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バイナル・ディストーション 第6話

レンはその青白い輝きを頼りに、ほとんど無意識のうちに足を進めた。冷たい汗と激しい鼓動が、体中に張り巡らされる緊張感と相まって、まるで全身が鋭利な刃で切り刻まれているかのような感覚に陥る。

狭い通路の先、レンはやがて広間へと出た。そこはかつての管制ブースの拡張区域であり、無数の古びたモニターやコンソールが埃をかぶったまま横たわっている。壁一面に張り巡らされた配線と、所々で光るランプが、不規則なリズムで点滅し、まるで生き物の鼓動を奏でるかのようだ。

中央には、大型のディスプレイがあり、その向こう側からは、かすかな青白い光が漏れ出していた。レンはその光に引き寄せられるように、恐る恐る近づいた。脳内AIがバックグラウンドで情報を解析し続け、未知のプログラムがこの場所に潜む痕跡を示している。

「ここが……霧の核か」
彼の内心に、かすかな期待と不安が交錯する。

レンは端末を取り出し、先ほどと同じく細心の注意を払いながら、ディスプレイに直接アクセスを試みる。指先が微かに震え、インターフェース上に現れるコードの海に、彼は自らの存在が溶け込むのを感じた。データの流れは猛烈で、過去の記憶や失われた情報、そして企業の隠蔽工作の痕跡が、無秩序に渦巻いていた。

その中から、一つの固いパターンが浮かび上がる。まるで誰かの意志が込められたかのように、暗号化された文字列が規則的に並び、時折、かすかな「声」のような電子音が混じっていた。レンの脳内AIが即座に解析を始めると、そこには驚くべき事実が隠されていることが示された。

「これは……企業の極秘実験データ、そして……霧の核の根幹に関わる情報か?」
レンは無言で問いかける。回答は、ディスプレイ上に一瞬だけ閃いた映像として返ってきた。映像には、かつて軍事利用されたプロジェクトの痕跡と、今は消されかけた記録が重なり合い、現実の枠を超えた異形の世界が映し出されていた。

その瞬間、レンの後頭部に再び激しい衝撃が走った。今度は、あの「声」が直接的な圧力となって彼に降りかかる。
「ようやく、来たな……」
低く、機械的な囁きが、彼の思考を支配しようとする。

レンは必死に意識を保ちながらも、心の奥底で戦慄を感じた。もしこの存在が、霧の核そのものを守る番人であるならば、その目的は何なのか。彼は決意を固め、痛みをこらえて、さらにディスプレイに向かって手を伸ばす。

「俺は、全てを知るためにここへ来た。」
その呟きは、闇夜に吸い込まれながらも、確固たる意志を示していた。

ディスプレイ上のデータは、急速に展開し始め、レンの脳内に新たな知識と混沌を同時に流し込む。コードと映像が交錯し、過去と未来、真実と虚構の境界が曖昧になる。
その時、後ろからまたもや、かすかな機械音が近づいてくるのを感じた。

レンはふと背後を振り返る。先ほど封じ込めたはずのドローンが、何かの号令を受けたかのように、ゆっくりと広間の入口に姿を現していた。青白い光と重なる闇の中、その姿は今や無機質な脅威ではなく、どこか異様な佇まいを放っていた。

「逃げるか、戦うか……」
レンの内面で、かすかな葛藤が激しく鳴り響く。だが、もはや引き返す余裕はなかった。彼は目の前のディスプレイに、全身の意識と希望を託す。

「ここを突破すれば、全てが変わるはずだ。」

レンは再び、震える指先で強行コマンドを入力する。まるで自分の存在そのものをディスプレイと融合させるかのように、コードが脳内を駆け巡る。強烈な光とともに、耳元にあの囁きが戻ってくる。

「我が名は……バイナル・ディストーション。お前は、ここで新たな現実に触れることになるだろう。」

その瞬間、レンは全身を包むような意識の拡散を感じた。時間が溶け、過去と未来、記憶と未知が交錯する瞬間に、彼は自分の存在の一端を賭けた冒険の行方を見据えた。

青白い光が急激に消え、次の瞬間、全てが静寂に包まれた中、レンはただ一言、決意の言葉をつぶやいた。

「行く……俺は、進む。」

そして、闇の底へと踏み込むかのように、レンの視界は再び深い虚無に染まっていった。

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