すみだ向島EXPOだけじゃない!めざす目指すのは日常からなじみ、ともに成長しあう町とアートの関係性~「バーバーアラキ」にできた、世にも不思議な雑器店の謎に迫る(1)
(第一話)店主トーク~雑器を通して、人の流れ、つながりを創り出したい
ご存じだっただろうか?墨田区京島3丁目・キラキラ橘商店街にある「バーバーアラキ」という空間で2か月間、不思議な「雑器店」が開いていたことを。雑器とは、廉価で日常遣いできる器のことだが、この店に並ぶのはちょっと特別だった。デパートの陶器売り場では高額作品として取り扱われている一流の作家さん達の雑器が手ごろな価格で販売されていたのだ。この幻のような雑器店の仕掛人であり、店主を務めていたのは画家・海野貴彦(かいのたかひこ)さん。2021年の国際芸術祭「東京ビエンナーレ2020/2021」に参加した際、墨田区で開催されていた街なか博覧会「すみだ向島EXPO」(※)の連携企画として作品発表を行い、この京島で竹を用いて大やぐらをつくったところから始まり、京島との付き合いをじっくり深めているアーティストの一人だ。期間限定のお試し店だったため5月上旬までだったが、その会期終了間際に雑器店を開いたことへの思いなどを伺った。あの不思議な雑器店は何だったのか、一緒に振り返ってみよう。
※すみだ向島EXPO:「東京にふるさとをつくる」をコンセプトとする街なか博覧会。2020年から東京都墨田区北部(向島地域)を中心に毎年10月に開催。戦前の長屋が残る町のあり方を問い直し、人々の日々の営みや住人・アーティストの発表に出会える催しだ。
出発点は「すみだ向島EXPO」
Q:わあ、素敵な器がたくさん。え、なんかお値段安くないですか!?
海野さん:うん。一応、雑器というコンセプトだからね。雑器っていうのは日常遣いのお皿だからお安めなの。でも、ここに出品している陶芸家はみんな一流。デパートに行ったら結構なお値段で売っているような作家ばかりなの。見て、これもすごいでしょ。器の材料になる土を掘り出してくるところからやっている作家さんのものだよ。他にもこれやあれや・・・。もし売れ残ったら、俺が買い取りたいと狙っているものが実はたくさんある(ニヤリ)。
Q:私も買ってしまいそう!(結局、取材後にいくつも買っちゃいました)
この雑器店が開かれた「バーバーアラキ」という建物は大正時代の築80年くらいのものだとか。当時は理髪店だったものを、すみだ向島EXPOの仕掛人・後藤大樹さんたちが、人が住めるところまでリノベーションされたと聞きました。
海野さん:そう。そのこけら落とし的に「雑器店」という企画をやらせてもらうことになりました。今回の「雑器店」はちょうど終わっちゃうけど、この場所はこれからもますます盛り上がっていくはずだよ。すみだ向島EXPOの時期以外にも通年、何かしら仕掛けて町を盛り上げていきたいという後藤さんの思いがあるからね。
自分だけでなく、この地域に関わりを持つアーティストを増やしたかった
Q:すみだ向島EXPOは毎年10月の1か月間だけですもんね。雑器店のアイディアはどのように生まれたんですか?これまでの経緯も含めてお聞かせください。
海野:昨年のすみだ向島EXPOで1か月限定の「京島クロスロード村」という村を作って開きました。ここでは陶芸家の小孫哲太郎さんが村長を務め、「望郷哲太郎」として創意工夫をして住民の方たちと遊んだりしながらコミュニティを作っていました。その小孫さんだけでなく、全国各地にキャリアを積んだ陶芸作家の仲間がいるので、この店舗に出品してもらうことで、さらに多くの作家たちとこの町が関係できるとよいなと思ったのがきっかけです。これまで京島に来たことがなかった著名な作家たちが来て、地元のように泊まるとか交流できるところまで持っていけたら面白いのでは、と。そこで「日常用の雑器を売るお店に出品してはもらえないでしょうか?」とお声掛けしたところ、最終的に14人の作家も参加してくれました。
俺自身は「野営」というユニットで一昨年の「東京ビエンナーレ2020/2021」に参加して京島に「東京大屋台」と称した大やぐらをおっ建てて、昨年は「京島クロスロード村」の仕掛けと「海の家」プロジェクトですみだ向島EXPOに関わってきた。そして、今年こそは「海の家」を完成させるぞ!という思いもある中、さらにアーティストの接点も広げていけるといいのではと思った。
つくりたいのは人のつながり
絵を描くように、町と人をつなげていく
Q:それで雑器店ができたんですね。実際、やってみてどうでしたか?
