沖縄民話ムーチー(鬼餅)。鬼となってしまった兄に、ホーミをチラ見させた妹の想い。
旧暦12月8日に行われる行事「ムーチー」は、ふかし餅を香りの良い月桃の葉で包んで友達や親戚に配り、厄払いをして健康や長寿を祈願する行事です。
この行事「ムーチー」の由来にまつわる民話が興味深い物語となっており、子供向けと大人向けの二種類が存在します。
子供向けのものは、お話の中に「下の口」(ホーミ、訳:マ◯コ)の表現があるため、子供たちに読み聞かせする際に困った大人が、子供向けに改変したものです。絵本として出版されているムーチーの物語は、子供向けに改変されたものになりますが、昔の改変されていない絵本もあるかもしれませんね。
ムーチー由来の物語は、鬼となった兄を妹が崖から落として退治し、めでたしめでたしの話なのですが、この話を書いた人物は、私達が解釈している「めでたしめでたし」の物語とは違う世界を見ていたのではないかと思う。
それでムーチーの話を作った人物の心を感じながら、もう一つのムーチー物語を覗いてみる。
◇ ◇ ◇
もう一つのムーチーの由来と民話
昔々、ある村にお父さんとお母さんを早くに失くした二人の兄弟が暮らしていました。兄の名をアヒー、妹の名をウターといった。
兄アヒーは親に代わって妹ウターの面倒を見くてはと思い真面目に働いていました。
兄妹はお互いを支え合って暮らしていましたが、ウターが年頃になると別の島へと嫁いで行きました。
心の支えだった妹のウターがいなくなって、一人残されたアヒーは、喪失感と虚無感からあまり仕事もしなくなりました。
くらしは貧しくなり、お金も食べ物も無くなった兄は、村の畑を荒らし農作物を盗むようになり、また家畜を盗んで食べるようになっていた。
数々の悪行をはたらいてきた兄は村から追い出され、近くの海岸にある洞窟で暮らすようになった。
洞窟で暮らすようになったアヒーはますます悪行を働くようになり、お腹が空いては村にやってきて家畜を盗んで食べ、そして終いには人間の子までさらって食べるようになった。
真面目で優しかった頃のアヒーの顔は見る影もなく、人の道を外れた今では、額からは角が生えている鬼となっていた。
◇ ◇ ◇
ある日、村の衆は鬼となったアヒーをどう退治するか、集会所に村のみんなが集まって話し合っていた。ある村人の一人が提案をした。
「毒を盛った食べ物、たとえば毒入団子とかをアヒーがいる洞窟の前に置くのはどうか?」
すると、別の一人が「誰がその毒入り団子をアヒーのいる洞窟の前に置いてくるの? ネズミが猫の首に鈴を付けにくいようなものだぞ」と反対した。
いい案が浮かばずみんなが黙り込んでいると、女の人の声が集会所に響いた。「この役目、私のやらせてください」
声の主はアヒーの妹ウターだった。
兄アヒーが人をさらって食べるという噂は、嫁いだウターの島にも伝わっていた。ウターは兄の噂を確認するために、生まれ育った村に戻っていたのでした。
ウターの申し出を聞いた村の長は首を横に振った。
「ウター、ダメだ。いくらお前がアヒーの妹でも、アヒーの所に行かせるわけにはいかん。鬼となったアヒーはもうお前の知っている昔の兄とは違う。あんたもこの間アヒーに会って分かっただろう?」と言い、毒入り団子の運び役を認めなかった。
しかし、ウターは決意していた。自分の手で兄を鬼から開放してあげることを。
◇ ◇ ◇
村の長が言うように、ウターは集会が開かれる少し前に、兄が本当に人食い鬼になってしまったのか確認するためにアヒーの所に訪れたが、兄の変貌ぶりに命からがら逃げ帰ったことがあった。
ウターが兄がいる海岸の洞窟に行くと、縄をもった兄のアヒーが岩陰から飛び出してきた。
目の前に飛び出してきた兄にびっくりして立ちすくむ妹を前に、「おー、ウターか、ずいぶんと久しぶりだな」と言って妹の肩をたたき、持っていた縄を岩陰に放り投げた。
私が妹じゃなかったら、兄はあの縄で何をするつもりだったんだろう。そう考えるとウターは足が震えてきた。
怯えていることを悟られないように、ウターは子供だった頃の話し方で兄に話かけた。
「にーにー、元気してた?」
「おう、元気さ。ちょっどよかった。今、ご飯の作っていたところだ、お前も食べていけ。」そう言って、アヒーはウターの腕を掴み洞窟の中に引っ張っていった。洞窟の入口には、動物の骨や人の物と思われる骸骨がたくさん転がっていた。
(本当に…、にーにーは鬼になってしまったんだ)そう思うと、ウターは悲しくなって涙が流れ、同時にここから逃げなくては私まで食べられてしまう思った。
「にーにー、ちょっとトイレ行ってくるね。ん? 信じないの?
