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バイナル・ディストーション 第3話
廃工場の外壁は無数のパイプやケーブルが絡みつくように敷設され、所々で小さな火花が散っていた。かつて軍事施設として稼働していた名残なのか、入り口付近には弾痕らしき跡が残り、朽ちた看板が風にあおられてわずかな音を立てる。
暗がりに身を潜めながら、レンは周囲を警戒する。ドローンのローター音が遠くで低くうなり、まるで獲物を見定める猛禽のように旋回しているようだ。視界の端には施設内部の概略図が浮かび、脳内のリンクを通じて警備システムの情報が断片的に提供されてくる。どうやら防衛用のセンサーが何重にも張り巡らされているらしい。
「……正面突破は危険だな」
彼は近くにあったコンテナの陰へすばやく移動し、壁面を走る配線に視線を移す。どれも企業ロゴがかすれた状態だが、まだ通電している様子がわかる。ここから侵入経路を探れそうだ。ちょうど錆びた配管の下に、古い端末用のアクセスパネルが確認できる。表面は埃まみれだが、電源ランプがくすんだ色で点滅していた。
「ここなら……やれそうだ」
脳内演算に従い、彼は端末を取り出しパネルに接続する。予想通り旧式のセキュリティプロトコルが生きたまま放置されており、多少の修正を加えれば内部ネットワークに潜り込めるはずだった。画面に映るコード群を素早く書き換え、鍵となるデータを探る。かすかに頭痛がぶり返してきたが、今は気にしていられない。
わずか数秒後、モニターがかちりと音を立てて作動し、シャッター制御らしきGUIが浮かび上がる。彼がコマンドを入力すると、工場の一角にある大型扉がゆっくりと開く映像が映し出された。警報はまだ鳴っていない。いける——そう思った瞬間、端末の画面が急にちらついた。
「……ん?」
何者かが逆探知を仕掛けてきたのか、コードの一部が意図せず書き換えられ、警備システム側がこちらをロックオンしようとしている。脳裏で小さな電子音が警告を発し、彼は慌てて対抗策を入力した。だが相手の反応は速い。闇雲にアクセスを切れば内部への道が閉ざされるし、強行すれば発見されかねない。
モニターに走るノイズが激しさを増し、奥でドローンのローター音がこちらへ向けて加速するのが聞こえてくる。焦りを感じつつも端末に向けて指を走らせた。ここまで来て退くわけにはいかない。何としても奥へ進み、“霧の核”に繋がる証拠を手に入れるのだ。
しかし、そのとき——突然、画面に全く見覚えのない文字列が走り始め、制御系を掌握しようとする力を感じた。これは明らかに通常の警備とは違う。まるで意志を持つ存在が妨害を仕掛けてくるかのようだった。
「誰だ……?」
思わずつぶやいた刹那、ノイズの渦中から声にも似た電子音が一瞬だけ聞こえたような気がする。外壁の向こうでドローンのエンジン音がさらに高鳴り、空にかすかな警戒信号が走った。
レンは歯を食いしばりながらコードの乱れを強引に押さえつけ、何とか扉の制御を固定しようとする。だが、侵入を許すまいとする看破者の存在感が、こちらの演算を嘲笑うかのように踊っていた。
いったい何が待ち受けているのか。
薄暗い工場のシャッターがじわりと持ち上がるその下、重い空気が一段と濃さを増していた。