コンビニでいつもお箸の数を聞いてくる店員がいる・下
「あ、じゃあ…はい」
と気まずくなった瞬間に場違いな人工音がチン。と鳴り響いた。
「じゃあ待つことにします。」
とお釣りを財布に必死に入れながらそそくさと逃げた。
喫煙所でTwitterをみながらお姉さんを待つ。好きなアニメの2期が決まったらしい。次のイベント楽曲が決まった。私の推しじゃないけどゲットしたら次のイベントを優位に勧められる。
トントンと指をタバコに叩きつける。いつまで経ってもタバコが出てこずイライラも込めてタバコを叩く。
トントン
やっと一本出てきて口に咥えてライターを探しにポケットを探す。右ポケットにはイヤホン、ウォークマン、鍵、飴のゴミ。左ポケットにはさっきのレシートとライター。
蛍光緑色のライター。すっかり湿ったフィルターを齧り火をつけようとした瞬間。
「おそくなりました。」
とさっきのお姉さんが出てきた。
コンビニの漏れた光がお姉さんの目を照らしてた。マスクの上からしか見えない目がキラキラしてた。さっきはあんなにキラキラしてたっけ。長いまつ毛が柔らかく瞬きする度に落ちる影が私よりうんと幼いことを突きつけてくる。
「タバコ吸われるんですね。」
「…嫌でした?」
と聞くとお姉さんは困ったように目線を彷徨わせてうんうんと唸っていた。
「あ、じゃあ。吸うの辞めますよ」
乱暴にポケットにねじ込みお姉さんの隣に立つ。
「ここから近いんで、すぐですよ!あと豚トロ買ってきました!お好きですか?」
「ちょうど迷ってた二つなんでシェアしましょう」
シェアしましょう。そうしましょう。と意味もなく笑いながらお姉さんの家まで歩く。
コンビニから徒歩3分の小さなアパート。ギシギシと揺れる階段を登った205号室。
ただいまー。と間延びしたお姉さんの声と、おじゃましまします。が被ってしまいまた笑い出す。
女の子の匂いがする部屋だった。花柄や柔らかいピンク色のシーツとカーテン。中の向かい側にテレビが置いてある。その間を挟むように置いてあるガラステーブル。思春期の男の子のようにおどおどしているとソファーを勧めてくれた。さすがに何もせずには居られないと思い、台所に立つとシンクに灰皿が捨ててあった。お姉さん、タバコ吸うんじゃん。
「あ、これ、元彼の、なんです。」
と言い訳の声はどこかに吸い込まれて私はお姉さんの袋の中にある豚トロに釘付けだった。
その日の夜は修学旅行の夜のように嬌声が部屋を包んだ。ソファーに二人で寝転んで好きな俳優やドラマ、映画、ゲーム、お菓子、つまみ、酒の話をご飯と一緒に飲み込んだ。
「元彼」のワードがひっかかって恋愛の話は、しにくかったしそもそも私には彼氏がいなかった。
時刻は夜の23:30をまわり、そろそろ帰らないと明日の仕事に間に合わない。そしてタバコも吸いたい。お酒でうっすら頬が赤くなってケタケタ笑うお姉さんに「仕事があるからまた今度」と切り上げようとすると泊まっていけばいいじゃないか。という提案をうけた。何度が押し問答があり正直タバコも吸いたい。と渋々伝えるとお姉さんはカーテンを開いて窓を開け放ち「これでならいいよ」と元彼の灰皿を渡してくれた。
ありがてぇ。やっぱり可愛い子は性格もかわいいんだ。と思いつつタバコを叩く。お姉さんは猫のような目をしてタバコを叩いてイライラしている私をみていた。
隣で夜風に当たって涼しそうなお姉さんとタバコを吹かしている私。何故かいいようもなく切なくなって自分の指先を見つめる。 剥がれかけているネイル。入社した当時は、すぐに塗りなおしていたのに。
隣のお姉さんは揺らめく紫煙に目を細めて笑っていた。
「そろそろ帰りますね。」
「明日も同じ時間に来ますか?」
「日課なんで」
と答えると灰皿を私の近くに置いて
「悲しい日課ですね」
と笑った。
そんな悲しい日課を続けていくうちに徐々にお姉さんのことについてわかってきた。
22歳。私より5つも若い。私の事を、社会人さんと呼ぶ大学生。英語英文学科。身長は156cm。趣味は読書。割と酒飲みでよく笑う。20時から2時までの深夜アルバイト。好きなタイプは黒髪の長身。最近ピアスをあけたがっている。
ということ。いつの間にか彼女は私にお箸を何膳つけるか聞かなくなったし、部屋には灰皿が常備されていた。
「ピアッサー買ってきた!」
とある日、彼女はお酒を飲みながらピアッサーを私の鼻の先につきつけた。
