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極悪女王とタカラヅカ的な何か。長与千種は偉人だ、という話もするよ!

ようやくNetflixの極悪女王を見たので、たまには流行り物の話をしようと思います。ここ2カ月ぐらいAmazon Prime VideoのグランドツアーにかまけていたのでNetflixのアプリも開いてなかったからな。もちろんその間サブスク料金は払っていた。養分ご苦労である!
世評通り役者は皆素晴らしいです。高い評価を得ている長与千種役の唐田えりか、ライオネス飛鳥役の剛力彩芽の2人は勿論、演技経験が浅く不安視されていた主演・ダンプ松本役のゆりやんレトリィバァもダンプと化してからの迫力は見事です。
あまり馴染みのない役者さんでもジャッキー佐藤役・鴨志田媛夢の孤高の美しさ、大森ゆかり役・隅田杏花とデビル雅美役・根矢涼香の再現力の高さには唸らされました。特に大森ゆかりなんて、あ、そういやあいつこういうキャラだったわ、とまざまざと思い出しちゃったもんよ。
日本の映画やドラマが不得手と言われる絵作りもハイレベルで、プロレスシーンも実に迫力ある仕上がりになっています。脚本もテンポよく70〜80年代を再現する美術にも手抜かりはなく、良いことづくめのようです。
うんうん、それなら最高評価で良いよね、100点満点!
違います。到底100点は出せません。それどころかある意味致命的な欠陥があります。今日はその話をします。

2人揃ったらクラッシュギャルズに見えない?!

唐田えりかはまさしく長与千種そのものに見えるし、剛力彩芽はライオネス飛鳥を見事に再現しています。別々に見れば完璧です。
ところがこの2人が揃ったら、どうやってもクラッシュギャルズに見えないのです。えっ!
実在のライオネス飛鳥は身長170cm、長与千種は167cmです。演者の剛力彩芽は163cm、唐田えりかは167cmです。
剛力が小さいのが悪いんじゃないです。トム・クルーズや木村拓哉も小さい人たちなのです。しかしトム・クルーズや木村拓哉の主演映画やドラマでは、彼らは長身に見えるように撮影されます。

『極悪女王』(Netflix, 2024)

で、このドラマの制作陣(総監督は白石和彌だが企画・脚本・プロデュースの鈴木おさむのほうがショーランナーじゃないかとも思いますが)、彼らの問題点は、飛鳥=剛力がトム・クルーズやキムタク側なんだからそっちが長身に見えるように撮影しなければならない、ということをわかっていないことなのです。長与=唐田はキャメロン・ディアスや綾瀬はるかなんだよ!
鈴木は1972年、白石は1974年の生まれです。Netflix側から出ているエグゼクティブプロデューサーの年齢はわかりませんが共同脚本の池上純哉は1970年生まれです。
1970年代前半生まれの男、というものすごく狭いカテゴリの人たちだけが主体となって女のドラマ、それも一世代上の女のドラマを作った。それがものすごいズレとなって表面をひび割れさせたのがこのドラマです。いま絶賛評だらけでこんなことまだ誰も書いてないと思うけどいまから書くからな。

'男装の麗人' オスカルは過酷な人生を背負う

男装の麗人、という言葉は1930年代に川島芳子に向けられたものが最初だとしても、かなり古いものです。同時期に松竹歌劇団(当時は東京松竹楽劇部)の大スターだった水の江瀧子
が男性様に断髪し、同じく男装の麗人と呼ばれました。概念自体は1000年前のとりかへばや物語からあります。
ポップカルチャーにおける嚆矢がリボンの騎士 (1953-1956) でいいのかどうかはわかりません。吉屋信子あたりの時代の少女小説に何かあるような気がしないでもないですが少女小説のことはよく知りません。どっちみちベルサイユのばら (1972-1973) まで目立った動きはないのでよいです。

オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェはベルサイユのばらの主人公の一人であり、日本で最も有名な男装の麗人キャラです。幼少時から男として育てられ、近衛連隊長としてマリー・アントワネットに仕えますが民衆の苦しい生活を知り革命に傾倒し、民衆側としてバスティーユ襲撃に参戦して戦死します。
オスカルは70年代の少女たちに熱狂的に支持されたキャラですが、その人生のタイムラインがとてもじゃないが自己投影できるようなものじゃないことに注目してください。こんな人生を背負うことは現代の女性でも、ていうか大多数の男性でも無理です。
少女たちはオスカルになりたかったわけではなく、憧憬を抱きながら傍で支えたかっただけなのです。少女たちの自己投影先は、せいぜいオスカルを慕いつづける庶民の娘のロザリーです。
このベルばらが宝塚歌劇のキラーコンテンツになった理由も明白です。宝塚では男役がトップスターであり、娘役トップはあくまでも男役トップスターを支えるものです。そのままオスカルとそのファンの構図にスライドします。
しかしその構図に風穴を開ける存在が登場します。それがビューティペアでした。

美しき '理想のカップル' ビューティペア

ビューティペアの結成は1976年。当初は注目を集める存在ではなかったと言いますが、全日本女子プロレスの先代のエースだったマッハ文朱には見向きもしなかった若年女性層が、ある日突然飛びつきます。本当にある日突然だったようです。
ジャッキー佐藤は173cmの長身で少女漫画から飛び出してきたような美しい男装の麗人風、マキ上田は168cmでウェーブのかかった豊かな長髪の素敵な女性です。まさしく宝塚の男役トップスターと娘役トップのような、素敵なカップルです。
殊に当時のジャッキー佐藤はいまの基準で見ても少女漫画の王子様のような綺麗な人でしたから、オスカルを戦死で失って悲嘆にくれていた若年女性が一斉に飛びついたのも頷けます。
しかし焦点はジャッキー佐藤ではありません。マキ上田のほうです。
マキ上田は女性らしい容姿、女性らしいキャラクターの人です。しかし彼女はレスラーです。王子様と共に戦うパートナーです。庇護され従属する対象ではないのです。
少女ファンが飛びついた理由は明白です。ジャッキーにはなれなくてもマキにならなれる(かもしれない)。選ばれし王子様たるジャッキーと違って、マキは女性らしい女性です。自分に近しい存在です。マキに自己投影することで、理想の王子様であるジャッキーと共に戦えるのです!
ですから少女・松本香は 'ジャッキーさんと共に戦いたい' と願ったはずです。'ジャッキーさんみたいになりたい' と言うのなら、その前に毎日10kmのランニングを自分に課すべきなのです。
'ジャッキーさんみたいになりたい' と 'ジャッキーさんと共に戦いたい' の間には万光年の開きがあるのですが、ドラマ制作陣は混同しているようにも見えます。

『極悪女王』(Netflix, 2024)

ビューティペアの活動期間はわずか3年で終わりました。理想の素敵なカップルという彼女らのロールとは裏腹に、実生活では不仲であったことが解散の原因と伝えられます。マキに去られたジャッキーの人気が落ちるのは当然です。ファンたる少女たちは自己投影先を失って、どうすればよいのかわからなくなってしまったのですから。
少女文化(紛うことなく '70〜 '80年代の女子プロは少女文化でした)を語る上でこのロールという概念は超重要なのですが、70年代前半生まれの男性だらけで構成されるドラマ制作陣は、どうもそれをわかっていないように見受けられます。それが次いで登場するクラッシュギャルズの描き方に顕著に現れます。

