墨田区京島。リノベーションで生まれ変わった七軒長屋と、空き地活用の現在地。アート的な場をつくることで、街でモヤモヤしている人が集まってくる。
東京都墨田区北部の京島・八広・立花エリア。東京でもっとも多く戦前の長屋が残るこの地域の大通りである明治通り沿いには、七軒連なった長屋があります。
この七軒長屋は、1932年に建てられたため築90年。これまでこの長屋の1階部分では居酒屋や仕立て屋、植木屋などの商いが行われたり、2階は住居スペースや店舗の休憩スペースとして脈々と多くの人に使われてきました。
数年ほど誰も住んでいない状態の部屋がありましたが、この長屋を拠点に活動したいという人たちが現れ、借り手それぞれがリノベーションを行い、現在は、仕事場やカフェ、展示スペースなどとして活用されています。
今回は、そんな七軒長屋で活動する人たちと、その七軒長屋の大家さんとの交流をご紹介します。
そして、七軒長屋から歩いて15秒ほどの場所にある明治通りと四ツ目通りの京島交差点に面したセブンイレブンの隣には、画家である海野貴彦さんのアトリエ「海の家」が制作されている最中です。すみだ向島EXPO2022会期中の10月には、海の家の向かいに「京島クロスロード村」と名付けられた村が一ヶ月間限定で現れました。
まだ多くの人が知らないディープな墨田区の一面を今回はたっぷりとご紹介します。
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七軒長屋と京島交差点の空き地に行った人たち(敬称略)
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まずは、七軒長屋の一角で、「日本一ハードルの低いカフェ」 adliveを運営する、一級建築士の井上さんをご紹介します。
一級建築士が始めた、日本一ハードルの低いカフェ
深井さん:この七軒長屋で活動を始めてみようと思ったきっかけなどはあったんですか?
井上さん:ワークショップに参加したり、ここからすぐ近くのキラキラ橘商店街などを街歩きして、おもしろそうな店がいっぱいあるなと感じ、その中の一つになれたらと思って、この長屋で活動してみようと思ったんです。
深井さん:今の運営体制はどんな感じなんですか?
井上さん:僕含め、大学からの同級生2人で運営しています。この場所を借りたい人を少しずつ自分たちで集めて、ここを使ってもらっています。
後藤さん:お仕事もされながらここの運営も両立してやっているんですよね?
井上さん:はい、そこの両立は、課題ですね…週末にできる限りここに来て進めています。もう一人は、学生で東大の博士課程なんですけど。
深井さん:働きながら週末に活動すること自体、僕の世代だと例がなかったから、今っぽいですよね。
井上さん:まだ働いて3年くらいしか経っていないので忙しい時期ではあるんですが、ゆくゆくはこっちに本腰を入れたいという気持ちがあって、今はここから自転車圏内の場所に引っ越してきました。
深井さん:ちなみに、今は何のお仕事を?
井上さん:建築設計です。本業だと設計で終わってしまうので、実際に建物を使ってみたいと思っていたんです。
深井さん:なるほど。たしかに設計だとハード面だけですけど、この場の運営となるとかソフトな部分も考えて、いろいろ手を動かしていかなきゃいけないですよね。
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adliveは、今後も小さくお店をやってみたいという思いを抱いた人が、お店を始める一歩を後押しする場になりそうで、楽しみですね!
次に向かったのは、世界中から取り揃えた1000種類以上のゲームを楽しめるボードゲームカフェ MILLION PERCENT(ミリオンパーセント)。お店の設計デザイン兼経営者の住中さんにお話しを伺いました。
使い手自身がリノベーションすることで、唯一無二の場が生まれる
後藤さん:住中さんがここを使おうと思ったのはなぜだったんですか?
