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新元号「令和」が生まれるまで。大伴旅人のこころの旅路 ~パート⓵
はじめて聴講した高岡市万葉歴史館の館長講座『「日めくり万葉集」を読む』。
4月12日のその日のお題は『万葉集と新元号「令和」』。けっして古文が得意だったわけでもないが、いわゆるミーハー心がうづき、81回目となるこの講座ではどのように解説されるのかが気になって参加した。
坂本信幸館長「『日めくり万葉集』を読む」第一回
— 家持くん@高岡市万葉歴史館(公式) (@manreki) April 12, 2019
万葉集と新元号「令和」 実況
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「梅花の歌三十二首」の序にみられる漢文学の影響
「令和」のもととなった「初春令月 気淑風和」は、万葉集におさめられている「梅花の歌三十二首」の序文にある。それは朝廷の出先機関「大宰府」の長官である大伴旅人が開いた宴の様子を記したもので、大伴旅人が中心となって作られたといわれる。
ときは旧正月、2月の太宰府。中国から伝わってきた珍しい白梅が咲く季節。
初春令月 気淑風和
「時に初春の令月にして、気淑(よ)く風和らぐ」
⇨「折しも、初春の正月の佳い月で、気は良く風は穏やかである」
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このあとに、梅の花、樹々、山、空、鳥や蝶など、旅人邸から眺める自然の素晴らしさが、これでもかというほど雅に表現される。
そうしてこの風流を愛する気持ちを語り尽くすために、庭の梅を題材に短歌をつくって披露しあったのが「梅花歌三十二首」というわけだ。
この序文は、漢文の文体である四六体(四字と六字から成る対句を多用)で、リズムのある美しい、ととのった文章になっている。
これは、「王羲之(おうぎし)」という中国の名高い書家の「蘭亭集序」の構造と同じだと文学者たちも指摘しているそうだ。
王羲之が「蘭亭」に総勢42名を招き、そのときに創作された詩27編をおさめたものが「蘭亭集」であり、その序文として王が書いたものが「蘭亭序」だ。
「蘭亭序」と「梅花の序」は文体の構造が似ているだけでなく、その宴の様子も似ている。(⇒「曲水の宴」)
また、当時の教養書であった中国の詩文選集「文選(もんぜん)」のなかの「帰田賦(きでんふ)」とも、春の情景描写の入り方が酷似する。
仲春令月 時和気清
「仲春令月、時和し気清し」
⇨「仲春の佳い時節ともなれば、気候は穏やか、大気は清々しい」
この相似関係は、たんなる偶然ではなく、当時の教養人がこういった漢文学に精通していたからで、その影響が万葉集からもみてとれるというのだ。
「仲春令月」の「令月」については、文選での注釈によると、
「令は善なり」
と記されており、「令和」の「令」が、「命令」や「律令」というイメージを持つのは、古典を知らないわたしたちの現代的な感覚のようだ。
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「蘭亭序」や「帰田賦」の影響がみられる「梅花歌三十二首」の序文だが、「令和」の語句以外にももその影響が表れているというのだ。
「梅花歌三十二首」の序文では、宴会の風景につぎ、そこに集った32人の心持ちも表現されている。
淡然自放 快然自足
「淡然(たんぜん)に自ら放(ゆる)し、快然(くわいぜん)に自ら足りぬ」
⇒「さっぱりとして各自気楽に振る舞い、愉快になって各自満ち足りた思いでいる」
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「蘭亭序」にも、「快然自足」(愉快になって各自満ち足りている)の語があり、「帰田賦」でも「聊以娯情」(いささかなりとも我が心を楽しませる)と書かれている。
「蘭亭序」「帰田賦」「梅花歌三十二首の序」の三つには、「令和」以外にも「楽しむ」という共通のキーワードがあるのだ。
じつは、ここからが大伴旅人の心象風景への入り口であり、「令和」に隠された意味を探る、本講座のもっとも「楽しい」ところになる。
-パート②へ続く。