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トライアングル番外編 「Best Frend」1

(本編で春菜がカオルとトモの関係を知った辺り。その時夏原たちは……)

1
「待てよ、坂崎、待てったら!」
「ついて来ないで!」
 小走りで前を行く坂崎春菜の腕を捕まえようとして、俺――夏原仁志は彼女を追いかけている。
「止めたら、大声出してやるから!」
 そんな彼女の脅しに道行く人が振り返り、俺はもう少しで、女の子を追い掛け回す危ないヤツとして通報されそうになっただろう。
 坂崎は、どちらかというとおとなしい方だと思っていた。少なくとも、こんな風に感情むき出しで声を荒げるタイプじゃなかったはずだ。
 できればトモやカオルが留守でありますようにと、俺は願いながら彼女を追った。だが一方で、実際にトモの顔を見れば、坂崎の気持ちもクールダウンするんじゃないか。軽率にも、そんな風に甘く考えていたところもあった。
 坂崎はチャイムも押さず、いきなり彼らの自宅に上がりこむ。恋する女の子は怖い、でも、いくらなんでもこれはやりすぎだろうと、彼女を諌めようとした時だった。
 飛び込んできた目の前の光景に、俺の足は動かなくなった。
 ――夏休み。
 ――昼少し前。
 ――リビングのドアは開いていた。
 目の前でトモとカオルが抱き合っている。

 カオルは顔面蒼白で、茫然自失として表情がない。そんなカオルを庇うように、敵から守るかのように、トモは目前の女の子に威嚇の目を向けていた。それは、俺の知らない女の子だった。
 だが、彼女がカオルのつき合っていた「サクラコ」なんじゃないかと思い当たる。二人に接点のある女の子は、坂崎と彼女の他には誰もいない。
 そして俺は、彼女がどことなくトモに似ていることに気がついた。女の子に興味のなかったカオルが彼女とつき合っていた理由を、俺は瞬時に理解した。いや、理解させられた。  
 その場には、一触即発の息苦しさが充満していた。心にも重たいものが溜まって行く。「サクラコ」であろう彼女は困惑の表情で、目前の抱き合う二人を見つめていた。
「わかっただろ? 俺はカオルのモノで、カオルは俺のモノなんだよ」
 トモが叩きつけるように「サクラコ」に言った時、俺は自分たちが立ち聞きしていることに今更ながらに気がついて、慌てて隣りにいる坂崎の肘を引いた。
 だが、坂崎は無言で俺の手を振り払う。
 坂崎の顔は、トモの腕の中にいるカオルよりも蒼白で、この悪すぎるタイミングに、俺はどうしていいかわからなかった。
 坂崎春菜は、少し前までトモとつき合っていた。さらにそれより以前、もう一年以上前だけど、坂崎はカオルのことが好きだった。
 どうしてカオルが坂崎とつき合わなかったのか、当時の俺はさっぱりわからなかったのだが、今ならそれが痛いほどにわかる。
 カオルはずっと――トモのことが好きだったのだ。
 そうなんじゃないかとは、ここ最近、心のどこかで思っていた。ずっと二人を見ていて、思い当たることはいくつもあった。
 トモが坂崎と急に別れたのも、きっとカオルのことが原因なんだろうと思っていた。だが坂崎に相談された俺は、だからと言って確証もないことを彼女に言って聞かせることはできなかったのだ。
 そして今、堂々と宣言するトモと、その腕の中で震えるカオルを目の当たりにした。
 驚いたけれど、やっぱりそうだったのかとすとんと落ちるものがある。けれど、この状況はそんな悠長なものではなかった。
 トモとカオルと、ただならぬ雰囲気で対峙する「サクラコ」と、そして坂崎春菜。運命ってやつがあるなら、トモとカオルにとって、こんなに残酷な状況はないだろうと憤慨せずにいられなかった。
 室内のトモと「サクラコ」の口論がしばらく続いている。
 口論と言っても感情的になっているのはトモだけだった。でも、それこそ俺たちが立ち聞きしていいような話じゃないはずだ。わかっているのに、俺も坂崎もその場を動けない。
 やがて「サクラコ」がリビングから出てきて、外にいた俺たちとトモとカオルのいる空間が完全に繋がった。
 あっ、と思ったがもう遅い……。
「あなた誰?」
 坂崎は凍りついた声で「サクラコ」に呼びかけたが、彼女はその横を無言ですり抜ける。俺たちのことなんか見えていないかのような雰囲気だった。
 そして、その後に訪れた数分間を、俺はきっと一生忘れない。
 十七年間の気楽な人生の中で、それは今まで経験したことのない、容赦ない心と心のぶつかり合いだったのだ。
「全部、本当なの?」
 坂崎がトモとカオルに問い、俺は無様に言い訳をしていた。
 ――俺が止められなかった。
 ――トモの別れるという言い分に納得できない坂崎を、止めることができなかった。
 ――そのために、坂崎にも、トモにもカオルにも、耐えられないようなこんな事態を招いてしまった。
 だが、呆然としているカオルの横で、トモは俺に気にするなと言い、全部本当なのだと坂崎に淡々と告げている。それどころか、今までつき合った女の子の中で君が一番好きだったなんて最後通告を突きつけて、坂崎が激昂するのも無理はなかった。
 でも、だからと言って坂崎が二人を傷つけていいはずがない。二人のことをみんなにバラしてやると叫んだ彼女に俺は、いい加減にしろと怒鳴らずにいられなかった。
 だって、トモもカオルも苦しんでたんだよ。
 遊びやいい加減な気持ちでこうなったんじゃない。俺は知ってる。二人が真剣だったことを知っている。
「俺が、そんなこと言わせないから……お前らがどれだけ悩んでたか何も知らないくせに、そんなこと、俺が絶対に言わせないから!」
 二人にそれだけ言って、俺は坂崎のあとを追いかけた。
 胸の中に込み上げてくるものがあって、泣けてきそうになる。なんなんだろう、この気持ちは。どうして涙なんか出るんだろう。
 二人を守ってやりたい、心からそう思うだけなのに。

