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僕は歌うことが好きだ。普段表情にも声にも出さない気持ちをぶつける。僕の歌には僕の気持ちが一番に表れている。人と関わるのは正直苦手で、思いっきり全てをさらけ出すことは出来ないけれど、これなら僕の全てを出せる。

僕はやはり歌うことが好きだ。毎日寝ても覚めても音楽は存在して、人々を笑顔にさせたり、不安にさせたり、悲しくさせたり何だって出来る。音楽は人の心を動かすことが出来る。

僕は人の心を動かすことの出来る歌手になる。そう決めて僕は静かに口を動かして、あるフレーズを口ずさむ。

歌はどうであれ、人と人を繋ぐ。1位、2位とか順位で勝敗を決めなければならない場合がどうしたってくるけど、芸術に優劣はない。人の心に響いたものが自分の魂になる。音楽は人の可能性を広げるんだ。

朝日は登ってあっという間に月が出て、一日はすぐに終わる。月日は流れ、年月は変わる。青い空の白い雲は流れるし、雨も降れば、雪も降る。

人間の人生をどう歌詞に書くか。

それは人それぞれで、人間の裏側の気持ちを書いてる人もいれぱ、愛の言葉を並べる人もいる。

その歌詞を僕は、どう表現し、声に出すか考える。この人はこういう想いでこの歌詞を書いたとか、こういう意図で書いたとか、そういうことを考えると感慨深くて涙がでて、芸術を実感しているなという気がする。

芸術といえば、僕が出会ったある人がとてもその様だった。

僕が近くの商店街を通り過ぎていたとき、沢山の人が集まっている所があって、気になったので覗いてみた。そこには若い少年がいた。彼はヒップホップダンサーで世間一般の人が格好いいと言うだろう顔立ちをしていた。

明るい音楽の時には明るく、ハキハキと踊るのに、しんみりとしたバラードっぽい音楽がかかると、しなやかに、いかにも悲しく踊る。彼には表現力があって、それをダンスに適応させる能力があった。

これなら才能があると言われても可笑しくないぼどだったのに、いつまでもストリートダンスを続けていた。

僕は毎回そこに行き、気づけば彼のファン的なものになっていた。彼は日に日に成長しているのは毎日見ていて分かったし、こんなに才能があるのなら認められて欲しいという純粋な気持ちがあった。

ある日、僕は彼に声をかけられた。

「ねぇ、君さ、毎回僕のダンス見に来てくれるよね、ありがとう。」

僕は影が薄いし、観客には興味ないだろうと思っていたのでとても驚いたが、落ち着かせて彼の言葉に続けた。

「貴方の…そのダンスの表現力に感動して、つい来てしまうんですけど…。テレビとかダンスコンテストとかに出ようと思ったりしないんですか?」

「そうだなー…。僕はあまり社交的な方ではないし、コンテストとかで、人のダンスに優劣つけるのは違うと思ってるから…。僕は何よりダンスが好きだし、人に見てもらいたいし、何かの力になってもらえればなって思ってるし、観客のことも考えながら踊ってるんだ。中でも君は楽しそうで、僕に期待してそうな純粋な目でこっちをみているからさ、励みにしてたんだ。」

バレていた。彼のダンスは魅了される何かがあって、その何かが何なのか、ずっと考えていて、ついつい彼に期待してしまっていた。

「僕も、同じ考えで、芸術は優劣をつけるものでないと思います。僕も歌が好きで、人を感動させられるようになりたいです。貴方は、ストリートではないもっと大舞台に立てると思います。応援してます。」

それを聞くとすぐに彼は「君は歌が好きなんだ、聞いてみたい。」

そう言われて、最初僕は戸惑った。でも、彼の純粋な眼差しに、戸惑いはなくなって、心はスッとした。あのフレーズを歌おう、そう決めて、気持ちを歌に込めて声に出した。

流れていく風の音、爽やかに輝く朝日が歌を歌うのを心地よくさせた。

彼は目を大きく開けて「へぇー」っといって笑った。

僕がフレーズを歌い終わると同時に彼は言った。僕の両肩を押さえて

「僕決めた。ダンスコンテストに出る!!君は歌のコンテストに出るんだ!!そしていつか有名になったら君の歌で僕は踊る。」

「そんなこと言われても」と正直思った。でも、彼が大舞台でダンスを踊るところを見てみたかった。僕は何も考えず「分かりました」と口に出していた。彼は嬉しそうに笑って「楽しみにしているからな」と言った。

