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わんぷり36話ショック

ずっとモヤモヤしているためnoteにも残しておく。
35話の時点では、悟、がんばれーー!とミラクルライトを振っていて、メエメエのポロっと発言でどうなっちゃうの~~!と36話を待機していた。

しかし、私はいま、ずっと36話でショックを受けている。
オタクの杞憂だ、誇大妄想だ、37話、38話……への布石なのだと、冷静な自分は理解しているが、どうしても36話の終盤も終盤で出た、いろはの言葉にショックが抜けきらない。それに伴って、36話全体にある、こむぎといろはの分離に違和感を感じた。

もちろん、まだまだわんぷりは続くので、ここで出たモヤモヤがスルスルと浄化される可能性はめちゃくちゃ高い。手のひらクルックル、というよりは、手のひらの上で踊らされてるな、と思っていただきたい。
 


○友情と恋愛の違い


わんだふるぷりきゅあ!36話を見て、タイムラインは祝福ムードの中、私は戸惑いの方が大きかった。

悟に告白されたいろはの中で「友情の好きと恋愛の好きの違いってなんだろう」というのが提起される。そもそも、私はこの疑問をずっと抱えてきた人間である。手っ取り早く、相手に対する性的な欲求があればそれは恋愛の好きか、というと、別に世の中を見てみるとそうでない場合もあるよな……。(恋愛感情がなくても性欲は抱くし、性欲無く恋愛感情を抱くこともある、ようだ)みたいなことを考える。ここは本当に難しい話で、しかもニチアサなので、この方向からの説明をするわけにはいかないだろう。

いろはのお母さんが言った「うまく説明できないけど、剛くんは特別なの」という言葉にピンとこず、いろはが戦闘シーンで放った「他の誰でもない、悟くんじゃなきゃダメなの」というセリフも、私は友達に対してもそう思うけどなあ……と思ってしまう。まずは、とりあえず定義を確認しなければ……。恋愛を検索するとWikipediaがでてくる。ずらりと書かれている中で、

『新明解国語辞典』第8版では
「特定の相手に対して他の全てを犠牲にしても悔いないと思えるように愛情をいだき、常に相手のことを思い、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと」と説明する。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/恋愛

とある。

"二人だけでいたい"
たぶんここが重要なんだろうな。
私は好きな友達が他の人とばかり話しているとめちゃくちゃ嫉妬する。だが一生二人だけでいたいとは思わない。他の友達とも遊びたいし、一人になりたい時もあるし(わがまますぎるかもしれない)、何より自分に縛り付けるのも、縛られるのも嫌だなという感覚がある。

自分の両親が、私が幼い頃から年がら年中夫婦喧嘩を開催しており、いつまでもうまくいっていないのもあって、この恋愛像が全く想像ができない。身近なロールモデルがないせいか? しかし、巷には恋愛に関する話はわんさかあふれている。そのうえで、よくわかっていないのだ。

で、いろはは「こむぎやみんな」「悟くん」で違うワンダフルがある、と伝える。「普通のワンダフルじゃなくて、特別なワンダフルなの!」と。どう特別か伝えるために、「こむぎやみんな」といるときはワンダフル~!、「悟くん」といるときはワンダフル……って感じ。と……。

私は初見で「ん……? これって結局どういうこと?」とつまずいてしまった。TLはカップル成立だ!とお祭り騒ぎ。ほな付き合いましょうって話かあ……。いや、そんなこと言ってなくない?オリコンは「カップル成立!次回デートへ!」と記事を書いている。ほな、付き合ってるんかあ……。

え?

そもそも「こむぎやみんな」にン?(こむぎって他の子たちとまとめられるんだ……普通のワンダフル枠!?)って引っかかっているうちに、悟くんが特別枠に入っててびっくりしていた。悟くん→いろはへの気持ちは1話から丁寧に片思い描写をしてくださっていたので、理解してはいるんだが、いろは→悟くんの気持ちは尊敬とか親愛みたいに見えていた。「優しいんだね」とか「詳しいんだね」みたいなのは、片思い相手から言われたら舞い上がるようにうれしいだろうが、いろはは誰に対してもそのように人をほめる。博愛的なのだ。もちろん、いろはが悟くんからの好意を理解したうえで、ザクロさんに悟くんを取られそうになって過去を回想していった結果、「取られるのはいやだ、力になりたい、彼に代わりはいない、特別なんだ!」と思ったのだから、そうなんだろう。彼女は誰が攫われたにしても「代わりはいない、力になりたい、特別」だと言いそうな子なのだが、いったんここは理解した。