***

 俺が岸本薫と出会ったのは、小学五年の時だった。
 当時俺が所属していたジュニアサッカーのクラブチームに、遅ればせながら入部してきたのだ。ほとんどの子どもが低学年から所属する、その辺りでは名の知れた老舗クラブだったから、中途半端な時期に遅れて入ってくるやつは珍しい。それでなくとも、その頃の薫は痩せていて顔色が悪く、とてもサッカーをやるような感じには見えなかった。
 だが、薫が初めて練習に参加した時、コーチに言われてみんなの前で披露したリフティングに、俺は目を奪われてしまった。
 今までチームに入ったことがないとは思えないほど、それは安定感があって、かつ流暢なボールさばきだった。
 俺は当時、レギュラーでフォワードを張っていたけれど、実は努力の積み重ね以外の何者でもないリフティングが大嫌いで苦手だった。最後は基礎がものを言うんだぞとコーチに怒られても、思いっきり走ったり蹴ったりすることの方が好きだったのだ。
 でも、そんな自分をダメじゃんとも思っていて、だから俺は素直に感動したけれど、周りのやつらはそうでもなかったらしい。
 チームでやるのは初めてだと言うひ弱なやつに、只者ではないボールさばきを見せつけられて、名門クラブのプライドと危機感を刺激された者が多かった。それで新入りの岸本薫は、たちまちチームの中で浮いた存在になってしまったのだった。 
 ところが俺は単にサッカーが好きなだけで、プライドとか向上心とかを持ち合わせていなかったので、ギャップのある彼に却って興味を覚えた。
「なあ、ほんとに今までどこでもやってなかったの? じゃあ、誰に教えてもらってたんだよ。すげえ上手いじゃん?」
 俺の馴れ馴れしい問いに、薫ははにかみながら答えた。どうやら、人見知りするタイプのようだった。
「小さい時から喘息で、スポーツってあんまりやったことないんだよ。でも、お父さんがボールでも蹴ってみるかって言って教えてくれて……だからリフティングばっかりやってて、逆にそれしかできないんだ」
 高学年になってチームに入ったのは、うちのコーチが薫の親と親しくて、是非にと誘ったらしかった。
 身体が弱いから……と、本人も親も遠慮したらしいけど、あのリフティングを見れば、コーチが誘いたくなるのもわかる。それで、練習には十分参加できないかもしれないが……という条件のもと、体力作り的な意味合いで練習に来ているのだと言っていた。
 確かに、マンネリ気味で基礎をおろそかにしがちなチームの雰囲気に対して薫の加入は刺激となり、ある意味コーチの目論見はあたったように思えた。だが、薫のそんな欲のない様子に、チームメイトの風当たりは強かったのだ。
 やる気があれば伸びるんだろうな……と俺も思ったが、薫は自分は身体が弱く、ダメなんだと思っている。
 それでも性格が真面目なせいか、居心地が悪いだろうに、練習には体調がよければきちんと顔を出す。試合には出ないが、マネージャー役を買って出る。薫は薫なりに、チームに溶け込もうとしていた。そして俺はいつしか、そんな薫が一人ぼっちにならないように、何かと彼を気にして、構うようになっていた。
 俺は自分が世話好きな自覚はある。そしてその感覚は、この頃から発揮されていたのだと言っていい。
 人見知りながら、いつも側にいると懐いてくれて、まるで弟ができたみたいな気分で、俺は薫の保護者を気取っていた。


