消化器系リンパ腫
或る早朝、突然猫が黒赤い物質を吐いた。
前日食べてたキャットフードと一緒に出て来たのは何かわからぬ黒くて赤いゼリー状のもの。厭ぁな勘がした。
このところ、猫のシル君は調子が悪く、便秘で苦労したり、吐き気が止まらずに元気がなくて点滴処置されたりすることが多かったからだ。老齢15歳とは言え、前の猫シルベスタ1世が18歳で死んだ時、確かに18は老齢だが、今のシル君が突然体重が劇的に減少し、食欲がないのは老齢のせいにするにはあまりに丸投げ的、と、医師にチェックを依頼した。その日の獣医代金、凄く高かったけれど、そんな事は不満にならなかった。
その日は仕事があったので仕事に行き、次の日に上長から許可を得て、有給半休させて貰い、獣医のところへ連れて行った。
知らぬ間に1.5㎏痩せこけており、貧血症状が発出。だが、貧血症状と血液検査以外異常がなく、怪訝に感じた医師が全調査を私の許可のもと、開始した。
シル君の主治医は、目がウルウルしていた。今まで、赤ちゃんの頃から世話していたシル君の一番必要だった診断が出来ていなかった事を詫び、また、猫を不憫に思って涙が自然に出たのだろう。
検査の途中だけでも、ウチの子は注射の針や、薬の注入に声を上げた。
筋肉などなくなり、骨と皮だけに痩せちゃった猫には全てがつらい。
便秘で騒ぎになった頃から、目に余る痩せっぷりで、動物病院の主治医のところへ嘔吐を含めて訪ねて行ったけれど、「癌」とは考えていなかった。
だから、ショックだった。が、涙は出なかった。ウチの子は若くはない。不憫だが、死ぬことはすでに分かっている年齢だからだ。
猫の寿命は大体、部屋猫で宅内側にずっといた飼い猫であろうと、せいぜい15年だろう、とシル君猫の主治医が教えてくれていたからだ。当時は漏水ではないかと疑っていたのだが、今回の検査後、医師の考えは多少変わった。だが、穏やかな猫生を過ごさせたい気持ちは、主治医も私も変わらなかった。
前のシルビー1世は、やはりオス猫で黒白のハチだが、生まれつきアメリカの雑種猫で、在米中にアメリカの友人から貰い受けた。
だから、レスキューとは言い難い。健康でサイズもデカいし、犬も怖がるようなサイズで、歯だって死ぬまであったし、度胸の据わった猫の親分だった。日本に連れて帰ってきてすぐに頑固な亡父の心を独り占めして、沢山、魚料理をほおばったものだ。今のシル君は、レスキュー猫なので、亡父の荒っぽいところに良く震えて怖がったものだ。
今の猫を貰ったのは、2007年11月。目黒の在日韓国人の老婦人が孤独死した際に、彼女の宅内にいた、48匹の第一雌猫のお腹にいた猫で、ボス猫の直系だった。だが、精神面が弱くていつも他の猫からいじめられていたそうで、父猫の「大仏親分」なる名前を付けられた大親分の猫から、それは大切に守られていた。縁あって、その2年前に前猫を亡くした私に声が懸って、動物愛護協会から仔猫一匹譲渡を受けた猫だ。
父猫はたくましい親分猫で、怖い顔をしていた。だが、穏やかで「男気」がある、18㎏の巨大猫だった。まるで任侠の世界のようで、下にアオと言う名前のグレーの大猫8㎏と、大ブチ猫のアカなる名前の8㎏の手下猫を抱え、当時48匹(仔猫等が生まれて後に56匹)の雄雌を抱えて大所帯を繰り広げていた。
死んだ奥さんの親戚が一切名乗らなかったので、目黒区の動物愛護センターが周囲の愛護センターのボランティアに猫を預けて譲渡先を探し、目黒区の方で彼女の住んでいた家屋を破壊した。
シル君猫は栄養をきちんと取らずに生まれてきたおかげで、生後3か月なのにもかかわらず、体重は非常に軽く、獣医を心配させた。
6歳当時に、食欲や運動量は良かったのにもかかわらず、歯が全て老猫の様に抜けてしまい、主治医を驚かせた。大きな上あごの牙は、2本共に10代超えたころには根っこから抜けた。
こんな経験のせいか、窓を開けて網戸だけにしていると、当時我が家の窓辺に立ち寄る、険しい顔した野良猫達に親しげに振舞い、猫同士のルールには長けていた。奴らの友達になって貰って、マミィのCHACHAが友達猫を選んで一緒にテラスで遊んばせた。一人っ子はつらかったろう。
群れを成して動いていた野良君達に今一つ溶け込めなくなったのは最近だ。病の始まった頃だろう。私はシル君が老齢の為に認知気味なのかと思っていたが、獣医は、
「精神的に疾患は認められません。利口だし、頭もよいですよ(笑)」
と言ってくれた。
15歳の猫は、大体、70代後半から80代後半の人間年齢と言われる。ウチのは、レスキューで且つ健康度が低めの状態だったので、現在の年齢は88歳、と獣医が言った。
穏やかな暮らしの中で自然に生命の灯が消えていく方を選んでやった。
今まで、嘔吐や便秘や苦しみが多くて、見ていて可哀そうでならなかったので、これからは静かに見送ることになろう。
毎日祈る神への祈りに、MERCY(マーシィ:神のお慈悲)と言う言葉が加わった。猫がいよいよ死ぬ時には、神の慈悲により、死が「七転八倒の苦しみの末」にならぬ様に、穏やかにシル君が私と余生を暮らして、最期の時には神が自ら穏やかに連れて行ってください、と頼んだ。でも、その時は、私が傍に居れるように、と。
最後の最期まで、まだ一緒にいたいから、と。