妹だよ大丈夫さ、じゃー、さっきの縄でウチの足を縛ればいいさ」
ウターはそう言って、さっき兄が岩陰に放り投げた縄を取ってきて、簡単にほどけるような縛り方で自分の足首に縛り付けた。そしてもう片方の縄の端を兄の腕に固く結んだ。
「ほら、これでいいね」
ウターそう言って、少し離れた大きな岩に向かって歩き、兄が見ているのを確認しながら、用を足すような仕草でしゃがみこんで岩陰に隠れた。
アヒーは妹が逃げていないこを確認しているのか、時折縄をクイクイと引っ張っているのが分かる。ウターはすぐに足に結んであった縄をほどいて、岩の突起に簡単にはほどけないようきつく縛り付けた。
この岩を背に走って逃げれば、兄に気づかれずに村まで逃げ切れるだろう。 でも、途中で気づかれたら…。兄の足がものすごく早い事は、子供のころ一緒に育ったので知っていた。
ウターはかがみながら、ゆっくりと岩陰から離れた後、全力で村まで走った。
「ウォー! ウターどこ行く!!」
全力で走って逃げる妹に気付いたアヒーは、ものすごいスピードで追いかけてきた。アヒーはすぐに妹に追いつき、捕まえようと妹の後ろ襟に手を伸ばした。
「ビュン!」
縄が勢いよく張る音とが聞こえた。それと同時に「ドスン」という音が響き、兄の苦痛の叫び声が聞こた。
アヒーは、腕に縄を結びつけたまま、全力で追いかけたので、ウターは岩に結びつけてあった縄に腕を思い切り引っ張られ、ひねるように倒れてしまったのでした。
「ウター!」
「ウター!」
「何で逃げる。にーにーの所に……」
「ウター!」
アヒーの叫び声が遠くに聞こえるくらい逃げた後、ウターが振り向いてみると、腕を押さえながら洞窟に帰っていく兄の後ろ姿が見えた。
安心したウターは走るのを止め、息を整えながら村の長の所に行って、兄が確かに鬼になっていたこと話したのでした。
◇ ◇ ◇
(にーにーの所に……)
逃げる途中、走る風の音でよく聞こえなかったけれど、「戻ってきて」兄はそう言っていてたように聞こえた。
兄があんな風になったのは私のせい? 私が嫁いで家を出たから兄は鬼になったの? 何で?
兄が鬼になったのが私のせいなら、解決できるのは私しかいない。ウターは思った。もう一度、兄の所に行こう。兄が好きだったムーチーを沢山作って持っていこう。兄と一緒に崖の上で食べて、隙を見て兄を崖から落とそう。
鬼となった兄をどうやって油断させるかウターは考えた。
(来週あたり、血の流れの時が来る…)
ウターは妙案が浮かんだ。よし、そうしよう。
一週間くらい経って予想してた通り、血の流れの時が来ると、ウターはムーチーを沢山作って、兄がいる海岸近の洞窟に行った。
「にーにー、にーにー」
妹の声に兄のアヒーは洞窟から飛び出してきた。
「この前は、急ぎの用事を思い出して、帰ってしまったさ。おわびにね、にーにーが大好きなムーチーを沢山作ってきたよ。二人で食べても食べ切れないはずよ」
そう言ってウターは沢山のムーチーを兄の目の前にドサッと置いた。アヒーは大好きな沢山のムーチーを前に、この間の事などすっかり忘れてしまった。
「ね、にーにー、どうせなら海が遠くまで見える景色のいい場所で食べようよ。洞窟上の方とかどう?」
妹の言葉に、兄は以外にも嬉しそうに「いいね」とうなずいて、妹が持ってきたムーチーかかえて、洞窟の上に繋がる道を歩いて登っていった。
アヒーとウターは洞窟の上にある景色がよく見える崖の上で、ムーチーを半分に分けて食べた。
「ね、にーにー、ムーチーおいしかったね」と言うウターに、
「ウター、おまえ、もう全部食べたのか?」
「そうさ、ムーチーは美味しいから沢山食べれるさ」
実はウターは兄が他所を見ている隙に、ムーチーをふところに隠して、兄よりも沢山食べるふりをしていたのでした。
「じゃ、こんどはムーチーより美味しい鬼を食べようかね!」
妹はそう言って立ち上がり着物の裾をチラとまくった。はだけた着物の奥に大人になった妹のホーミが兄の目に飛び込んできた。
ウターは人指し指を唇口に当てて言った。
「にーにー、上の口は餅を食べる口、そしてこの下の口は鬼を食べる口だよ」
兄には、妹のホーミがヒゲの生えた恐ろしい口に見えた。また下の口からは月経の血が太ももまで流れていたので、ホーミは鬼を食べる口だと信じてしまった。
「にーにー、ムーチーだけではお腹いっぱいにはならないよ。だから鬼になったにーにーも食べたいさ。にーにーも人を沢山食べたでしょ? ウチも鬼たべたさいさ」と言いながら、ウターは着物の裾をたくし上げ、血が流れでたヒゲのある下の口をチラリチラリと見せながら兄に近づいていった。
アヒーは本当に下の口に食べらるのだと思い、近づく妹から離れようと後ずさりをした。
そして、崖の端までくると、兄は足を滑らせ崖の下へと落ちっていった。
(終わった。村の厄災は消えた。兄の苦しみも終わった)
ウターは足から崩れ落ちるようにしゃがみ込んで泣いた。
「にーにー、ごめんね。
にーにー、下の口は鬼を食べる口ではないよ。子供が生まれてくる所だよ。女のこと知らなかったの?
にーにー。にーにーはウチのために一生懸命働いていたんだよね。
にーにーはウチがお嫁に行ってから、頭がおかしくなったって聞いたよ。
にーにーがさ、ウチのこと大事に想っていたこと知ってたさ。でも、ウチら兄妹だから一緒にはなれないさね、にーにー、にーにー。」
ウターはゆっくりと立ち上がると、来た道を戻って洞窟の前まで降りた。洞窟の前には瞬きを忘れ目から光が消えた兄が倒れていた。
ウターは兄の側にひざまずいて、兄の頭を膝に上に乗せて顔をなでた。
「ねー、にーにー、こんどはウチの子供として生まれておいで。にーにーがびっくりしたこのホーミから生まれておいで。今度はウチがにーにーを守るさ。もっと美味しいムーチーをたくさん作ってあげるよ。ねー、にーにー」
◇ ◇ ◇
一年後、ウターは男の子を生んだ。そして名前をアヒーと名付けた。