 喘息の持病がある薫は、確かに練習を休むことも度々だった。
 練習に薫の顔が見えないと、妙にボールに集中できない。グランドの隅で一人リフティングをしている姿がないと、どこか安心できない。恥ずかしそうに笑う顔が見えないと、寂しくて仕方なかった。
 だからある日、俺は試合の帰りに、思い切って薫の見舞いに行った。ずっと来ないと思ったら、発作がひどくて入院していたのだ。
「よう……」
 ボールを抱えて、エナメルバッグを斜めがけし、砂ぼこりと汗の匂いのするジャージ姿で、俺は薫の病室を訪ねた。
 白いベッドが並ぶ大部屋は、子どもがたくさんいるのに静かで清冽で、俺は自分がすごく浮いているような居心地の悪さで、入り口にぼうっと突っ立っていた。「夏原くん、来てくれたんだ」
 薫はにっこり笑って、自分のベッドの脇の椅子に俺を手招いた。嬉しそうにしてくれるのが、なんだか照れくさかった。
「どうだった? 試合」
「PKで勝った」
「夏原くんも決めた?」
「あったりまえだろ」
 その日の試合で、実は俺はPKを外していた。相手キーパーに止められるどころか、ゴールのバーにかすりもしなかった。勝ったのは、俺以外の全員が決めたからだったが、俺はどうしてか本当のことを言えず、見栄を張って嘘をついた。
「見たかったなあ。夏原くんがシュート決めたとこ」
 その笑顔に、罪の意識で胸が痛くなる。俺はそんな気持ちを打ち消すように早口になる。
「なあ、いつ出てくんの? 練習」
 俺の問いかけに、薫は表情を曇らせた。
「そのことなんだけど……やっぱり夏原くんには言っておくよ」
 その言葉に、本能的によくないことだと思った。できれば聞きたくない。なのに薫はその先を告げた。
「チームをね、やめさせてもらうことになったんだ」
「え?」
「やっぱり練習についていけなくて。みんなにも迷惑かけるし」
「それ……もう練習に来るのが嫌になったから?」
 チームメイトの雰囲気を思い、俺は恐々聞いた。だが薫は一瞬、意外そうな顔をして、そして笑った。
「違うよ。本当に体力的に無理みたいなんだ。中学入るまでにしっかり治療したいし」
 その話に嘘がなさそうで、俺は胸を撫で下ろした。だが、薫がチームを辞めてしまうというのはショックだった。
 でも、俺のわがままで薫を困らせるわけにはいかなかった。ただ――俺はこんなに寂しいのに、薫はそうでもないのかな、そう思うとすごく哀しかった。
「そっか。残念だな」
 俺はそんなヤセ我慢を口にした。本日二回目の見栄だった。
「うん。夏原くんには本当に仲良くしてもらって、すごく嬉しかったよ」
「ほんとに?」
 俺は思わず顔を上げた。
「ほんと。もっと丈夫だったら、ずっと一緒にサッカーしたかった。試合にも一緒に出てみたかったな」
 薫の顔に、ずっと見ていられないものを感じて、俺は思わず目を逸らす。
 照れくさい、とかそんな言葉で片付けられないような感じだった。胸がやけに忙しなく鳴っている。
 ――このまま、ずっと会えなくなっちまうのか?  
 そんなの――。
「なあ、来年、中学どこ行くの?」
 咄嗟にそんなことを聞いていた。
 そんなの、近くの中学行くに決まってんじゃん。俺とはまったく違う学区だ。「多分、中高一貫の第一中学だと思う。あ、もちろん受かればだけど」
 薫は恥ずかしそうに笑った。その顔をとても可愛いと思ってしまって、俺はまた胸をバクバクさせた。その動揺も手伝って、俺はとんでもないことを口走る。
「あ、俺も。俺もそこ受けようかなあって思ってた」
 偶然だよな、なんて言いながら、俺は自分の言ったことに驚いていた。もちろんそんなのは嘘だ。たった今思いついたのだ。
 勉強せずに入れる所が近くにあるのに、わざわざ中学を受験するなんていうのは、別世界の人間のすることだと思っていた。
 俺は本日三度目の見栄を張った。
「いいよなあ、中高一貫って。ずっと目標だったんだ」
 俺の行き当たりばったりの言葉に、薫は目を輝かす。
「ほんと? じゃあ絶対に合格しないとね」
 俺たちは、手を打ち合わせてハイタッチをする。試合では一度もできなかったけれど、今日だけで三回も見栄はって嘘ついたけど、こんな薫の顔を見られたんだから、そんなのオールオッケーだ。
 試合ではPKを外したけど、今はまるでアディショナルタイムで逆転シュートを決めたような気分だった。
 絶対に中学で会おうな、そう言って俺は薫の病室をあとにした。
 そして家に帰り、俺は中学受験をしたいと言って、親を驚愕させることになるのだった。


