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チェーホフの話



「大学生」というチェーホフの短編をご存知ですか?「大学生」は戯曲じゃなくて短編小説です。「かもめ」や「三人姉妹」といった戯曲も大好きですが、わたしはこの「大学生」という短編が大好きです。

チェーホフは劇作家としてではなく短編小説家として、多くの短編を残しています。

友人たちと古びた食堂に入り、レモンティーを注文したところ、レモンがなんと玉ねぎの匂いがして、友人たちが文句を言う中、
チェーホフだけは「短編の題材になる!」と喜んでいた、というエピソードが好きなのですが、
チェーホフについて調べれば調べるほど、ん?トリゴーリン?とかチェブトゥイキン?と戯曲に出てくる登場人物と重なる部分があって面白いです。

1860年チェーホフは南ロシアのタガンローグという港町で生まれました。
チェーホフの家系は元々、農奴。

農奴だった祖父はお金を貯めて自分の身分を買い戻し、自由の身となりましたが、祖父の後を継いで雑貨商を営んだ父は商才がなかったようで、破産。

チェーホフは家族の生活費と自分の学費を稼ぐために、「アントーシャ・チェホンテ」というペンネームで、20歳〜26歳まで毎年100ぺんずつくらいの短編小説を投稿していたそうです。

チェーホフの読者をひきつける技法の全ては、家族を支えるため、自分の学費を稼ぐために書いた短編小説によって培われたのかもしれません。

ロシアの名だたる文豪たちは、貴族出身が多いです。ドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフ。
チェーホフが「かもめ」や「三人姉妹」など現代に生きる人々にも共感できるような物語を書けたのは、
自分のルーツが農奴である故、
生活に追われ、毎日を決まったルティーンをこなすだけで人生が終わっていってしまう、
人間の苦しさや痛み、
でも、その痛みこそ私たち人間が生きる証であり美しさなのだという視点が生まれたのではないでしょうか。

チェーホフの作品はどこか落語のような感じ笑落語は「業の肯定」の芸術と言われていますが、チェーホフの業まみれの登場人物たちを通して、わたしたち自身の業も少し許されたような気がするのです。

最後に、わたしの大好きな「大学生」の一節を紹介します。

過去は、――と彼は考えた――一つまた一つと流れ出すぶっつづきの事件の鎖によって、現在と結びついているのだ。そして彼は、たった今じぶんがこの鎖の両端を見たような気がした。――一方の端に触れたら、もう一方の端がぴくりとふるえたような気がした。  

「大学生」チェーホフ

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