あの日が懐かしく思い起こされる。彼はその後、その街の通りから消えた。僕は彼の参加したコンテスト名を知らなければ、名前も知らない。でも、僕は確信していた。彼は才能に溢れていると、そして約束を果たしたら、必ず会えると。

僕は歌のコンテストで一番になった。相変わらず、順位をつけてはいけないと思っていだけれど。それから僕は名前も知らない会社からスカウトを受けた。約束を叶えるためにはここが近道そうだけれど…。自分に名もない不安が襲った。どうすればいい。

当然その日はお断りした。出世を期待するとただ痛い目を見そうだから。能力も努力もないままでは人を感動させることはできないどころか批判を受けそうだから。

偶像崇拝ってあまり良いことではない気がする。人は所詮神では無く、出来ることが限られている。人の命を直接救うことは出来ないし、ファン全員がその人と結婚することは出来ない。そして人は身勝手だ。自分は大して努力をしていないのにその人には努力しなくては駄目だという。矛盾だ。最初は期待の気持ちを寄せていたファンも1つのデマで1つの出来事で消えてしまう。冷たい目を向ける。人に感情を寄せるのでは無く、その人の感性や芸術に信頼と感情を寄せて欲しい。自分自身の音楽の評価が欲しい訳ではなく、アーティストな部分、芸術性を多くの人に好きになってもらいたい。

自分の歌を好きになってもらえるのならば、例え偶像崇拝の中だって人を芸術へ導くことができるかもしれない。

後日、断った会社に入ることにした。その会社の方針に従うと色々な要素のことが学べると分かった。こんな形にはなったものの彼が好きだったダンスを学ぶ機会を得た。

僕はそれで彼のように表現を容易にすることは出来なかった。彼はいつからダンスを始めたのかと言うことと、どうやったらその表現力が手に入るのかと言うことを聞いてみたくなった。それと同時に彼の芸術を改めて理解し、深く感動した。彼は観客の感心する姿を見て頑張ろうと思っていた。毎日練習していれば、いつか自分の能力に幻滅してしまう日が来る。完璧とは一番程遠いものだと知っている。一位になったとしても完璧とはいえない。僅かな楽しみを見いだせなければ、後は落ちていくのみ。そこでとても痛感するのは人とは決して分かりあえないことである。話さなければ、殻は固くなっていくのみで人との距離が生まれるだけである。

僕はここの会社に入ってから、暖かい、冷たいの両方の感情を知ることとなった。所詮はは勝ち負けで、優劣をつけなければ生活出来ないということ。人を落として前へ進まなくてはならない。苦しい。自分が人一倍悪い人に思えてくる。みんなここに命を懸けてきているんだと思うと尚更熱くさせてく。みんな一緒にみんな仲良くなんて無いんだ。このデビューのために数年間続けて淡々と同じことを繰り返し、能力を認められては蹴落とされて自分は訳もない気持ちでいっぱいだった。うんざりだったし、涙も流した。でも、約束のために頑張らなくてはなと思った。

ようやくデビュー出来るところまで来た。僕は止めていった人を見た。六年以上練習してデビューできる日を望んでいる人も見た。だから、デビューというのは決して軽くなく長い道のりのゴールであり、始まりであることを実感していた。短いのが素晴らしいとは限らない、そして長く練習した人を可哀想とか能力が低いとも思わない。ただ彼らの努力を尊重し、称えたい気持ちでいっぱいだった。

人に感謝し、人を尊重し、歌を好きになって貰って、いつか彼と共演をする。途中で諦めたりせずにデビューしていればいいのだけれど…。

テレビとかあまり見ないし、音楽ばかり聞いているから、彼の情報も見たりしない、というか名前を知らない。どうすれば会えるとか考えず、楽観的にいるから、いつまでも会えないけれど、いつか会えると思っていたから気にしていなかった。

ある休みの日、休みの日はいつも、仕事の備えという理由に託つけて、寝たり、料理をしたりして家の中で生活をしていた。相変わらず、外に出ても目立たず、影が薄いことは気にしていなかったし、逆にいい特徴だなと思った。なので、その日は珍しく外に出たのである。ストリートダンスをしていたところには人は集まっていない。デビューしたんだなと益々、自分の期待が増すばかりだった。

