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おもいでばなし

クリスマス近くになると思い出す話。

今は昔、学生時代。

なんとなく好きな女性がいました。
いわゆる、趣味が合う、みたいな間柄。

好きなんだけど、それを言語化できない間柄。

そんな彼女から、お誘いがあった。

「12月22日にチャップリンの映画が新宿でやってるから観に行こう」

正直、嬉しかったし、ドキッとした。
でも、冷静に、「そんなニッチな誘いを受けるのはぼくだけだろう」とも思った。

なにせチャップリンである。
セリフはない。

そして絶妙にクリスマスから外れている。

まあ、チャップリンも興味はある。
誘いを受けた。

チャップリンの映画は、知ってはいたが面白かった。
アートである。
ただ、これもわかっていたことだが、二人の関係にこれと言った変化もなかった。

映画が終わった。現実にかえる。
まだ3時過ぎぐらいだったように思う。


彼女の実家も、自分の一人暮らしの家も遠くないということで、昭和記念公園に移動することになった。 


クリスマス当日ではないが、クリスマス時期ではある。公園はイルミネーションで華やぐ。

立川駅はクリスマス商戦でごった返している。忘年会の人たちもいるだろう。
ふと、彼女がぼくのコートの肘あたりをつまんだ。
離れないように。

誘いを受けたときのドキドキが、少しだけ確信めいたものに変わっていく感覚。

そのまま、昭和記念公園を入り、イルミネーションを見た。どんなイルミネーションだったか、もう覚えてはいない。

公園の端まできて、少し休憩する。
本当になんてことない話をした。
ポワトリンとか、ミンキーモモとか、昔の美少女戦士の話。イルミネーションには不釣り合いだけど、ぼくらには合っている気もした。


ひとしきり話を終えて、歩きだそうとしたとき、

「そろそろ手をつなぎませんか?」

と彼女が言った。


そうか、彼女もぼくのことを好きだったのか、と今更ながらに思って、手を握った。

モノクロ映画に色彩がみえてくる感覚。



そして、その数日後、向こうから一方的に別れようと言われた。

チャップリンに誘うような人だから、そんな気まぐれなこともあるだろう、と今なら思う。

そのときの自分は若かったので、とても苦しかったけれど。

もう10年以上前の話。
今となってはもうおとぎ話のような話。


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