見出し画像

野ばらとおなら|ゲーテの詩をAI翻訳してみた

AIはジョークの翻訳はまだうまくできない。

そのことを検証する文を言語ビッグバン講座のフォーラムへ投稿した後、次に私がチャレンジしたのは

AIは詩歌を翻訳できるか

というテーマだった。

題材に選んだのはゲーテの「野ばら」という有名な詩。「わらべは見たり」のメロディーは誰でも聞いたことがある。

歌詞の原文はドイツ語だ。まず  Papago という AI翻訳を使ってみた。すると、とんでもないことが起きてしまった。

文豪ゲーテの有名な「野ばら」の詩を原文のドイツ語から Papago で日本語訳してみました。

シューベルトやウェルナーの曲で多くの声楽家が歌っており、日本語歌詞は「わらべはみたり 野中のばら」が有名です。

今度はジョークの翻訳ではありません。
それなのに…とんでもない日本語訳が!!
Sah ein Knab' ein Röslein stehn,
Röslein auf der Heiden,
War so jung und morgenschön,
Lief er schnell es nah zu sehn,
Sah's mit vielen Freuden.
Röslein, Röslein, Röslein roth,
Röslein auf der Heiden.
一人の男がおならをしてるのをみたわ!
イスラエル子孫の族長アウトレットと
とても幼かったし、明日も美しかった。
彼は急いでそれを見て
お会いできて嬉しかったです。
ロスリン、ロスリン、ロスリン レッド
異教徒のロスリン

2021年8月8日の Papago の AI 翻訳はものすごいレベルの誤訳だった。
私は続けてフォーラムに投稿した。

いきなり「おなら」って、笑ってしまいますよね! 

ドイツ語の stehn は、stehen (立っている)の二つ目の e を省略したもので、これはメロディーに合わせて歌う歌詞にはよくあることです。
日本語の歌でも「走って行く」が「走って」となることがあるように。

この省略を Papago は認識できず、「一輪のバラが立っている(咲いている)」と翻訳できなかったのです。

stehn の一語だけ入力してみたら、「ぽっかり」というオノマトペでした。stehn stehn と重ねると、「ゴワゴワ(した)」になりました。

ein → ひとつの
Röslein →(あとの行ではロスリンですが、ここではとりあえず無視?)
stehn → ぽっかり

から「おなら」になったみたいです。

Papago がなぜ「おなら」という誤訳をしたのか分析してみたのだが、参加者の中には、はじめは誤訳だと思わなかった人もいた。

Kさんからは次のようなコメントが。

モーツアルトが姉に宛てた手紙があるのですが、「おなら」以上の危険なワード満載のやばい手紙なんです。
ですので、ゲーテもおならか!
と変に納得してしまいましたが、誤訳だったんですね(笑)。

私はKさんに返信した。

Kさん、ゲーテもおならか! って納得する柔軟性がすごい! 
それもモーツァルトの教養が邪魔をして。

かなり前ですが、「題名の無い音楽会」でモーツァルトのその手のおふざけ歌をプロのオペラ歌手が日本語訳で歌うという企画をしていたことを思い出しました。

「おなああら! おし〜〜っこ!」って二期会の歌手たちが掛け合いで歌って爆笑でした。

そして運営チームのTさんからは

翻訳して、結果を見て、それだけでも楽しめるのですが、原文をわかる方の解説があるとさらに面白い!

というコメントをいただいたので、私はこう返信した。

Tさん、解説を評価してくださってありがとうございます。

「おなら」は一応解決できたのですが、「小さなバラ」という意味の Röslein がどうして「イスラエルの子孫の族長」と「ロスリン」になるのかは考察中です。

たぶん、ゲームのキャラクターの人名に似たような固有名詞があって Papago はそのように認識したのではないかと推測しています。

大文字で始まる語で、この行が初出ですから、この認識が限界だったよう。

auf der Heiden の部分はゲーテは「野における」という意味で書いていますが、Papago は初出の行では「アウトレット」という現代的なセンスで理解しています。
スタンザ(詩の段落)の末尾で二度目に出てきた Röslein auf der Heiden は「異教徒のロスリン」と訳が変わっていますが、その前の行で、Röslein に対して繰り返し呼びかけていると認識したことから、Papago はこれは人名だと確信し、この人名を修飾する auf der Heiden (野における)を、イスラエル民族ではない、異国の異教徒の、と認識しなおしたのだと考えます。


こう返信してから「異教徒のロスリン」について数日間あれこれ考えていた私だったが、ふと思い出したことがあった。

考察を続けていて、ふと思い出しました。

クリスマスの有名な聖歌に「薔薇咲き出(い)でぬ」( Es ist en Ros entsprungen )があります。大地から一輪の薔薇が芽吹く、という意味合いの歌詞で始まりますが、これは旧約聖書の中にある言葉が元になっており、メシア(メサイア・救世主)つまりキリストがいずれこの世に誕生するという予言であると解釈されています。
その箇所は、「イスラエルの王(族長)」ダビデの子孫から救世主が生まれるという箇所なので、Papago はこの Röslein (小さなバラの芽)と認識した可能性があります。

