グランドツアーの批評の批評 #2 インデペンデント編
1986年創刊の新しいメディアながら英国を代表する高級紙になったのがインデペンデント (The Independent) です。現在はウェブ版のみの展開です。
中道左派で基本的にグランドツアーやトップギアのことが大嫌いです。嫌いすぎて時々マジで酷い記事を出していてびっくりします。
が、今回の記事はなかなか興味深いので見ていきましょう。評者はニック・ヒルトン (Nick Hilton) 氏。最終回のレーティングは☆3/5です。
インデペンデントの記事の要点は以下になります。
'グランドツアー' とは何だったのか?
良い指摘だと思うのでもうこの③だけでいいです。この話を集中的にします。
ちょっと長いけど引用します。Google翻訳の訳文を付けます。
文中のオペルカデットは、2007年、トップギアのボツワナスペシャル (Top Gear: Botswana Special) でリチャード・ハモンドが使用した車です。ハモンドはこのオペルを気に入って 'オリバー' と名付け、イギリス中西部ヘレフォードシャーの自宅まで持ち帰りました。
彼らの初めてのアフリカの旅だったボツワナスペシャルで立ち寄ったマカディカディ塩湖にある花崗岩の島・クブ島が、最終回の目的地になりました。
そもそも番組がグランドツアーと名付けられた理由は何だったのでしょうか。
グランドツアーの頭文字はGTでトップギアの頭文字TGの逆です。イタリア語ではグランツーリスモ (Gran Turismo) で、日本でもよく知られた自動車用語です。ジェレミー・クラークソンのお気に入りの車の一つであるフォードGTなど、車種名を思い起こす人も多いでしょう。ドライビングゲームの名前としても広く知られています。
略してGTならTGの逆だしちょうどいいんじゃね?ぐらいの軽い感じで決めてそう、というのは彼らに対する先入観でしょう。グランドツアーのS1エピソード3という早い段階で、彼らは古のグランドツアーとは一体どういうものだったのか、というのをきちんと再現して見せようとしていたのです。やってる人たちがやってる人たちだからそう見えなかっただけで。
古のグランドツアーは17世紀、イギリスの上流階級の子弟が個人で行う修学旅行として始まりました。成人になった記念、すなわち21歳の若者が行うものだったようです。文化と教養を学ぶ、という名目ですがいまどきの修学旅行とあまり変わらないようで、学術的なものではありません。家庭教師かガイドが付き添います。
この初期のグランドツアーで人気を集めた渡航先がイタリアでした。ローマで遺跡を見学し、フィレンツェのウフィツィ美術館で芸術に触れ、ヴェネツィアでゴンドラに揺られます。
S1エピソード3でクラークソンとジェームズ・メイは、この古のグランドツアーの跡を辿ります。アストンマーティンDB11とロールスロイスドーンという豪奢な英国車に乗り、ローマこそ省略しますが、シエナで17世紀に始まる競馬パリオ・ディ・シエナを観戦し、フィレンツェではウフィツィ美術館を訪れ、ヴェローナでオペラを楽しみ、最後にヴェネツィアに向かいます。かなり古のグランドツアーの再現度の高い行程です。
問題は彼ら2人がどう転んでも21歳には見えないこと(まるで付き添いの家庭教師2人です)、そして優雅さの欠片もないアメリカ車のダッジチャレンジャーに乗ったハモンドがトラック2台を引き連れて立ち塞がることです。
上流階級の旅に襲いかかるアメリカ娘
古のグランドツアーを再現してみましょう、という教養番組になるはずだったこの回は、ダッジチャレンジャーの登場で一気に昼メロ臭くなります。ダッジチャレンジャーはまるで、教養にも優雅さにも無縁な蓮っ葉なアメリカ娘です。その蓮っ葉なアメリカ娘が上流階級の前に立ちはだかるのです。
家庭教師2人に立ちはだかっても意味はないので、アストンマーティンとロールスロイスが上流階級の夫婦に見えてきます。
この3人で昼メロ展開はきついという人のためにキャスティングを考えました。上流階級の夫婦はレイフ・ファインズとクリスティン・スコット・トーマスということにします。共にイギリスが誇る名優です。クリスティン・スコット・トーマスはクラークソンの憧れの女性としてトップギアファンにはお馴染みです。
蓮っ葉なアメリカ娘は、トラック2台を引き連れていることに注目してください。彼女には教養も優雅さもなくとも、金と物資はあるのです。ここはパリス・ヒルトンでいきます。
さて、夫はムジェロサーキットでアメリカ娘に誘惑され、アバンチュールを楽しんでしまいます。即座に後悔し妻の元に逃げ帰る夫でしたが、アメリカ娘は執拗に追ってきます。恐怖を感じた夫婦は策略を企てます。その策略にまんまと嵌まってしまったアメリカ娘は、ヴィチェンツァのシニョーリ広場で群集に押し潰され、圧死してしまいます。安堵した夫婦はヴェネツィアでゴンドラを楽しみますが、地獄の底から甦ったアメリカ娘がパワーボートで襲撃します!ゴンドラは沈没し、夫婦は溺死してしまいます。おわり!
