取捨選択
限りある人生の中、
限りない取捨選択が待ち受ける。
人生は有限だ。
なのに、いつまで続くかわからない無限を秘めている。
この世界は存在するかしないか。
ただそれだけの世界。
そんな単純な世界なのに、なぜか複雑化されていく。
分かりにくく創られていく。
人間社会は、理不尽を溜め込んでいく。
感情を抑えなければいけない人が生まれ続ける。
これは社会の縮図。
当たり前に認めなければならない理不尽というもの。
だから。
だから、私は生きやすいように、私の価値観を明白化することにした。
選択、考え方の断捨離を行うことにした。
「誰かを傷付けること」と「傷つけられること」
傷つくことも、傷つけられることも私は嫌う。
けれど、私はどちらかと言えば傷つく方がマシだと思える。
だから、私は後者を選ぶ。
「文句を言うこと」と「改善しようとすること」
文句を垂れるだけなら誰でもできる。
そこに成長の見込みはない。次への一歩はない。
だから、私は後者を選ぼう。
「好きなこと」と「嫌なこと」
好き勝手に自由に生きたい。
けれど、生きるためには時間を差し出さなければならない。
だから、私は両者を選ぶ。捨てられない。
「支配すること」と「支配されること」
誰かに制限されることも、誰かを制限することも嫌だ。
けれど、この世界はどちらも持ち合わせていなければ生きていけない。
だから、私は両者を残す。
「悲しいこと」と「辛いこと」
これはどっちも大切に胸の中へ。
なぜなら、悲しくても辛くても、それは私のものだから。
それは私だけのものだから。
際限なく続く取捨選択……。
果ての見えない選択の数々……。
あとはどれを残そうか。
楽しいこと、辛いこと、幸せ、不幸、人情……
切り捨てれば楽になるもの。
切り捨てれば空虚になるもの。
果たして、本当に要らないものとはなんだろう。
そんな中で、ふと一つの選択肢が思い浮かんだ。
「独りで生きていく」という究極の選択。
誰にも迷惑をかけないようで、誰かに迷惑がかかる選択肢……。
これは、選べない……。
この世界は難しい……。
これからも、生きている限り続く人生の分かれ道。
限りある人生なのに、無数の選択肢が現れる。
だから、私は考える。
自分にとって大切なものを考える。
そうして私は選択する。
大切なもの、必要なものはちゃんと大事にとっておくのだ、と。
でも、けれど。
誰かを傷付ける、誰かの迷惑になるようなものはこの機会に捨てて行こう。
精神を、魂を身軽にして歩き出そう。
ポロポロと落ちていく選択肢。
ポタポタと落ちていく選択肢。
「泣く」という行為は、私の選択肢にはなかったもの。
自然と溢れだすもの。
自然とこぼれるもの。
ああ、この世界は結局、個人に選択肢を与えているように見せて、なにも与えていないんだ。
自分で決めたと思ってきた道は、すでに与えられた道。
選択肢という時点で、私の道などなかったのだ――――――