初めてゼルダの世界に没頭して
去年の正月休みの頃、今更ではあるがとあるアクションRPGをやってみた。職場と自宅の往復ばかりでつまらない毎日の中で、「何かおもしろい、おすすめのゲームはある?」と友人に尋ねたことから始まった。自分の置かれている状況に疲弊して、何でもいいから今の自分をすっかり忘れられ、受動的でいられる面白いものを探していた。
友人からおすすめしてもらったゲームは、初めての人でも面白いと感じるくらいのゲームだということと、そして、どんなゲームもやったことのない私でもできるくらい簡単な操作なのだというふうに聞いてやってみることにした。ゲーム機とソフトを友人が貸してくれた。
私は本当にゲームをやったことがない。アニメくらいならわかるけどポケモンだってよくわかっていないし、ピカチュウとミュウツーとカビゴンくらいしかわからない。それからカービィもマリオカートだってやったことはないし、他の色んなゲームだってやったことはない。みんなが楽しそうにゲームの話をするのを遠くに眺めていた。ゲームにはそんなに興味をもてなかった。小学生の頃、妹にそそのかされ、大事なお年玉で最新型のゲーム機を買ったことがあるけれども、犬を育ててお散歩をするゲームをちょっとやってすぐに飽きた。そういえば、祖母と一緒に「ぷよぷよ」にはハマったことがあったっけ。
ともかく、私は27年生きてきて初めて本気でゲームをすることになったのだ。
ゲームの中で、私は広い森の中にたった一人になった。ときどき怖いモンスターと、村人と悪い人が出てくる。まずはモンスターが怖いので逃げ回りながらキノコ狩りにいそしんだ。
このゲームを進めてくれた友人から、こんな風にモンスターを殴って倒すのだと教わる。殴るだなんて恐ろしい。小学生のころ習っていた空手では、人に手を出すというのは日常生活でやることではないと習ったし。
そんなことをぐちぐち言いつつ、わたしはモンスターを倒すことに慣れ、快感を覚えるようになってしまった。そしていつのまにか教えてくれた人よりも素早く敵を倒すことができるようになった。敵から武器を奪い、どんどん強い武器を手に入れて主人公は強靭になっていった。
主人公は森の中、たった一人でモンスターを倒し、焼ききのこを食べ、イノシシを狩り、ストーリーを進めて行く。特殊なマントで空を飛び、崖だってがんがん登れる。もし現実世界にこんな人がいたら大変だ。もちろん途中でおじいさんや村人が出てくるけれど、ほとんどの時間、ひとりぼっちだ。
私は一人になることがとっても好きで、一人で静かに本を読んだり、一人で静かにご飯を食べたりすることに幸せを感じる。誰かが隣に行っておしゃべりするのは楽しい時もあるけれども、できたらそんなにしたくない。私には気心知れた人が一人もいないからだ。ひょっとすると私自身ですら、私は気心知れてない。
そんな私がこのゲームをやってみて、とても寂しいと感じた。もちろん途中で物売りに出会うこともあるし、町に行けば人がいるのだけど、基本的には主人公は砂漠や森や、雪原の中をたった一人で走り回る。
私がこのゲームにハマったのは仕事があまりにも嫌になって、そして、忙しくて現実逃避したいからだったと思う。私は現実世界で一人になりたかった。誰も干渉してこない世界に行きたかった。
このゲームの世界でわたしはひとりぼっちになれた。これが願っていた世界だ。でも、それは身震いするほど寂しかった。
私は、会社なんて辞めてたったひとり山奥で一人になりたいと思っていた。山奥でひとりぼっちでも生計を立てる方法はないかと本気で考えていた。けれどもそれはきっとひょっとして、とっても寂しいことなのだなあと気づいた。このゲームの主人公みたいにとっても寂しいことなのだろうなあと思った。私が一人になりたいというのは、一緒に居なくても誰かと想い合って、心のどこかで大事な人を感じながら、でも空間には一人という状況が好きなのだろうなって思えた。なんて我儘なのだろう。
このゲームにはまった昨年のお正月休みは、起きている時間の半分はゲームをしていたと思う。決して無駄な時間ではなかった。仕事のことを忘れ、ゲームに没頭し、私はたったひとりになることの寂しさを感じることができた。
私はそれから半年間ほど、充分にゲームの中の寂しさと、モンスターを倒す快感と、キノコ狩りをする楽しさを行ったり来たりして楽しんだ。全てそっちのけで頭痛がするくらいゲームを堪能するうちに、ゲームの主人公が淋しいと感じることはなくなった。私は主人公の寂しさを受け入れて、同時に私自身は寂しさを味わって満足した。
その時の状況からおよそ1年経って、私はこのゲームがとても気に入ったので自らゲーム機本体とソフトを買うことにした。自分の稼いだお金を初めてゲームに費やした。
今ではときどき、空が飛びたいと思うときにこのゲームをする。
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