ってたの?」
不思議そうな顔で聞いてくる彼女。フジキさんだ。
「おはようございます。今来ました」
「あーら、おはよう。今日も仕事?」
「そうですね、仕事です」
「あーら大変ね、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
って、職場はここなんだけど。そんなことはお構い無しなフジキさんはにこやかに手を振りながらふらふらと自室に帰っていった。
同じ言語を話していても、どこか噛み合わない。
そして、不安そうな顔した別の彼女がやってくる。マツモトさんだ。
私は何を言われるか分かっているのだ。
「お金が、無いの」
「8万円ですか?」
「そう、8万円」
「ここはお金使わないからって息子さんが預かっていきましたよ」
「えぇ、息子って」
「ヒロシさんですね」
「あら、ヒロシが。あぁそうだったわ。思い出したありがとう。」
そして、この話をきっと今日も何度も繰り返すと思う。
お気づきかと思うが、私は介護職員だ。
介護なんて出来ないだろうと家族に言われ続け、大好きだった祖母の介護にも携われずにいた私だったが、ふとママ友の「デイサービスなんて幼稚園みたいなもんだから❗」という話を鵜呑みにして無資格未経験でデイサービスに就職した。子どもが小さかったし、最初は入浴業務の短時間から。
私が仕事にのめり込むまでに時間はかからなかった。だからこそもっと働きたいと思ったし、短時間パートからフルタイムになり、初任者研修を受け、実務者研修を経て介護福祉士の資格も取った。
それまでに何度も挫けて休憩室で泣きながら介助員のおばちゃまたちに慰めてもらったものだ。
それでも続けていることに周りも自分自身もビックリだった。
そんなデイ育ちの私が入所施設に異動になった。
お金を稼がなきゃ行けないってこともあるし、どうしてももう頑張れないレベルまで病んでしまっていた。仕事が好きなはずなのに、働いていると涙が勝手に流れるようになっていた。笑顔を見せなきゃ行けないのに、笑えなくなっていた。
7年慣れ親しんだデイと離れるのはめっちゃ勇気のいることだったけど、異動してすぐに気付いた。
私、介護の仕事が好きなんだな。
そんな、私の介護話です。
※実話を元にしますが名前は仮名で少し創作も入っています。