住中さん:ちょうどボードゲームカフェをつくろうと仲間たちと話していたんです。この場所は、ちょうど大きい通りに面しているし、2階まで使えば結構広く使えるなと思ったので、ここを選んだという感じですね。
深井さん:こんなに立派になっちゃうとは思っていなかったもんね。しかも改装期間が、たったの一ヶ月半。大工さんじゃないんですよ。しかも清潔な感じが漂っていて、すごいな~と思いましたね。アーティストの力を借りるとこうなるんだと思いましたよ。だから、本当に壊さなくてよかったなと思います。
後藤さん:あんまりいじらないでほしいと言う大家さんもいらっしゃるじゃないですか。その中で、深井さんは結構レアな存在なのではと思っているんですけど。
深井さん:その場所を使う人に使いやすいように直してもらうことで、よりその人自身が表現しやすい場になっていくんじゃないかなと僕は思っているんです。使ってもらう人にリノベーションなどしてもらうことで、自然と唯一無二の空間が生まれると思いますね。そういった意味でも、アーティストの力を借りるっておもしろいですよね。
やっぱり上から、ディベロッパーが開発しようとすると、大通りだからキレイな高い建物が建って、おわりになっちゃうんだけど、それだと誰ともつながらないよね。
住中さん:長屋のいいところは人の手がかかっていることが感じられるところですね。
アート的な場には、街の中でモヤモヤしている人が集まってくる
深井さん:休日に前を通るとすごくにぎわっているなといつも思っています。
住中さん:自分としてもそういう一つのコミュニケーションスペースとして人と人がつながればいいなと思っています。
後藤さん:住中さんは、アーティストとしての場づくりの経験が長いですよね。こういった場所を活かす上でアートの側面に、ある種の有効性みたいなものを感じていますか?
住中さん:そうですね。店自体はアートじゃないけれど、ビジュアルインパクトというか、リノベーションすることで空間が変わって、居心地がよくなりますよね。そこには自分がやってきたアート的な力は使ったなという感じはします。その辺は、見せ方を意識しています。梁もちゃんと出して長屋の良さを活かそうと思っていました。
後藤さん:住中さんは、ここ以外でアートワークとしての場づくりをやっていたり、事例としてある種、場じゃなかったところに場をつくってきたこともあると思います。今までの経験の中で、アートの場をつくる場面では、どういうことが起こり得ると感じてきましたか?
住中さん:うーん、ちょっとズレてしまうんですが、アートで場をつくる時って比較的、どことも接続しないんですよね。逆に特定の機能が強すぎると、そういう人が集まってくるんですよね。
例えば居酒屋がたくさんある街には、別にまた新しい居酒屋ができなくてもいいわけですよ。そこの街で満ち足りている部分っていうのはすでに満ちているはずで。
アート的な場は、正直わからないというマイナス点はあるんですけど、逆に言うとフラットになるんです。アートという空白地をつくると、その街の中で満足していない人が来がち。
だから、アート的な場をつくることは、その街にすでにあるものをつくることではなくて、その街でモヤモヤしている人が自然と集まってくるんです。それまでになかったつながりができたり、何かほしいと思っていたけど、今あるもので満足できたり。
後藤さん:この辺は長く地元としてここに住んでいる人がいるところに、新しい人が住み始めるじゃないですか。そういった異なる立場の人たちが、接点を持つきっかけをつくろうとイベントをしたりしてましたよね。
住中さん:何気なく話すきっかけをつくる…今、この地域に住み始める人が増えていていいなと思うんですが、新旧の人の接続ってなかなか難しいですよね。
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住中さんのお話しを聞いて、MILLION PERCENTの空間にはアート的な視点がちりばめられていることが感じられました。リノベーションすることによって、居心地がよくなり、人が集まって、コミュニケーションが生まれる。ボードゲームカフェという場自体が、人と人がつながる場だということもあり、空間とその用途に合点がいきました。
次は、隣のUntitled Space。メキシコ出身で日本に移り住んで15年以上、慶應義塾大学で都市計画などを教えている建築家のラファエル・バルボアさん(以下、ラファさん)にお話しを伺いました。
何をやっているのかよくわからない、文化のハブのような場所
後藤さん:この長屋で活動しようと思ったきっかけを教えてください。
ラファさん:2020年の8月です。この長屋の前を通りかかって。これまで長屋を改修したこともあったので、この長屋に惹かれました。
後藤さん:そうなんですね。この場所は、どうですか?
ラファさん:大通りに面したこのガラス戸が気に入っているんです。ガレージみたいで、スーッと開いて。これがすごくおもしろいです。
ラファさん:ちなみに、入り口の三角形の空間はパブリックとプライベートの遊び心で、デザインを考えました。
私は街づくりや都市計画を大学で教えているんですが、このスペースはセミパブリックと言います。カーテンはソフトだから、壁ほど空間を隔てていないんです。前を通りかかった子どもたちはいつもこっちを見て、今日は何のおもちゃがあるだろうとか、何の花が植えてあるか覗くんです。だから、このセミパブリックの空間があることで、コミュニケーションが生まれているんですよね。
深井さん:セミパブリック、おもしろい考え方ですね。ほかにもこだわっている部分はありますか?
