3歳以前の記憶のゆくえ

私たちは、一般的に3歳以前に起きた事柄について思い出すことができない。この幼児期健忘と呼ばれる現象には「思い出すこと」と「忘れる」ことについての私たちの脳の発達の仕組みが関連している。

海馬の発達

私たちの記憶に関わる脳部位は海馬である。海馬は、外界からの新しい情報を一定期間蓄え、必要な情報のみを増強して脳の他の部位に送って長期記憶
へと変える役割を果たしている。この海馬の中でも信号の入り口部分にあたる歯状回と呼ばれる部位は、生まれたときには未完成の状態で、生まれてから2~3歳頃までに完全な形になることがわかっている。そのため2~3歳
までは海馬が未発達で、記憶システムが完全には機能していないということになる。

歯状回では、海馬の中で唯一生涯にわたって新しい神経細胞が生まれており(神経新生)、このことが新しい記憶の形成に重要な役割を果たしていることが知られている。その一方で、神経新生によって神経細胞の死ぬスピード
もとても速く、細胞の入れ替わりが激しい。そのため神経新生が起こると既存の神経回路に再編が生じ、それまでの海馬の神経回路に蓄えられていた記憶は回路の再編に伴って忘却されてしまうと考えられている。

言語の役割

 それでは、3歳より前の記憶は存在しないのだろうか?
これまでの研究結果から、赤ちゃんであっても、非言語的な手がかりを定期的に与えられていれば、その手がかりについてある程度の期間、記憶し続けられることが示されており、1歳で8週間、2歳で12週間ほど記憶を保持できる(一度見たり経験したりしたものを思い出せる)という。

それでも幼児期健忘という現象が現れるのは、長く時間が空いた後の検索には記銘(記憶する)と検索(思い出す)の間の関連づけが重要となるが、非言語的な手がかりやその他の文脈変化を言語化することができない赤ちゃんにとっては、一度記憶した出来事をその後の生活の中で思い出すことが難しいと考えられる。
さらに、記憶から文脈情報が抜け落ちてしまっていると、実際には覚えていても、後にそれが正確にいつ、どこで起こった出来事かということを結び付けて特定できなくなってしまうことも理由として挙げられる。


 心理学ビジュアル百科 抜粋

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