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電車の窓から見えた気持ち

先日、とある旅番組を見ていた

出演者が鉄道で旅をするという
よくある内容の番組である

私はこの手の番組が割と好きで
自分が最近、旅に出る機会がないのもあり
ついつい見てしまうのだ

出演者が電車の窓をのんびり眺めている
車窓には美しい田園風景が流れてゆく
なんてことはないただのワンシーン

でも、私にとっては静かなトラウマを
思い出させる一瞬でもあった


今から20年近く前の話である

ある、晴れた春の朝
私は当時住んでいた実家から
2時間近く離れた都会の勤務地に向かって
いつもの電車に乗っていた

電車の中は毎度おなじみの超過密状態である
いつもの事ながら空いている席など存在せず
私は自分の向かいのロングシートに座っている人々を
横目に見ながら吊革につかまっていた

当時、なんだか仕事でも
プライベートでもうまくいかなくて
いつも胸がモヤモヤしていた
そしてこんな毎日でいいのかな?と
自問自答しながら毎日必死で生きていた

電車はそろそろ終点の都会の駅に近づいてゆく

そしてそれは毎日の事なんだけれど
電車が終着駅に近づくと
速度がゆっくりと徐行になり
時には止まったりするのだ

いつものことなので慣れたものだったけれど

『・・・もっと早く走ってくれないかな・・・』と

心の中で溜息をつきながら
なんとなく車窓の風景を眺めていると
電車はとある住宅街の側に差し掛かっていた

その住宅街は線路から
ちょっと離れた高台の上にあって
住宅街からは緩やかな小道が
線路に向かって続いている
小道の突き当りには踏切があって
反対側に渡れるようになっていた

高台の方から誰かのシルエットが見える

一組の若いカップルが小道を通り
小走りで私の乗車している電車が横切る
踏切に向かってやって来るところだった

長身で細身の彼氏はよくある紺のスーツ姿
中肉中背でセミロングの彼女は
上にベージュのトレンチコートを着て
下は膝丈のタイトスカートに
黒いパンプスを履いている
おそらく、二人は一緒に通勤するため
駅に向かう途中なのだろうと思った

彼女が彼の先に立ち、早く早くとせかしながら
後ろを振り返り、彼の服の袖を軽く引っ張っている

彼の方は戸惑ったような
笑顔を浮かべながら、こちらに歩いてきた

なんだかキラキラした二人だなぁ
朝っぱらから当てられちゃったけど
仲良きことは美しきことだしな…と

なかば、あきれつつも他人事として
微笑ましく二人を見ていた私だったけれど
踏切に近づいて来た彼女が
電車に向かって顔を向けた瞬間

私の心が凍り付いた

彼女は私が短大に通っていた頃
同じサークルで仲良くしていた友人だったのである


短大時代、私たちはサークル活動と称して
近場に旅行に行ったり
彼女の実家に泊まりに行ったりしていた

「すみれちゃんは、彼氏欲しいって思う?
私はまだ縁がないけど、お互いにいい人が見つかるといいね」

彼女は無邪気に私にそう言っていた

当時の彼女はジーンズにTシャツやネルシャツ姿で
髪をひっつめてあまり洒落っ気のない子だった

とは言え、実家は代々続く地主のような家柄で
父親は大手のインフラ勤め
お金にはあまり苦労していないし
末っ子の一人娘で親からも可愛がられて育ったからか
お気楽な言動が多い子でもあった

成人式のために高価な振袖を親に買ってもらい
その写真を自慢げにみんなに見せては
「みんなの振袖は何色?」と
事情があって振袖が用意できない
私の目の前で真剣に聞いてきたりした

彼女に限らず、私の通っていた短大には
そんな裕福な家庭出身の子が多く
なんとなく、私は場違いな気がしてならないのだった

ある日、彼女は「アメリカに短期留学したい」と言ってきた
でもお金がネックなんだよね、とみんなに話していた

しばらく短期留学の話を彼女もしなかったので
留学は諦めたのかな…と思っていたら
ちゃっかり、彼女は夏休みにアメリカに旅立って行った

それからしばらくして日本に帰国した彼女は

「やっぱりアメリカは楽しかったよ!
みんなも行ってみればいいと思う」

と、目を輝かせながら熱弁をふるっていた

なんともお気楽な子だなぁと、留学費用なんて
捻出できない私は心の中で溜息をついていた


それから何年か経ったある日
彼女が婚約したという話を風の噂で聞いた

彼女は短大を卒業してからすぐに
合コンで知り合った彼氏と交際を始めた
そしてその彼氏と結婚することが決まったらしい

彼氏と私は直接会ったことはなかったけれど

噂によるとそこそこの有名大卒で
某大手IT系企業に勤務ということであった

別に彼女が誰と結婚してもいいけれど
それを聞いて私はなんとなく
面白くない気分だった

彼女はきっと最後までお気楽に
人生を過ごすんだろうなと思ったからである

その後、彼女は彼と結婚式をあげた

白いウエディングドレス姿の彼女が
満面の笑みで写真に写っていた


電車はゆっくりと踏切の前を通り過ぎてゆく

電車の車内に居ても聞こえる
踏切のカンカンという警報音が
私の動揺とリンクして
心を激しく揺さぶってくる
しばらくして踏切の警報音も遠ざかり
私の心にもやっと平穏が訪れたのだった


その日の終わり、帰宅して朝の出来事を思い出した

もしかして他人の空似ではなかったのか?とも考えた

でも短大時代の友人からの情報によると
間違いなく彼女の新居はあの周辺で間違いないと

やっぱり私が見たのは彼女だったのだろう

なんだか不公平だな、と思った
そしてとても傷ついた

満員電車に押しつぶされながら
朝早く2時間もかけて通勤している自分と

まるで、重役出勤さながらに遅い時間に
彼氏と楽しそうに出勤していた彼女

『あなたと私は住む世界が違うのよ』と
目の前にそれをまざまざと
見せつけられたような気持ち

彼女には勿論、なんの罪もないし
ただ、偶然にもタイミング悪く
電車がそこを通過しただけの話である

誰も悪くないのに、人は傷つくこともあるんだなと
この一件で私は思った

しかし、それ以降は私が電車に揺られていても
彼女と彼があの踏切の前に立つ事は
一度もなかったのである


あれから随分と長い年月がたち
私も客観的にあの出来事について
振り返ることができるようになった

当時の私から見ると彼女はとても恵まれていて
なんの苦労もしていないように見えた

でもそれは本当にそうだったのかな?と

彼女は彼女なりに苦労していた部分も
あったのではないだろうかと思う

そしてその苦労は、私のしていた苦労とは
きっとベクトルが違うものだったのだろう

あの当時、先が見えずにもがいていた私も
今では結婚し、二人の子供に恵まれて
それなりに充実した日々を送っている

彼女はその後、双子の娘に恵まれて
幸せに暮らしていると風の噂で聞いた

今でもあの屈託のない笑顔で
どこかで笑っているといいなと思う

でも、ちょっぴり電車の窓には
トラウマが残ってしまったかもしれない

あなたが覗いた車窓には一体なにが見えますか?

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