虻だった
客を待っていた。
バックヤードで時間を潰しながら、お客さんがレジにくるタイミングを伺っていた。店内に客は1人で、おじさんだ。夜中だった。
おにぎりを吟味しはじめたのでそろそろだなと思い、私はレジに移動した。
レジに出てからも、彼はしばらくおにぎりを選んでいた。私は暇を持て余し、バックヤードに戻るか悩んでいた。
彼が不意に「あっ」と小さく、でも私に聞こえるように声を上げた。そちらを向くと同時に彼の足元で「ぱちっ」と音がした。靴をどけると黒いものがみえた。アブだった。
使命を終えたおじさんは、得意げな表情のままおにぎり選びに戻った。
軽食とゴルフ雑誌を買った彼が去った後も、私は裏返ったままの虫をじっと眺めていた。そして触ると微かに動くそれを、割れた茶碗の欠片を拾うようにそっと紙で包み、それからゴミ箱に捨てた。