ラファさん:天井を抜いたことで、建物の歴史が見えるようになっているんです。部分的に、吹き抜けがあったり、階段があったことがわかります。
深井さん:建物の歴史を見えるようにしながらも、新しい空間に生まれ変わらせているところがさすがですよね。
後藤さん:そうですよね。ラファさんは今までご自身で、長屋をリノベーションして、谷中の「スタジオ わさび」という場所をつくったり、いろんな建築を見てきたと思うんですけど、この街の長屋のおもしろさみたいなところを教えてください。
ラファさん:長屋は、裏と表があるんです。歴史的に、長屋はいつも狭い路地に隣接しているんです。それは、火災の時に逃げるための通り道になるからすごく重要ですよね。その長屋は、表から見ると伝統的な趣きがあるけど、裏はまた違った雰囲気があって。
例えば、Untitled Spaceの裏にあるバルコニーは新しくつくったんです。一つの建物でも、裏と表など視点を変えれば、また異なるかたちで楽しめるんですよね。
深井さん:このバルコニーは使っているんですか?
ラファさん:たまに使ってます。スカイツリーも見えて、ここからの眺めがすごくいいんです。
深井さん:よくここの前を通ると、いろんな人が来ていて、人との交流からいろいろなものが生まれていそうですよね。
ラファさん:そうですね。おもちゃがたくさんあるから、「おもちゃ屋さんですか?」「図書館ですか?」と聞かれたり。何をやっているのかよくわからないと思われるんですが、いろいろなことをやっているので、このスペースは文化のハブのような場所なんです。
深井さん:変わりゆく京島の象徴かもしれないですね。こんなふうに外国人の方々が集まっているのは。
2022年EXPO期間中に行なわれたラファさんの展示
ラファさん:子どもの頃からコインやお札などの細い線に興味があったんです。そこからのインスピレーションで、今回の展示でスケッチを飾るための額縁の板も薄くつくりました。
深井さん:たしかにお札に描かれているデザインって繊細だよね。
ラファさん:そう、すごくきれいなんです。多くの人が毎日使うものだから、特にお札はデザインが考えられている。でも、みんな気にしないですよね。5分でもゆっくり見たら、すごいデザインってわかるんです。
深井さん:ゆっくり見る人、いないもんね。ラファさんは、今も子供の頃の感覚や気持ちを抱いてるんですね。
京島で活動する人ともっとコラボレーションしていきたい。
深井さん:この一年で変わったことはありますか?
ラファさん:少しずつですが、地元のネットワークが強くなったかな。あちこち他のアーティストやビジネスをしている人とのつながりが増えた気がします。私にとって特に、深井さんと後藤さんの存在は、すごくありがたいですね。深井さんはよくここに来て声をかけてくれるし、後藤さんはいろいろな人との出会いの機会をくれますし。
後藤さん:ラファさんがイメージしている未来について少し聞かせてもらえますか?