教養だ何だと言っても所詮上流階級の物見遊山でしかない古のグランドツアーに、金と物資のアメリカ的価値観を激突させてみよう、という試みは上手く行けば面白いものになったはずです。痛快方向にも不愉快方向にも振り切れなかったために、おっさん3人の昼メロを見せられて困惑することになったのです。または上手くまとめられないのなら変な捻りを入れず、普通に教養番組に仕立てたほうが良かったかも知れません。
風景を眺めて終わる旅で良いのか?
それでも彼らはアメリカが絡むときはまだ何かをしようとします。好きなアメリカ車がある、移民国家の大国へのライバル意識、所詮歴史を持たない国だと馬鹿にする気持ち、等々、彼らはアメリカに対して多くの感情を持っているからだと思います。
インデペンデントの指摘に戻りますが、アメリカとあといくつかの国を除いた多くの国に対しては、彼らは風景を眺めるだけで終わることが多いわけです。
最終回にしてもそうです。彼らはジンバブエの首都ハラレで廃車置き場を見て、交差点で交通整理をしながら踊る警察官を見て、市場でエキゾーストパイプを探します。ボツワナではかつてトップギアのボツワナスペシャルで使用した車に再会します。
が、これだけたくさんの車にまつわる映像がありながら、2時間も番組を見ながら、ジンバブエやボツワナの自動車事情、交通事情がさっぱりわかりません。わかったことはカリバ湖を渡る船が安く買えることと、鉄道の線路はあるが列車は滅多に来ないということだけです。何なら交通事情以外のこともわかりません。風景が素晴らしいということはよくわかりました。
私はジンバブエに行ったことはありませんが、昔南アフリカに出張に行ったときにジンバブエ在住の日本人と少し話をしました。だからジンバブエや南アフリカを車で走るときに一番恐ろしいことが、野生動物に衝突することだということは知っています。周りの見えない夜は本当に恐ろしいそうです。大型動物にぶつかられたら車はひとたまりもないのです。
2時間の番組を見たあと、私のジンバブエについての知識はほとんど増えていません。
そもそもいま(2024年9月)現在、ジンバブエでは大規模干魃による厳しい食料不足が伝えられています。彼らが訪れたときはそうでもなかったのでしょうが、当該国が厳しい現実に直面しているときに他国の人間がその美しい風景のみを消費しているというのも奇妙なことです。
'グランドツアー' というフォーマットのポテンシャル
さて、彼ら3人が降板したあと、アマゾンプライムビデオ (Amazon Prime Video) は別のプレゼンターでグランドツアーを継続させることが伝えられています。既に具体的に噂されている名前もあるようです。
しかし厳しいアンケート結果があります。
Yahoo! UKによるアンケートで、新プレゼンターのグランドツアーを必ず見ると答えた人は2割に満たず、見るかも知れないという回答を含めても4人に1人程度にしかなりません。4人に3人は見ないと回答しているのです。
彼らの降板後のトップギアがプレゼンターをクリス・エヴァンスらに交代させたとき以上の厳しい現実が待ってそうに思えます。
しかしアマゾンと新プレゼンターが 'グランドツアー' というフォーマットに真摯に向き合い、先進国の車をグローバルサウスに持ち込む意味を問い直すなら、または訪問国の自動車事情や交通事情を丁寧にレポートし未来の車の旅への指針を示すことができるなら、番組の可能性は広がるはずです。
彼らの作り上げようとしていた 'グランドツアー' というフォーマットは決してヤワなものではなかった、もっと秘めたポテンシャルのあるものだったはずなのです。'そして神は舗装道路を与えてくれた (And God has provided tarmac)' のですから。
というわけですが、インデペンデントの批評はいろいろなことを考えさせる良いものだったと思います。
インデペンデントの番組評評価: ★★★★☆
(この項つづく)