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あれの完成

理屈じゃないんだよ。そう言い捨ててあいつは出て行った。理屈じゃない、そんなことくらいおれにだってわかっている。じゃあどうすればいいんだよ。おれたちの「あれ」を完成させるためには何が必要なんだ、一体何が足りないんだ教えてくれよ。しばらくぼんやりと「あれ」を眺め、作業を再開しようとしたが、とてつもなく、むちゃくちゃに、やる気がなくなった。本当に、それくらいやる気がなくなったのは生まれて初めてというくらい、殺人的なやる気のなさだった。腹が減っていたが何か食うのも面倒くさいくらいのやる気のなさだった。しかたなく、冷蔵庫からビールを出して、飲み始めた。

考えてみれば、今日はほとんど作業が進んでいない。あいつと議論ばかりしていたのだ。なので「あれ」はほとんど昨日のままの状態だった。あいつは、「あれ」を完全な形にするためには何かが足りないのだと言っていた。
「何が足りないのか、お前も少しは考えろよ」
そう言われても、おれはこの「あれ」に何かが足りないとはそもそも思わないので考えようもない。そのまま答えると、あいつはお前は怠慢だとおれをののしった。
「そんなことだからいつまでたっても一人前になれないんだ」
朝から同じ議論の繰り返しで夜になり、たまりかねたおれが、
「じゃあ何をどうすればいいのか論理的に説明しろ」
とつめよると、あいつは、理屈じゃない、の捨て台詞を残して飛び出して行ったのだ。

ビールを数本のんで眠くなり、うとうとしていたら、ドアが勢いよく開いて、
「あれを完璧にする方法がわかったぞ」
あいつが絶叫しながら飛び込んできた。
「どんな方法だ」
「そうだよ、理屈じゃないんだよ。足りないのはもっと肉体的なことだ」
「肉体?」
「そうだよ」
「何だ肉体って」
「だから、たとえば、踊りだよ」
「踊り?」
 あいつは、うなづいて、何か手足を変なふうに動かした。猿が手品の練習をしているみたいだった。
「何、それ?」
「だから、おれにもわからないよ、お前もとにかく何かやってみろよ」
「何かって?」
「だから肉体だよ」
 またあいつはくねくねした。しかたなくおれもでたらめに手足を動かしてみた。すると、脳の今まで使っていなかった部分にぽっと火が灯るような感覚があった。おっ、と思い、さらに違う風に動かしてみる。その感覚はどんどん高まった。
「いいじゃないか、これ」
「そうだろ」
 あいつの顔は真っ赤にほてっていた。
「こいつはすごいな」
 おれとあいつはひたすらに踊り続けた。
この調子だと、近日中に「あれ」は完成するに違いない。

(了)

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