風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ
風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ
(かぜをだに こうるはともし かぜをだに こんとしまたば なにかなげかん)
訳 風でさえ恋しく思えるのはうらやましい。せめて風だけでもここへ来てほしいと待っているなら、嘆くことなんてないと思う。
風を恋しく思うというのは、風に乗って好きな人の匂いが流れて来たりしたからでしょうかね。
「わ、あの人が来てるのかしら」などと華やぐ人。せめて好きな人のそばを通り抜けた風が吹いて来てくれることを願うその人。「あの人は来てくれない」と嘆くその人。
その人を見て、(心の中でそっと)うらやましいと思うわたし。
鏡王女(かがみのおおきみ)
出典 万葉集
鏡王女は、藤原鎌足の正妻ですが、素性のよく分からない人です。さまざまな説があり、額田王(ぬかたのおおきみ)の姉という説や、鏡王女こそが額田王で同一人物だという説まであります。
両者が別人ならば、光の当たる人(たとえば妹)や、無邪気に振る舞う人を羨む気持ちが詠まれているのかなと思いますが、
もし同一人物ならば、あんなに歴史の真ん中にいるような額田王が、こんなに狂おしい歌を歌うのかと驚きます。
自分以外の人を羨ましく思う気持ちが、すでにこの頃に詠まれていたとは。