映写技師が夢だった
映写技師になるのが夢だった。幼い頃、映画館で後ろを振り返ると、壁の小さな窓から光の筋が刺しこんでいた。「あの向こうで映写技師の人が機械を操作して映画を映しているんだよ」。父が教えてくれた。ぼくは、上映中に何度も振り返り、窓の向こうでじっと黙ってスクリーンを見つめている映写技師の姿を想像していた。いつの日か、あの窓の向こうに行ってみたいと夢見ていた。時がたち、大人になり、やりたくもない仕事に埋もれてそんな夢はいつしか消えてなくなった。時折映画館には足を運んだが、後ろを振り返ることもなくなった。いつの間にかデジタル上映が普通になり、たとえ振り返ってみたところで、壁の向こうにはただ機械があるだけで、映写技師などいなかったのだ。消えた映写技師たちがどこに行ってしまったのか、ぼくは知らなかったし、知ろうともしなかった。
ある日、図書館でぼくは一枚のビラを見つけた。「16㎜映写機操作技術講習会」の参加者募集だった。無料だったし、予定もなかったので、何の気なしに応募した。
講習会の当日、駅から会場に向かっていると、電柱の陰から誰かが現れた。驚きのあまり息をのんだ。彼は若い日のぼくに瓜二つだった。
「どこに行くのですか」
彼は、ぼくにそう訊ねた。ぼくはありのままを答えた。
「だめです」
彼は、そう言ってぼくの行く手をはばむかのように前に立ちふさがった。
「何をするんだ、どいてくれ」
「あなたは、若いころ、映写技師になる夢を持っていながら、何をするでもなく、その夢を捨てた。そんなあなたに映写機を触る資格はない」
そう言って若い頃のぼくは、ぼくの胸を突き飛ばした。
「参加する資格があるのは、あなたではなく、ぼくです」
そして、ぼくのカバンから講習会の受講票を引っ張り出して奪い取り、走り去った。
ぼくは、彼の後を追いかけて会場に入った。
「受講票を忘れてしまった」
そう受付に説明して名前を告げると、
「その方はもう来られていますけど」
会場をのぞくと、若い頃のぼくが、席についていた。
「おい!」
叫ぶと、ぼくが振り向いた。そのふたつの目から強烈な光が放たれた。映画館の小さな窓から射していた光のような、まっすぐな光がぼくの目を射た。激痛が目に走り、ぼくは両目を押さえてうずくまった。
「映写技師の夢を捨てたお前には、もはや映画を観る資格もない。お前は永遠に闇の中をさまようのだ。お前の映画館はもう閉館だ。もう二度と何も上映されないまま朽ち果てて行くのだ」
痛みに耐え、何とか目を開いたが、目の前は暗闇のままだった。ただ若き日のぼくの嘲けるような笑い声が聞こえるだけだった。
(了)