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初秋の樹液酒場
暦の上ではもうすっかり秋になり、風の色の変化を感じる桂月。
まだ夏は終わっていない、終わってほしくないと思いながら、僕はいつもの行きつけの「樹液酒場」へと足を運んだ。
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着いてすぐに、川辺の林道でアオダイショウに出会った。
アオダイショウを見るのは久しぶりだ。僕を一瞥すると、一目散に草陰に隠れた。
すぐに見失いそうになったが、少しで良いからその姿が見たい。そう念じながら、何とか一尺まで近づいた。
何もしなければ元々大人しいヘビだし、毒もない。舌もにゅるにゅる出していないし、多少はこの大型哺乳動物に警戒しているだろうが大丈夫だろう。
全身は無理だったが、頭だけはなんとか撮影できた。
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ヒトではなくヘビであるが、何か物言いたげな表情にも見えた。邪魔したので少し怒ったのかもしれない。
数秒くらい経った後、アオダイショウは何事もなかったかのようにササッと音を立てて、草むらの奥へ消えていく。
(「元気でな。」)
心の中でそう言って、先へ進むことにした。
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次に出会ったのはワラビ(?)の葉の上にいた、透き通るような虫。
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セミの幼虫??
種類はわからないけれど、とても可愛らしい。
森の妖精みたいだ。
川の近くでトンボが目の前に現れた。
アカネ属のムツアカネだろうか……?
まだまだ生態に詳しくないので、瞬時に同定できないのが悔しい。
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5分に一度くらいの間隔で、飛んで行ってはまた同じところに戻ってを繰り返していた。暫く待っていると、目の前の草に止まった。
他に「神様トンボ」の名を冠するハグロトンボの仲間もいたが、そっと近づいてもすぐに逃げられるので撮影は難しかった。
他のトンボに比べて動きが緩やかでそれほど俊敏ではないので、外敵から身を守るために事前に察知し、早めに動く必要があるからかもしれない。
葉っぱの上にセミの抜け殻。これはクマゼミだろう。
セミが脱皮する場所も多種多様で面白い。
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いつ見ても、セミの抜け殻は自然のアートだなと思う。時々1年前のものでも残っていたりするからびっくりする。
4〜5年前には卵だったものが、土の中で日の目を見るその時までじっと過ごし、今夏成虫になった。それを想像するだけで感動する。
また数年後に会おう。
ふと空を見上げると、天藍の雄大な空ともみじのカーテンが綺麗だった。
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まだ紅くはならないが、紅くなるのを躊躇う。
青いままでいいとさえ思った。なぜかはわからない。
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クワガタかと思ったら……
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キマワリでした!
よくクワガタやカブトムシに見間違えやすい虫の一つ。
キマワリのせいではないが、虫捕りしているとよく気持ちを上下させられる虫である。
ところで今日はカブトムシを一目見ようと訪れたのだが、その亡き骸ばかりで一向に見つからない。居ないことはないが、樹上かあるいはまだ落ち葉のベッドの中に居るのだろう。
夜になると必ずその姿を現すのだが、そもそもまだ日が落ちていない暑い時間帯だからしょうがない。
しかしあの甘酸っぱい樹液の匂いもあまりしないので、諦めてそそくさと帰ろうかと思ったその時、小さくも黒く艶やかに光るものを見つけた。
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チビクワガタ。体長は15mmほど。
見た目からよくゴミムシなどに間違えられやすいが、クワガタムシの一種である。
朽木の中で生活し、幼虫の餌となる朽木を噛み砕いて我が子の世話をする「亜社会性」の珍しいクワガタムシ。
成虫は、樹液以外に他の昆虫の幼虫も食べたりする。特に繁殖期には肉食性が強くなる。
艶々の黒、筋模様が綺麗だ。
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チビクワガタの複眼にピントを合わせようとするものの、なかなか合わず撮影が難しかった。
色々試したが、長時間撮影はクワガタに悪いと思い他へ行くことにした。
夕闇が辺りを包み始めると、待っていましたと言わんばかりにヒグラシが鳴き始める。
僕の体感では、ヒグラシが鳴き始める頃がちょうど樹液酒場が賑やかになり始める頃だ。樹液酒場の開店のチャイムである。
ふと樹上を見上げると、コクワガタのオス3匹が樹皮の隙間から出る樹液と1匹のメスをめぐって争っていた。
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「オレが最初にこの場所を見つけて居座っていたんだ!」
元々その樹皮の隙間を独占していた1匹のオスが体をねじ込んで頑張っていたが、新たに別のオスが現れ持ち上げて引き剥がそうと、瞬く間にクワガタ相撲が始まる。
1匹草むらに落ち、またもう1匹、小柄なオスもカサッと音を立てて林床に落ちた。
もう少し上を見ると、コクワガタのオスとメス、そしてなぜかそこにオオゴキブリが一緒にクヌギのうろの中にいた。
渦中の騒動など露知らず、平和に暮らしているようだった。
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今日は甲虫の王者に会えなかったが、色々な生きものに出会うことができた。
目当ての生きものになかなか会えないのはよくある事だが、思いがけない生きものに出会うこともある。それもまた自然でいい。
今日出会った生き物たちに一期一会を感じながら、樹液酒場を後にする。
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宵闇に消え入りそうな晩夏のヒグラシの合唱が聴こえる。
夏の終わりを告げるヒグラシの奏でる音色は、どこか儚く切なく、しかしどこか力強く美しい。
生命続く限り、夏の残り香を聴く者すべてに届けてくれるようだ。
夏色から秋色に少しずつ染まっていく。
遠くの方で、残照がまだ秋を迎えたくないと、血色に滲んで見えた。
まだ夏の中にいたい。また来よう。
僕は、後ろ髪を引かれる思いで帰路につくことにした。
お読みいただきアリがとうございました。"🐜"
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