![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/127209302/rectangle_large_type_2_ebb34f7752e42a828feadb2d1cf463c9.png?width=1200)
【CHANTEL】(フィクション>短編)
§1:発端
シャンテルが見つかったのは、小さなガソリンスタンドのトイレ施設の横の小路だった。動物愛護の横山担当官がシャンテルを捕まえた、と言うより抱き上げた。シャンテルはタバコを吸いながら自分を抱き上げた横山の腕の中で、溶けた様に眠った。
「大きな仔猫が見つかったって話、お前、知ってっか。アレさ、お前、飼うか?NPOの大久保さんが気味悪がって引取らねぇの」
動物愛護協会の理事を町内でしている斎藤が煙草と缶詰などを買いにスタンドの店内に寄った時、アルバイトをしていた、次女の美代子に尋ねた。斎藤美代子は嶋たばこ店のガススタンドでアルバイトをしながら、父、斎藤が運営する動物愛護協会の野良猫預かり所窓口でボランティアしていた。
「成猫になった仔?何だっけ…、今朝、引き取りした仔だよね?あ、シャンテル、だったっけ」
「名前まで知らねぇけどさ。ありゃあ、かなりでっけぇぞ」
斎藤が両手で大きさを表現した具合では、異常な程、大きい様子だった。
ソレを見て、美代子はプッと噴出して笑った。
「そんな大きい猫居ないって、それじゃライオンだわ。やだ~、お父さん」
美代子は斎藤と大笑いした。
レジ内でしゃがんで納品された煙草の箱を数えていた林琉津が作業を終えて立ち上がって会話に加わった。琉津は美代子の親友で、ボランティアもやっていた。
「わかんないよ~、黒豹かも知れないよ」
美代子の店番の相棒をしていた、琉津が笑って言った。
「まさかぁ」
美代子が琉津を見て笑った。日本には、天然の黒豹は存在しない。
斎藤は、頭を振って、微笑みながら、買ったばかりの煙草の箱を開けて一本取り出した。琉津がレジを終えた商品を袋に入れていた。
「ウチにはデッカい犬猫ばかりいるからな、あいつなら乱暴されても腰抜けねぇぞ」
「…大体、シャンテルってどうして名付けられたの?メス?」
美代子が店内のモップとバケツを持ってきて、レジの前あたりから床にモップを架け始めていた。
琉津が斎藤に
「斎藤のオジサン、煙草の火は外でね」、
と言いながら、斎藤の他の購入品をバッグに入れて斎藤に渡した。
斎藤は頷きつつ、左耳の後ろにその一本を指し、にこやかに袋を受け取って、謂った。
「今朝、横山があの大山猫を捕まえた時に、持ってたライターがバーシャンテルのライター、ってワケさ」
「横山さんって、あの格好好い兄ちゃんだよね?」
明るく笑う琉津が美代子に訊いた。
美代子が笑って、頷いた。
「そうそう。」
琉津がきゃあきゃあ騒ぎ始めた所で、ニヤニヤしつつ斎藤が店のドアを開けて、
「琉津ちゃんがデートしたいって言ってたって、横山に伝えとくよ」
と言って、キャーと騒ぐ琉津に大笑いする美代子に手を振り、店を出て行った。
処置室には横山の机があり、その隣に大きな檻があり、檻の中にシャンテルは眠っていた。ゴロゴロ言う声が野生的な野獣声で、横山は横目でそれを見ながら、にっこりした。
何故か横山の腕の中に蕩ける様にゆっくり目をつぶったこの大きな仔猫は、横山にずっしり凭れて、この部屋にやってきた。通常、熊用の大きな檻は他の獣の臭いもあるし、普通の野良猫なら騒ぐところだが、このシャンテルは、横山のフランス煙草の香りがまだ強く残る処置室で、85㎝にもなるような体で、素直に仔熊用の籠に入って行った。
真っ黒で、よく見てみると、黒い斑点が地肌に見えていた。
―黒豹か…?
ふと気づくと、ゴロゴロ言う野獣の様な、大きな喉声が止んでいた。猫は目が覚めていたのか、こちらを静かに眺めていた。横山は瞬間、ドキッとしながら猫の目を見返した。
(つづく)