〇「こむぎやみんな」ショック

わんぷりの主人公はこむぎだ。
しかし、こむぎは今回の話において、いろはの重要な転機である恋愛からはわざと遠ざけられていたようにみえる。好きの違いについて談義することも、告白のシーンからも「あっちで遊んでいましょうね」という風に物理的に距離を取らされている。こむぎが関わるのは、告白されてよくわかんなくなっちゃったいろはとダッシュでお散歩するところくらいか。そこで何かしら、悟がいろはのことすきっていってたね、とか、よくわからないけどいろはお返事がんばって、みたいなお話をしてくれていたら、全然このもやもやは発生しなかったと思う。もしかしたらダッシュ中に、二人の間で何かしら話してたのかもだけど、言葉にしないと(視聴者には)伝わんないよ~!

せっかく話せるようになったのに、ワンコダッシュだけなんかい、という、ある意味こむぎらしさと、悲しさを感じていた。

やはりラストの「普通のワンダフル」「こむぎやみんな」というくくりだ。
なんというか、この状態でこむぎのことを持ち出してほしくなかった。
しかもみんなと括った状態で……。言うにしても「いつものワンダフル」、とかのほうがよかったんじゃないのか。
ただ、悟くんの気持ちがわかったよ、大切に思ってくれてたって。私もそう思う。というまっすぐなお返事だけで良かったんじゃないのかな、と……。ぐああああああショボショボーンになる。

でも最初の疑問が友情と恋愛の好きの違いだったわけで、分かりやすく対比する必要があるのもわかっている……、が、あまりにもこむぎとの対話が少なく、「こむぎもいろはのことが好きだよ」もフワフワにされたまま、このセリフが出たことに大きな戸惑いとショックがあった。私も悟いろにおめでとうって言いたいよー!でもいまは素直に言えない……37話を、38話を……、早く見せてください!!!と檻の中から叫んでいる。繰り返すが、これは本当にリアルタイムで追っているからこその感情であって、クククオタクめ、手のひらの上で踊らされてるな、と思っていただきたい。

〇己をメエメエだと思っているオタク


そんななか、わんぷりの中で感情移入できるのはメエメエなんだよな、と思う。
メエメエは「悟くんとあんなにお話してたのに(いろはが好きだと気付かなかった)」とショックを受けて泣く。

そのあと「わたくしとお友達でいてくれますよね」と確認するが、悟くんも考え事をしているため、なかなか話を聞いてもらえない。

この時、私は友人とのある出来事を思い出していた。
それはタイトルをつけるなら「5万円時計事件」だ。

大学生のころ、当時恋人ができたばかりの友人から「クリスマスに「5万円の時計」を相手に渡したいが、どう思うか」という相談を受けた。

もうその相談をしている時点で渡す気まんまんじゃないか、と思うのだが、貧乏学生であった私は「学生の身分で5万円の時計を渡す必要性がわからない」と答えた。もっと安価なものでもクリスマスを祝うのはできるだろうし、社会人になってからドカドカ渡せばいい。やめとけと言った。が、結局渡していた。

わかってはいたが、結構ショックだった。
自分の金ではないし、友人の選択なので好きにしたらいいが、ほならそもそも相談すんなし、とも思った。

という風に、恋人よりも優先度は低くなり、友人の声は遠くなるものなのだ、というのを顕著に描かれている。私はメエメエの立ち位置に覚えがありすぎて、己は現実世界におけるメエメエなのだ。と思った。

あらすじからして、37話はデートを見にいくメエメエの話になるようだ。しかも「悟をひとりじめされたくないメエメエ」と書かれていて、ツゥー、切なすぎるだろ、と涙した。BSS(僕が先に好きだったのに)というか、これだって立派に片思いである。

わんぷり序盤から誰からも話を聞いてもらえず、唯一聞いてくれる悟くんが大好きになるのはめちゃくちゃ理解できる。その悟くんの優しさも、誰に対してもそうなのだ、というのがまた悲しい。不憫なメエメエが37話でいい感じに気持ちの整理をつけてくれることを願っている。がんばろうな、メエメエ。

しゃり


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