 そうして俺は、なんとかかんとか受験を突破し、同じく合格した薫と、中学で再会を果たした。
 だが、入学式での再会の喜びもつかの間、俺は薫の隣りに誰かがいることに気がつき、なんだか急に面白くない気分になった。
 薫の隣には、見たことのない生意気そうな顔をしたヤツがいた。
 そいつは薫と同じ苗字で、馴れ馴れしく彼を呼び捨てにしている。薫もまた、そいつを親しげにニックネームで呼んでいる。
 そいつの名前は、岸本智行といった。

 同じ苗字……だが、薫には兄弟はいなかったはずだ。じゃあ親戚かなん
かだろうか。
「お父さんが去年再婚して、僕たち兄弟になったんだよ」
 薫の説明に、そいつが補足をする。
「俺は、再婚相手の連れ子ってわけ」
 ふうん、と俺は改めてそいつを見た。
 俺たちよりも背が高くて、芸能人みたいにすごく顔が小さい。目も髪も色素が薄いのかナチュラルな茶色だ。すごく整った顔をしていて、なんとかいうアイドルみたいに、パッと目を引き付けられる。ほとんどの新入生が七五三みたいに見える着慣れないブレザーがめちゃめちゃよく似合っていて、悔しいけど、一言で言えば「カッコイイ」
 だが、アイドルはニコニコしてるけど、そいつは俺に愛想笑いなんかしなかった。
 小学校の時、サッカーチームで一緒だったんだよ、と薫が俺を紹介すると、興味がないといった顔で「へえ」と言っただけだった。 
 その「へえ」に怯み、なんて反応すべきか迷っていたら予鈴が鳴って、各自の教室へ入るようにと放送が促した。
 俺はラッキーなことに薫と同じクラスで、そいつは隣りのクラスだった。そこで俺たちはいったん別れ、俺は薫と一緒に新しい教室へと向かった。
「言い方とかきつくってごめん」
 そいつの無作法を、薫は俺に謝った。
 うん、ちょっと(いや、かなり)失礼だよなと俺は言いたかったが、薫を困らせてしまいそうで口をつぐむ。
「ほんとはいいやつなんだよ。悪気はないんだ」
 そうかあ? と思いながら、俺は薫がやけにそいつを庇うことが面白くない。「トモって呼んでるんだ」
 聞いてもいないのに、薫はまた、そんなことを言った。