大きなショッピングモールのイベントスペースの所に何やら凄い盛り上がり具合だった。そんな人気の人が来るのかと人ごみに紛れてステージを覗いた。

多くの観客達の声に出てくる人達の姿、みんな黒い服を着て、黒い帽子をかぶって、顔がよく見えないが、彼がいるように感じる。

朝なのに甘ったるい曲でとても重かった。人は変化するとこうなる。君のせいで狂ってしまうよ的な歌詞だった。声質も優しく狂いそうになる気持ちだ。そこに高音で、しっかりしている声で悲痛になる。歌が芸術になっている。歌に夢中になっていてダンスを見ていなかった。一番しなやかで表現力がある人がいる。きっと彼だ。数年前の記憶に戻っても彼だと分かる。彼はこのグループのメインダンサーで活きている。彼は彼らしさを追求し、今この舞台で活躍している。それは素晴らしいことで誇らしい。凄く涙が出た。この再会は運命で、そして彼は僕を導いた恩人だ。でも、冷静に考えると深い意味ではない。この芸能界にいれば、いつかまた会える。そこまで踏み込む必要もない。でもせめて全て見てから帰ろう。彼への恩と、彼への感謝のために…。

僕は迷った。やはり、彼に会って話した方がいいのだろうか。僕も芸能界にはいるけれど、押し入るのは図々しいし、もしかしたら、彼は約束を忘れているかもしれないし、それはそれでショックだけれど…。色々考えすぎて、二曲目から集中できずに全曲終わってしまった。早々と消えてく人達の中をトボトボと歩き、近くにあるベンチに座った。そうださっき買ったコーヒーでも飲もう。そして、今後の仕事について考えよう。でも、約束してたことを果たせないことが許せなくとても情けない。やはり、君のダンスは素晴らしい。僕の歌の中で彼がどう表現してくれるのか見たい。小さな興味がどんどん大きな好奇心に変わっていく。体全体にまとわりついて離せない。諦めたいのに諦められない。そこで僕は気がついた。僕は彼の顔に感情を抱いているのではなく、彼の感性―ダンスの表現力に魅せられて、今ファンでいるのだと。これは彼のプライベートが明らかになっても消せない彼への感動だと。凄い感動した。僕は彼のファンであればいいんだと気がついた。そして、帰って料理でも作ろうと思った。そして立って歩き出した。

「待って。」

聞いたことがある声に思わず振り向いた。彼は走って来たらしかった。でも、疲れていなかった。

「僕との約束覚えてる?君はここに来ると思っていたんだ。」

「覚えています。痛切に。」

「僕あれから、ダンスコンテスト優勝して、今の事務所にスカウトされたんだ。ここでフリーライブしたのは僕が君を見つけたくて頼んだ。僕のダンス見てた?君の歌に見合うようにダンス頑張ったんだけれど、君はあのときのように、純粋な目で僕達を見てなかった。退屈だった?僕のダンスあのときのように楽しくなかった?」

「違います。退屈な訳ないんだ。ただ、今の君の姿を見て感動して、僕が関わるのはあれかなぁと思っただけだ。」

「君の歌は凄い。他の人やメンバーの歌も確かに凄いんだけれど、君のは何か違うんだ。僕の心を動かして、ダンスを踊りたいと思わせた。そしてここまで導いた。僕は君と曲作って、振り付け決めて、音楽やりたい。」

「君がそこまで言うならやろうかな。じゃなくて、言われなくても押し付けるつもりだったやろう。僕達の音楽。」

僕達の作った曲はやはり甘ったるい曲だった。でもそれが一番僕達に合っていた。それは結局大成功に終わった。どんなに不正があったとしても、僕達の芸術がこれからも変わらずに人々を感動させるために有るだろう。僕の人生はまだ長く続いていくようだ。数々の人の気持ちを受け継ぎ、感情を表現できるよう努力を続けていく。それだけだ。災難もいつかは風になって涼しく感じる日が来るだろう。

最後に1つ言いたいことは、人の顔を愛するのはほどほどにして、芸術や感性を愛して欲しい。

そして僕達はIdolでなく、Artistだ。

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