だとすれば、イスラエルに生まれ、異教徒の間にも教えを広めた「バラ」という文脈で Papago さんがつじつまを合わせようとしたのもうなづけます。

原文がドイツ語の詩歌の形式であることから、Papago は自分の頭の中にあるありったけの「ドイツ語の歌」の知識を総動員したと考えれば、つじつまが合う。

「野ばら」の2節めの Papago 翻訳は次のとおり。

Knabe sprach: ich breche dich,
Röslein auf der Heiden!
Röslein sprach: ich steche dich,
Daß du ewig denkst an mich,
Und ich will's nicht leiden.
Röslein, Röslein, Röslein roth,
Röslein auf der Heiden.
子供が言うには僕が君を割ったから
異教徒のロスリン"〔行末の引用符は Papago 訳のママ〕
ロゼリンが言うには僕が君を突き刺して
私を永遠に思うこと
私は苦痛を受けたくない。」〔行末のカギ括弧は Papago訳のママ〕
ロスリン、ロスリン、ロスリン レッド
異教徒のロスリン

そして、3節めは

Und der wilde Knabe brach
's Röslein auf der Heiden;
Röslein wehrte sich und stach,
Half ihr doch kein Weh und Ach,
Mußt' es eben leiden.
Röslein, Röslein, Röslein roth,
Röslein auf der Heiden.
野生のちびが折れたよ
異教徒の族長、
ロゼリンは背を向けて放蕩していた。
君たちが痛かったり、痛みを感じなかった時
苦しんでいたと思う
ロスリン、ロスリン、ロスリン レッド
異教徒のロスリン

突っ込みどころはまだまだ満載だったが、私は次のように投稿した。

Papago の日本語訳の考察、細かく分析していくとキリが無いので、あと1点だけどうしても気になったことを。「わらべはみたり」の「わらべ」は日本語では「少年」のイメージですが、原文の Knabe は少年というよりも青年、若者を指し、英語なら youth にあたる語です。

つまり、この詩はかなりエロティックな(踏み込んで言えばセクシュアルな)連想を伴う詩であり、ゲーテはそれを意図して創作しています。

私が気になっているのは、Papago 訳では初出の ein Knabe は「一人の男」、2つめのスタンザの Knabe は「子供」、3つめのスタンザの der wilde Knabe (英語では the wild youth)が「野生のちび」になっていることです。なぜでしょう? 

英語の youth にあたる Knabe というドイツ語が Papago の翻訳でスタンザごとに違って「男」「子供」「ちび」となってしまったのはなぜ?

Papago は「野ばらのような少女が立っている」の「立っている」を「ぽっかり」というおならの音と誤読したので、おならのような下品なものとのセットでオヤジをイメージし、「男」とした。

2節めの Knabe sprach の Knabe を Papago が「子供」にしたのは、1節めの「とても幼くて」という誤訳が原因。so jung 「とても若い」のは野ばらのことなのだが、ばらのばの字も出ていない。

おならをしている男以外の登場人物は「族長アウトレット」と「異教徒のロスリン」である。どちらが「とても幼くて」なのかはさておき、おならの男とは別人物と Papago は理解したのだろう。

3節めの wilde Knabe が「野生のちび」になったのはなぜか。2節めに出てきた子供は「君を割った」し、「君を突き刺した」なかなかにやんちゃな子供だ。「とても幼い」ちびのクセに! ということで「野生のちび」か。

野ばらのドイツ語歌詞の AI翻訳についての私の考察はまだ続くが、言語ビッグバン講座の参加者で作家のTRさんから次のようなコメントが来た。

翻訳が、めちゃくちゃ面白い。こんな歌詞なんか? マジ?
交響曲第9も翻訳してみたくなってきました!
サイコー

そして彼女はベートーベンの第9のドイツ語歌詞をほんとうに AI 翻訳してみたのだったが、その結果についての私とTRさんとのやりとりは残念ながらその後フォーラムから消えている。


*記事中に引用した Papago の翻訳は 2021年8月当時のものです。AI翻訳アプリは日々進化中のため、現在は異なる訳が表示される場合もあります。

#AI翻訳 #機械翻訳 #Papago #語学教育 #外国語教育 #ドイツ語 #比較文化 #詩歌 #ゲーテ #ドイツの詩 #ドイツ語の歌 #声楽 #クラシック音楽 #クラシック声楽 #野ばら #野薔薇 #野バラ #わらべはみたり #シューベルト #モーツァルト #ドイツリート