 そんな風に、俺のトモに対する第一印象は最悪だった。そして最初のその印象は、なかなか拭えるものではなく、長く俺の心の中に留まることになる。
 トモは外見だけでなく、全てが嫌味なほどに目立つやつだった。
 勉強もできればスポーツもできる。全然がんばってませんというオーラを放ちながら、さらりとなんでもやってのけるのが腹立たしい。  
 当然、男子の中では悪目立ちし、女子には壮絶に注目され、先生の中でも一目置かれていた。その一方で、ただでさえ目立つのに、顔に似合わず毒舌で、注目されるのと同じくらいに敵も多かった。
 だが、トモはそんなこと全てどうでもいいような感じで、いつも飄々としていた。自分が人にどう見られているのか、気にしないというよりも興味がないという雰囲気だった。 
 男子中学生なんて、頭の中にあるのは食べることと、友だちや女の子のこと、そして頭でっかちなエロい興味くらいのもので、その他には、せいぜい今やってるゲームや、読んでる漫画の続きが気になるくらいだ。
 だが、トモはそういうものを何も見ていなかった。今から思えば、そういうものから遠く離れた、もっともっと遠いものを見て、冷めた心の奥底で、俺たちが思いもしないようなものを渇望していたんだろう。
 そう、今ならわかる。
 だが当時は、そんな風に自分たちとは違う大人びたトモを「気に食わないやつ」と定義するしかできなかった。
 そして、その気に食わなさに拍車をかけたのが、トモに対する薫の様子だった。 
 薫はいつもそんなトモに振り回され、先回りしたりフォローしたりして、へとへとになっていた。しかも、トモはそんな薫をどう思っているのか、一向に改心の兆しがない。 
 俺はそんなトモが腹立たしくて、薫が可哀想で仕方がなかった。
 それだけじゃなくて、中学に入ったら薫と楽しくやれると思っていたのに、急に現れて、薫に気遣われるトモがうっとうしくてたまらない。いろんな意味で、あんなやつほっとけば? と俺が言うこともしばしばで、でも薫はそんな時、必ず困ったように笑うのだった。
「でも、僕はトモをほっとけないし」
 その言葉に、カチンとなる。
「別に……あいつはみんなに溶け込もうとか、仲良くしようなんて思ってないじゃん」
 思わず言ってしまった時だった。
「そうだよ。それが何か?」
 冷たい声が降ってきて、振り向くとそこにトモが居た。
 心臓が口から飛び出るんじゃないかってくらい俺は驚いて、小脇に抱えていたサッカーボールを取り落とした。
 転がるボールを起用につま先で掬い上げ、数回リフティングしてみせたあと、トモは俺に向かってボールを蹴り上げた。不意打ちで驚いたが、なんとか胸でトラップする。
 こいつ……と思う間もなく、トモは言った。
「薫と俺がどうしようが、あんたに関係ないだろ」
 まったくその通りで言い返せない。
 困った顔で何か言おうとした薫を、トモは手で制した。
「昨日、うちでやってた練習試合を見たんだけど、あんたさ、突破力があるのはわかるけど、バックで守ってるやつがいるからこそそんな風に切り込めるんだってことわかってる? もっとディフェンスのこと信頼したら?」
「なっ!」
 生意気なトモの指摘に、俺はさすがに堪忍袋の緒が切れた。
 なんで一回やそこら試合を見ただけのやつにそんなこと言われなくちゃならないんだ。しかも、ディフェンスを信頼しろだなんて、お前に言われたくない。それにそもそも、俺は今サッカーの話なんてしてない!
「それこそ、あんたに関係ないだろ!」
「だろ? だったらあんたも黙っとけば?」
「トモ!」
 さすがに薫も怒っている。
 だがそんな薫に、信じられないくらい優しい顔でトモは笑いかけた。きっとそんな顔、他の誰も見たことがないに違いなかった。
「帰ろ、薫」
 笑いかけられた薫は、困ったような顔を俺に向けながらも、トモに手を引っ張られていく。
 繋がれた手――俺を気にしながらも、薫はトモについて行く。
「ごめん、夏原くん、またあした!」
 言い訳のような薫の声。何もかもが悔しくて腹立たしくて……泣きたいくらいにみじめだった。
 それから、俺の中のトモの位置は、薫をとられたような寂しさも手伝って「気に食わないやつ」から「顔も見たくない」に昇格した。 
 大嫌いだ、あんなやつ……!
 いや、むしろトモを怖いと思った。
 なんであんな風に、人を切りつけるような言い方しかしないんだろう――でも本当はしないんじゃなく、そんな言い方しかできなかったんだろう……。


Best Frend 2に続く

本編はこちら
マガジン「トライアングル」全26話




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