'カワイイ' を目指す時代がクラッシュギャルズを選んだ

個人的な話をすると、私はクラッシュギャルズが好きではありませんでした。彼女らは2人とも、感情が、怯えが顔に目に出てしまう人たちなのです。恐怖とプレッシャーに押しつぶされながら戦っているのがありありとわかります。そんなレスラーは他にはいません。ジャガー横田もデビル雅美も、皆戦う者の顔をして戦っていました。彼女らも怖かったのかも知れませんが恐怖を表情に出すようなことはしません。大人だしプロだし。
しゃんとせんかい!とイライラしながら当時見ていたわけです。
しかし、彼女らが爆発的人気を得た理由もまたそこにあると考えます。
'70年代と '80年代は全く異なる時代です。トップアイドルは大人の落ち着きと色香の山口百恵から可愛いぶりっ子の松田聖子へと移行しました。主演の堀ちえみがとちりまくるドラマ・スチュワーデス物語 (1983-1984) は、とちる姿が可愛いと人気になりました。'70年代では考えられなかった方向での人気です。時代がカワイイの方向へと舵を切ったのが '80年代です。
ビューティペアが大人のカップルのロールだったのに対して、クラッシュギャルズは少年少女のカップルのロールでした。
ライオネス飛鳥はジャニーズの少年アイドルのような容姿、長与千種はどこにでもいるような可愛い少女の容姿です。この幼く弱々しい外観のカップルが手に手を取って荒海に漕ぎ出し、大人のレスラーたちと戦う、というのが彼女らのロールです。これがコドモ化する時代に適合しました。

『ダーティペア』別冊アニメディア(学研, 1986)

余談ですが、高千穂遙のダーティペアシリーズ (1979-2018) の主人公であるケイとユリの外観がクラッシュギャルズに似ているのは偶然なんでしょうか?シリーズ名はもちろんビューティペア由来であり、クラッシュギャルズよりもダーティペアのほうが先ですが。'80年代という時代に合わせて女性同士のカップルの男役側を少年アイドル的にすれば自動的にそうなるのかもしれません。

長与の下克上こそがクラッシュギャルズのダイナミズム

ここで話はドラマ極悪女王に戻ります。剛力と唐田が並んだら、
どっちが男役なんだかわからねぇ!!
いや唐田のほうがでかいし強そうだし。ドラマ制作陣はたぶんロールなんてことは考えたこともないんだろうと思うのです。あと後年の長与のイメージに引きずられちゃってると思うのよ。
1984年のクラッシュギャルズ結成当初、主体はあくまでも男役たる飛鳥側だったと思います。女役の長与は添え物。ところが途中から長与の人気実力が飛鳥を凌ぎ、なんと女役である長与がヒーローになってゆく。一連のコンテクストの中でクラッシュギャルズを描くダイナミズムてこの長与による下克上にあると思うのよ。
最初から長与のがでかくて強いのなら意味ねーじゃん!

長与千種は偉人である

ともかく長与千種は偉人です。少女が少女のままで強くなれる、ヒーローになれると証明してみせたのですから。
もはや少女たちは男装の麗人の取り巻きになる必要もなければ、男装の麗人を目指す必要もありません。そのまま強くなればいいだけです。
'70年代、万光年の彼方の美しいジャッキー佐藤に声援を送った少女たちは1985年、リングの上に '私' を見ます。長与は彼女たちの分身ですから、その声援は自分自身を奮い立たせるエールです。
クラッシュギャルズはその1985年に活動を停止しました。わずか1年足らずという驚くほど短い活動期間です。そんな短期間の間に弱々しい少女から全女最大のヒーローへと変貌を遂げた長与には驚くしかありません。

『極悪女王』(Netflix, 2024)

井田真木子がもし存命だったら、ドラマ極悪女王に合わせて長与の変貌の詳細を解説してくれたでしょう。彼女の代表作にして大宅賞受賞作・プロレス少女伝説 (1991) は名著なので未読の人は読むよーに。プヲタというわけでもない知的階級の女性ががっつり女子プロに関わった、長与らレスラーへの愛情に溢れた記録です。彼女の訃報を聞いた日から今日まで、今日ほど彼女の早逝を残念に思った日はないのです。
翌1986年、男女雇用機会均等法が施行されます。長与のおかげです(嘘)。いや世の中いろんなことが連動するもので、この年に第1回大会が行われた無差別の全日本女子柔道選手権大会でもスゴいことが起きてたので今回の記事に組み込もうかと思ってたのですが、それはまた別の機会に!

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