海野さん:予想以上でした。出品てくれた陶芸家たちは全国各地に出店先がある人も多いのですが、納品や他での展示ついでとかで、ほぼ全員がここ京島まで足を運んでくれて。そこで2日くらい一緒に過ごしてご飯を食べたりしながら、後藤さんをはじめここの関係者にも紹介したりして、俺がいなくてもみんな直接関われるようになったし。そして、元々の各作家のファンの方々が遠方からここを目指して来てくださったり、通りすがりの方々がプラッとお越しになったり。突然現れたお店でしたが、そういったお客様や各作家や支えてくれたスタッフのおかげで好評を得られたなぁと。
Q:すばらしいですね!(店の前の往来を眺めながら)今日も結構な人通りですよね。覗いていく方もちらほら・・・人の行き来が楽しいですねえ。
海野:もう夕方なので、店の中が通りからもよく見えるんだよね。みんな興味を持ってみてくれている。楽しいでしょう?「こういったもの」を俺は作りたいんだ(ニマニマ)。
Q:こういったもの、って何でしょう。というか、海野さんは画家さんなのに、雑器店の「店主」もやっていらして面白いですよね。画家とこういった活動は海野さんの中でどのようにリンクしているんですか?
海野さん:俺の出身は練馬なんだけど、現在の本拠地は四国の愛媛県松山市なんです。きっかけがあって松山に移ってから、プロフィールは「絵具でキャンバスに描き(かき)、人で街を描く(えがく)」になりました。絵を描くのも街を彩るのも俺にとっては同じ仕事内容。絵具が人に代わるだけ。人の「発色」がどう良くなるか考えるのは、俺にとっては画材をどう扱うかと同じことだったんだと、松山に行って気が付いた。この雑器店も「人とつながる、出会える」ことを創り出したかった。もちろん結果としての収益を残すのも必要だけど。
一番大事な仕事は「掃除」!
Q:人だと、絵具よりももっと不確定要素が多くて複雑ですよね。
海野さん:確かにヒトは生ものだしより繊細。でもそこがやりがいにもなっている。元は誰もが想像するような純然たる画家だった。どこにも出掛けずキャンバスに向かい人と会話もせず、ひっそり絵を描くというのが画家の仕事だと信じ切っていた。でも全然違った。愛媛に行って人と関わり町と関わることも絵を描くのと同じくらい楽しいし、俺の画家としての能力が生かせると気がついた。俺が普段一番やっている仕事ってなんだと思う?
Q:なんでしょう?絵を描くことと家建てたりすること?みんなと打ち合わせとか?
海野さん:一番やっている仕事は実は「掃除」。会場を準備して、終わったら片付けする。ずっと掃除している。思っていた画家の仕事内容とは違うけど、これが俺のやり方。もし大学で授業を持つなら掃除を教えたいくらい。それは、体で場所に入っていくのには掃除が一番有効だと思うから。「表現者だ」なんだと主張する前に、まずは掃除が大事だよと思っている。
Q:なるほど、場を整えるってことですかね。この店も古びているけど、きちんと器が展示されて、じっくり見ながら手に取りたくなります。
海野さん:そうそう、店内の建具の建付けは相当しっかりやったよ。お客さんに素晴らしい器を手に取ってもらうときにぐらついちゃったら、元も子もないからね。細部が大事なんだよ。
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画業と町づくりは同じ、ということで世にも珍しい雑器店を成功させた海野さん。町づくりにおいて「掃除」が重要とは意外なお話でした。次回は雑器店に集まる人を紹介します。
取材・執筆:西山由里子
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な、なんと、閉店したかと思われた、雑器店が8月1日から再オープンします!最新情報は、バーバーアラキのInstagramからご確認ください!
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