「いっこだけじゃん」
「奇数がいいって、社会人さんが言ったんじゃん」
「あはは、そうだっけ。」
「そうだよ。ね、ね、あけて。」
「人の開けたことないよ?」
「いいよ。社会人さんのこと好きだから。忘れられなくなるでしょ。」
お互いにね。といいながら灰皿に置いていたタバコを取られる。いつも私のタバコを吸いたがるけど喉がイガイガするので二口でやめてまた私に返してくる。
「ほんとにいいの?なら氷とっておいで」
「氷ないわ。冷凍食品でもいい?」
「冷えればなんでもいいんだよ。」
と言い終わる前に彼女は冷凍庫をゴトゴト鳴らし始めた。
「小籠包と餃子どっちがいいかな?」
「餃子」
「なんで?」
「ピアス開け終わったあとたべたい。」
「じゃあ餃子だね」
餃子とお酒をもって私の真正面に彼女は正座する。
「どこに空けて欲しいの?」
「左耳!ホクロがあるでしょ?コンプレックスなの。無くしたいから」
髪をそっとかきあげて小さな耳をみると、なるほど、マーカーで印をつけたようなホクロがある。
「じゃあ5分冷やして。そのあとあけてあげる」
灰皿の近くに投げてあるピアッサーを開ける。人の耳であけるとなるのは、はじめてなので熟読して、何度もシュミレーションをする。横で彼女はキムチを食べながら耳を冷やしている。
「ねえ、痛いかな?痛いと思う?」
「私に任せたら痛くないよ。おいで。」
ゆっくり彼女を抱きしめる。じゃあいい?あけるよ?ふふ、開ける時教えてね。と囁き合いながらピアスをあける。
「いたい。」
「じんじんする?」
「する。いたい。」
耳をゆっくり撫でると耳が心臓に移動したようにしくしく傷んでいた。
「ねえ、明日から私、出張なの。」
「えー、何日?」
「2泊3日」
「ながいよ。」
「すぐだよ。」
「毎日LINEしていい?」
「もちろんだよ。」
ピアスの消毒方法を教えて2人で餃子を食べた。檸檬堂と氷結を交互に飲んで、流れるようにキスをした。
ピンクグレープフルーツと、レモンの味。その奥にあるタバコの苦い匂い。
「私、フルーツ嫌いなんだよね。」
「社会人さん、偏食だよね。」
「そうよ、大人はねそうなの。」
「私はね、タバコ嫌いなんだよね。」
「こら、私の口調を真似しない。」
「好きだと色々似てくるんだよ。」
「ピアスもお揃いになったしね。」
「そうだよ。」
「出張先で浮気はダメだよ?」
「そんなことするように見えてるんだ~」
ショックだ~と嘆きながらスマホを見る。そろそろ帰って準備をしないと行けない時間だった。
「そろそろ帰るね。」
「またくる?」
「もちろん。」
玄関先で擦れたヒールを履きながらお土産はなににしようか考える。
「じゃあまたLINEして?」
「LINEする。社会人さんも、出張頑張ってね。」
「はいはい」
お互いに手を振って私はギシギシいう扉をしめた。
今思えば、他に話さなくてはいけないことがあったような気がする。
出張から帰ってコンビニに行くと、お姉さんはいなかった。シフトがズレたのかと思ってそのまま家に向かうと空き家になっていた。
鞄の中で、お土産が急に重くなる。なんで?どこに行ったの?ドアの前でしゃがみこむ。胸ポケットにあるスマホを取り出す時にライターが音を立てて落ちた。
LINEを見ると、退出されていた。
勇気をだしてコンビニの店員さんに聞いても、急に辞めてしまった事以外、教えて貰えなかった。
話したいことも聞きたいことも山ほどあったのに。
ピアスの安定具合とか、何食べてたかとか、出張先でみた夜景が思った他綺麗じゃなかった事とか、好きな色とか、私の事が好きだったのかどうかとか。私が買ってきたお土産の入浴剤を使って一緒にお風呂に入ろうよとか。
ドアの前で何時間も待った。
気が付くと出張帰りの服装のまんま朝になっていた。
お土産の入浴剤は3種類。全部花の形をして、どれも可愛いのに。可愛いお姉さんに似合うと思って買ってきたのに。
私は休む勇気もなくふらつく足のまま会社に向かった。
もう彼女は戻ってこないんだと思った。会社で隣の席の中途採用の名前もわからない女に入浴剤はあげた。
この話を貴女が読んでたらいいなと思う。また会いたいとか、連絡して欲しいとかは思わないから。どうか健康にだけは気をつけて。あの時なにもしてあげられなかった私の事は忘れて、幸せになっていて欲しいと思う。
下・終