イスラエルエコシステム(ユダヤ教に基づくイスラエル文化と移民政策)
イスラエルのエコシステムは、シリコンバレーとは異なる独特なものであると言われます。今回以降、その独特なエコシステムを概観しつつ、人口約900万人の小国イスラエルがなぜ世界中が注目するスタートアップ大国にまで発展することができたのかという点について紹介していきたいと思います。
ユダヤ教に基づくイスラエル文化
今回は、ユダヤ教に基づくイスラエル文化と移民政策に注目します。イスラエルでスタートアップが発展した要因の一つは、イスラエル人が失敗を許容する寛容さを持っていることです。ホロコースト(第二次世界大戦中の国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)等がユダヤ人に対して組織的に行った大量虐殺)を生き延びたユダヤ民族は、常に強く生きなければならないと考えており、失敗を恐れてはいけないというマインドが代々引き継がれています。そして、イスラエルの企業家は、そのようなマインドで多くの失敗を許容しなければ真のイノベーションを起こすことはできないことを理解しています。イスラエルの民間団体SpaceILの月面探査機べレシートが、月面着陸に失敗した際も、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が、「1回目で成功しなかったのなら、また挑戦すればいい」と激励していたのが印象的です。
また、ユダヤ人は聖書をどのように解釈するか、その戒律にどのように従うかについて何世紀にもわたって議論してきた経緯があり、日本の「空気を読む」文化とは異なり、空気を読まない「フツパー」と呼ばれる文化があります。このフツパーの下では、上司等の目上の人に対しても、違うと思えば遠慮することなく質問、反論します。私の同僚のイスラエル人弁護士は、周りを気にして消極的な態度をとれば全く評価されないと言っていますし、実際、会議で一番若い弁護士であっても上司の弁護士に遠慮せず積極的に発言するということもよくあります。この自由な発想・議論ができる環境で無数の新しいアイデアが生まれているのではないかと思います。ユダヤ人の格言に、ユダヤ人が二人いれば意見は三通りあるというものがありますが、私のこれまでのイスラエルでの経験を踏まえてもこれは誤りではないと感じます。
イスラエルの移民政策
次に、イスラエルの移民政策を紹介します。イスラエルは、建国直後の1950年に帰還法にて、「すべてのユダヤ人は、イスラエルに移民として移り住む権利を有する」と定め、世界中から積極的にユダヤ人の移民を受け入れてきました。1990年代の旧ソ連崩壊の際には、約100万人のロシア人がイスラエルに移り住みました。この移民の中には、多くの優秀な科学者、技術者が含まれており、イスラエルがスタートアップ大国へと発展していくのを支えました。
また、イスラエルは、世界中に散らばったユダヤ人がいつでもイスラエルでの生活に順応できる環境を整えています。たとえば、私は、以前ULPANというヘブライ語の塾に通っていましたが、ユダヤ人の移民であれば、同塾のヘブライ語集中講座を無料で受講することができ、また言語研修期間中の補助金まで受領することができます。この制度は、Aliyahと呼ばれており、他にも、12か月までの無料医療保険の提供、各種免税・減税等の優遇税制、大学学費援助、外国からイスラエルへのフライト(空港から目的地までのタクシーを含みます)無料等の手厚いサポートが行われています。(私の出向先の同僚には、オーストラリアで育った後、イスラエルに移動し、イスラエル発展の一翼を担ったキブツと呼ばれるユダヤ人の共同生活コミュニティで約1年間生活を送りながら、ヘブライ語を習得したという弁護士もいます。)
そのため、別の国で生まれた優秀なユダヤ人がイスラエルでビジネスを始めるということは珍しいことではありません。私が現在勤務する法律事務所にも、50名近くの外国法弁護士が所属していますが、彼らは外国で弁護士になってからイスラエルに移民として住み始めています。(イスラエルには、外国の弁護士用の司法試験制度も用意されています。)
さらに、ユダヤ系アメリカ人は約500万人強、アメリカの人口のわずか2%しかいませんが、ご存じのとおり、政界や経済界で大きな影響力を持っており、イスラエルが世界的に注目される大きな要因の一つとなっています。大統領上級顧問で、ドナルド・トランプ大統領の娘イヴァンカさんの夫であるジャレッド・クシュナーさんは敬虔なユダヤ教徒で、イヴァンカさんも結婚する前にユダヤ教に改宗されましたよね。また、全米トップ大富豪(個人資産25億ドル以上)100人のうち約30%はユダヤ人で、トランプ大統領は、2020年大統領選での再選に向けて、ユダヤ票やユダヤマネーの取込みを狙っていると報道されています。
トランプ政権の露骨な「親イスラエル政策」もイスラエルの発展、政策に大きく影響を与えています。
4月9日のイスラエル総選挙で勝利したベンヤミン・ネタニヤフ首相は、一部政党と折り合わず、期限内に組閣ができなかったため、来週9月17日に再選挙が行われます。ネタニヤフ首相は、今年7月に通算在職日数で初代首相ダヴィド・ベン・グリオン氏を抜き、最長となりましたが(9月時点で約13年6か月)、今回の選挙でそれを維持できるかに注目が集まっています。但し、選挙には莫大な費用がかかっており、その費用は税金で賄われるので、再選挙を望んでいない国民も多くいるのが現状です。
最後に
今回は、ユダヤ教に基づくイスラエル文化と移民政策について紹介しましたが、次回はイスラエルエコシステムの際立った特徴の一つである、イスラエル国防軍(Israel Defense Force)について紹介したいと思います。
イスラエルでは、上述の再選挙の前後、DLD TEL AVIV INNOVATION FESTIVAL 2019と呼ばれる、イスラエルにおける最大規模のイノベーション及びスタートアップの祭典が行われます。毎年、世界中から日本企業を含め多くの企業が訪れますが、今年も盛り上がると思います。私も、Deloitte Israelとこのイベントに合わせて、日本企業の皆様向けにイスラエルセミナーを開催するので、ご興味がありましたらご連絡ください。
以前、イスラエル関連で以下のnoteを書いていますので、ご興味がある方は以下もご覧ください。
また、私が所属するTMI総合法律事務所の数名が、日米のビジネス法務等について解説しているBizLawInfoというブログにも参加することになり、そちらで、イスラエルのエコシステム、各分野のスタートアップ、日本企業がイスラエルでのビジネスにおいて検討すべき法的問題点などについて紹介していきますので、よろしければフォローをお願いします。
さらに、Twitterで、イスラエル関連、スタートアップ関連、海外留学関連の情報を発信しておりますので、そちらも併せてフォローしていただけますと嬉しいです。
ご不明な点等がございましたら、是非ご連絡いただけますと嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
田中真人
Email: matanaka@tmi.gr.jp
(本ノートは、日経産業新聞2019年3月28日付のものを一部改変しています。)
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