ラファさん:将来的に、もっといろいろな人とコラボレーションしたいと思っています。例えば、京島で活動しているアーティストとコラボレーションできたらいいなと。
深井さん:ラファさんがつながっている人は、他の地域に住んでいる人が多いんですね。
ラファさん:そうですね。京島の中でも、分館にあるアペロワインのフランス人の彼とはいいつながりがあるんです。もっと他の人ともつながっていけたらなと考えています。例えば、料理や建築、アートの分野とどうやってつながれるかなと思ったり。
後藤さん:アートや建築という枠だけじゃなくて、もっと多様な領域の人たちと一緒に何かやっていけたらと考えているんですね。
ラファさん:そうそう。もうちょっと開いて、混ぜて、アートや建築以外にも、広げていけたらなと考えています。実験的にいろいろしていきたいですね。
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ラファさんにお話しを聞いて、好奇心旺盛で、ゆらめく子ども心が垣間見えました。ラファさんは、すでにたくさんの人とつながっているように感じましたが、これからもっと近隣の人や活動するアーティストとコラボレーションしていきたいというお話しが印象的でした。
七軒長屋の最後にご紹介するのは、元居酒屋の面影が残る、「かずの子」。この場所では、写真家で元東京造形大学教授の中里和人さんと、東京造形大学写真専攻領域で、地域デザインを研究するエリアスタディの学生による向島の写真・インスタレーション展が行われました。
未来へのアーカイブ 「かずの子」
エリアスタディはフィールドワークを中心に、土地と自然や歴史、地域社会の人々とのコミュニケーションを通じ、ローカルな地域にあるグローバルな課題や希望を発見し、デザインとアートの力を統合させ、表現していく研究です。
2022年4月から向島でフィールドワークを実践、撮影を繰り返す中で学生たちが発見した地域資源としての景観が、さまざまな「風景のカタチ」として表現されていました。
写真家である中里さんは、2000年から20年以上にわたって東京・向島の風景を映し出してきました。未来に接木したい向島に残る東京原風景の写真展とスライドショー、そして2階には、向島の古材を再利用したセルフビルドの小屋1号が展示されていました。
2022年のEXPOでは、他にも展示場所としてのオファーを受けていましたが、最終的に七軒長屋のこの場所がしっくりきたということで、この場所で展示することになったそうです。
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お次は、七軒長屋から歩いて15秒ほどの場所にある、明治通りと四ツ目通りの京島交差点に向かいました。
すみだ向島EXPO2022会期中の10月には、「京島クロスロード村」と名付けられた村が一ヶ月間限定で現れました。
明治通りと四ツ目通り京島交差点、「京島クロスロード村」
UR都市機構と墨田区によって管理されている、普段は空地の空間に、2022年のEXPO期間中の10月一ヶ月間限定で現れた「京島クロスロード村」。
村長は、野人陶芸家(?)の小孫 哲太郎(こまご てつたろう)さん。一ヶ月間、クロスロード村で、何か表現してみたいと思っている人や、偶然立ち寄った人との交流を行っていました。
普段は自由に人が入ることができず、がらんとしている空き地に一ヶ月だけ現れた空間。何をやっているのかよくわからないけど、なんだか気になってしまう。そこに人が何かを行うことで、自然と人が集う。場をつくり、人がいることで、また人が集まってくることをひしひしと感じる時間でした。
セブンイレブン横に、コミュニケーションが取れるアトリエ「海の家」が登場
そして、最後に訪れたのは京島クロスロード村の向かいの、セブンイレブン横の「海の家」。道路拡幅事業で生まれた空き地を活用する動きが始まりました。
この土地が道路拡張されるまでのあいだは、アーティストに活用してもらい、周辺地域に活気が生まれたらという思いを抱く地主の深井さん。
そして、この土地を使うのは、画家である海野貴彦(かいの たかひこ)さんです。2021年にEXPOに参加し、京島に拠点を持ちたいと思ったことをきっかけに、「海の家」をつくることを深井さんに提案しました。
主に海野さんのアトリエとして活用される予定で、閉じこもって創作活動をするのではなく、アトリエに訪れた人とコミュニケーションをするような場所にしていきたいのだそう。
近隣の廃材をリヤカーで集めて、つくっている最中ですが、2022年12月現在は休止中。2023年から活動を再開するようです。そして、愛媛県松山市を中心に活動する海野さんが不在のあいだは、後藤さんを中心に、さまざまな人を呼び、この空き地を活用していく予定です。
2022年10月のEXPO終了後も、「海の家」ではアートの側面を活用した活動や交流が続いていきそうです。これからどんな場になり、どんな出来事が起こるか楽しみですね。
人が動くことで、場は生まれ変わる。
墨田区 京島の七軒長屋と、そこから歩いてすぐの京島交差点の空き地の活用の現在地が垣間見えたかと思います。
アートという側面に限らず、人が場を整え、そこで活動することによって、人が集う場が自然と生まれることを、みなさんのお話しを聞いて感じました。
2022年のEXPOは終了しましたが、今回ご紹介した七軒長屋の店舗や、海の家は、今後も続き変化していきます。ぜひ京島に足を運んで、「街の中でこんなことができるんだ!」という驚きを体感してみてください。きっと新しい視点を得られるはずですよ。
(構成・執筆・編集:茂出木美樹)
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